閑話:新しい扉
本日の業務が始まってからまだ二人しかダンジョンに入っていない。
受付の職員は三人。
私が担当した相手はゼロ人。
多すぎる労働に嫌気がさしてこの支部にやってきた私だけれど、暇すぎるとそれはそれで落ち着かない。できるものだけ、少し多めに事務仕事をこなしておく。
春の暖かな太陽の光に、少しだけ眠気を誘われる。
けれど、クールビューティーという評価をこれ以上悪化させるわけにはいかないので、あくびを必死にかみ殺す。
眠気を覚ますために、目を閉じて目元を押さえる。
再び目を開いたとき、――少女がいた。
§
出しそうになった悲鳴を喉の奥に押しとどめる。
少し後ずさりしちゃったけれども仕方なし。
閉まりかけている自動ドアが、少女が入ってきたばっかりだということを告げる。
怖がる必要は無い。目の前の少女には実体があるし、戸籍もある。
たまたま目を閉じたタイミングでやって来ただけ。
乱れそうになった呼吸を整え、受付嬢然とした態度で接する。
冒険者免許を出してもらい、本人確認をする。免許証の写真と本人の顔を見比べるだけで完了だ。
続いて安全上の問題がないかの確認。装備の確認をしたり、どこまで潜るかとか、何時まで潜るかといった話をする。
短ければ最上層を1時間潜って帰ってくることもあるし、長ければ1週間かけて下層に潜ることもある。自力で帰還できなくなった時に救助に向かうための目安として聞くのだ。
本来であれば冒険者が言ったことをメモして残しておく程度で良いのだが、今回はちょっと違う。流石に受付嬢として止めないといけない。
「ジャージ姿でダンジョンに入るのはダメです」
目の前の少女は「そんな!」とでも言いたげな顔で驚く。今まで張り付いたような笑みを浮かべていた顔が驚きに染まって、初めて彼女に人間味を感じた。
そこまで変なことを言ってるわけではないのだけれど……。
最終的に、2層までなら良いと結論を出した。
ダンジョンの1層と2層は比較的安全な場所だ。怪我くらいはするけれど、本気で走れば小学生でも逃げ切れる。モンスターを倒して身体能力が上昇している人間なら尚のこと安全に活動できるだろう。
スライムが出てくるダンジョンだろうが、ドラゴンが出てくるダンジョンだろうが、どのダンジョンでも1層と2層は安全な階層なのだ。
3層より下の、上層に分類される階層はダメだ。
身体能力が上がっていようと普通に大怪我をする場所なので、防具をつけていない人間を進ませるわけにはいかない。
そもそも未成年は組合から許可が出ないと入ってはいけない規則なのだが、あまり守られているとは言えない。ダンジョン内でいちいち確認しているわけではないからだ。
「いい? 絶対2層までだから!」
念入りに念を押す。
ドヤ顔でサムズアップをした少女は、そのままダンジョンの入口へ向かった。
憎らしいドヤ顔は、今までの笑顔よりもずっと自然な表情だった。
§
本日の業務もそろそろ終わりが見えてきた。
結局、今日ダンジョンに入ったのは三人で、現在ダンジョン内にいるのは二人。そのうち一人は泊まりの予定だ。
組合は24時間営業だが、夜にダンジョンに入ろうとする冒険者が少ないので夜の受付はすべて夜勤の人が担当する。
ダンジョンで活動するのに時間帯は関係ないので、わざわざ昼夜逆転の生活をする冒険者は少ないのだ。強面な冒険者でも、早寝早起きの健康体であることは珍しくない。
担当している少女が帰って来る予定の時刻もそろそろ近づいてくる。
通路の先をじっと見る。曲がり角の向こうにダンジョンの出入口がある。受付に来るためにはそこを通らないといけない。そのため常にそこを見ておけば、気付いたら近くにいて驚かされる、なんてことを防げる。
ダンジョンから帰ってきた少女は、満面の笑みを浮かべていた。
今までの微笑とは異なる、心の底からの笑み。
その笑みは、飯島嘉代子の胸中をかき乱した。
可愛い。
胸を抑えそうになるが必死に抗い、こちらも負けじと笑顔で返す。制服を着る年頃のピチピチの学生の笑顔に、30手前の笑顔をぶつける。
特に意味はない。ただの飯島の意地だった。
笑顔に笑顔をぶつけられた少女はさらにニコパ。
飯島は胸を抑えるしか無かった。
これが萌え!?
ホラー系サイコ美少女が見せる満面の笑み。いい!
かくして、飯島の新しい扉はこじ開けられた。
ホラーは苦手だけれども、ホラー系美少女の笑みには萌える。
後に彼女の友人は、「なかなかに難儀する性癖を持ってしまったねえ」と語っている。




