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ダンジョン時代と人見知り  作者: 酉名酉丁
第一章 新人冒険者ひっそりと爆誕

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9話:姉

 姉がコンビニに入るのを見た。

 一瞬幻覚かと思ったけれど、コンビニの中にいる少女は姉にしか見えない。

 生まれてからずっと見てきた姉の姿だ。遠目からでも間違えるわけない。朝に家を出たときと同じジャージだし。


 少し変なのが、いつものように猫背気味ではないこと。

 背筋を伸ばして、普通の人みたいな感じで立っている。コンビニ店員の目の前だ。


 まるで何か買い物をするかのような姉を、電柱の影から訝しげに眺める弟。

 基本買い物は通販でして、スーパーで買い物をするにしても無人レジのある隣町のスーパーまで行くような姉が、コンビニでものを買うのは違和感があった。


 コンビニの中に入った姉は、レジの前まで行って、一瞬固まってから何も買わずに出てきた。

 コンビニから出てきた姉は、そのまま家に帰っていく。

 少し猫背気味に丸まった背中は、今まで見てきた背中と同じものだった。


 翠は考える。

 今のは確実に姉の蒼だ。

 姉は今日の午後1時くらいに家を出てダンジョンに向かったはず。ダンジョンは組合と同じ建物内にあるとかだったから、組合と家の間にあるコンビニの目の前を通ってもおかしくはない。

 しかしあの人見知りの姉のことだ。人間の店員相手に買い物ができるとは思えないし、しようとするとも思えない。


 まあ、ダンジョン帰りだからお腹が減っていてもおかしくはないか。

 そういえば昨日からホットスナック食べたいとか言っていたな。

 姉の蒼も成長する生き物。多分、きっと、メイビー。

 勇気を出してホットスナックのためにコンビニに入ったに違いない。


 人見知りを克服しようとするその心意気、天晴。

 翠は、成長しようとする姉が誇らしくて涙が出てきますよ。


 オヨヨと涙を拭う真似をする翠の前に、第二の問が立ち塞がる。

 蒼はなぜ何も買わないで出てきたのか、という問だ。


 わざわざ店に入ったのに、店員を前に臆して逃げ帰ってくるほどヘタレな姉ではないはずだ。多分、きっと、メイビー。


 非常に難問。だって意味がわからないもの。

 しかし翠は蒼の弟だ。姉の姿をずっと見てきた。すぐに分かった。



 姉さん、財布持ってこなかったんだな。


 家からダンジョンまで、せいぜい徒歩10分。

 お金が必要になる機会がそんなにない。財布を持ってきていないことを忘れてコンビニに入ったんだろう。

 財布を持っていないことを忘れて店に入る。姉はそんな馬鹿を晒すタイプの人間だ。店に入ることが珍しいことではあるが。


 ド天然の母親の遺伝子を強く受け継いでいる姉には、抜けているところが多々ある。もうすぐ高校生だと言うのに、買い食いすらできないなんて。弟としてかなり心配。


 ただ、人見知りを克服しようとしたその姿勢は、称賛するに値する。

 そのまま頑張ってくれれば、姉が買い物へ行くたびに掛かる往復460円の電車賃が必要なくなる時も来るだろう。


 ホットスナックくらいなら、買って帰ってあげてもいいか。翠はそう思った。



 §



 今年から高校一年生。

 買い食いには失敗した。

 買い食いもできない、頼りないただの美少女だよ、私はぁ!


 ボフボフと枕を叩く。


 家に帰ってきた蒼は、ベッドの上の罪なき枕さんを叩いて鬱憤を晴らしていた。

 落ち着いたので枕さんは定位置にセット。

 別にそこまでアメリカンドッグが好きな訳ではないが、口の中があの味を求めていた。甘いんだかしょっぱいんだか分からないあの味。


 口をむにゅむにゅさせて再び枕さん殴打が始まる。

 人見知りで他人と会話はできないものの、自己肯定感は人一倍ある蒼。

 むしろ自己肯定感が高いからこそ、今のままでいることを許容するのだ。


 自分のことを美少女と言える人間が、世界にどれくらい存在するのか。とりあえず世界人口の半分くらいは違うかも。



 枕さんを満足いくまでボコボコにした蒼はリビング行き、ソファで横になってスマホでウェブ小説を読む。

 タイトルは『ゴブリン帝国千年記』。web小説投稿サイト『ヤンヨム』にて30年くらい前から投稿され続けている御長寿作品である。


 経済大臣のゴブロンがめっちゃ困っている描写を読んで笑っていると、玄関からガチャリと音がして弟が帰ってきたことが分かる。

 そして玄関から呼ばれる。



 翠は玄関で姉を呼び、コンビニで買ってきたチキンを手渡した。


「夕食前だからさっさと食べちまおう」


 そう言って、自分の分のチキンを食べる翠。

 チキンを手渡された蒼は一瞬固まって、「うん」と言ってチキンにかじりつく。


 なぜ弟がチキンを買ってきてくれたのかは分からないが、弟からの思いやりのようなものを感じて嬉しく思った。

 しかし、それと同時に悔しくも思った。自分はお姉ちゃんなのに、弟に貰うだけなんて。

 姉としてのメンツを保つために、なにか弟にプレゼントしたかった。「さすが姉さん! 俺にはできないことを――」そう言わせたかった。


 お姉ちゃんしかできないこと。弟の翠にはできないこと。それは何かを考えたとき、関係ないけれどゴブリンの左耳のことを思い出していた。

 そういえば今日ドロップした左耳ってどうしたっけ?

 買取所で買い取ってもらってないんだよな。別に必ず売らないといけないというルールはないし、問題にはならないんだけど、それにしてもどこにやったっけ?



 チキンを食べ終わった蒼は、ジャージのポケットに手を突っ込む。


「翠、ありがとう。これ、お姉ちゃんからの感謝の気持ちだから」


 そういって蒼は、翠の手に何かを握らせる。

 握った感触から、翠は嫌な予感を感じつつ手を開く。


 その手に握らせたのは、数百円のチキンよりももっと高価なもの。そして感謝の気持としては最悪な品物。


 ゴブリンの耳。主な使い道は滋養強壮剤の素材。プレゼントで渡すようなものではない。



 姉に対してドン引きしていた翠だが、ある意味では納得していた。

 デリカシーとかないタイプの人間だもんな、姉さんは。

 納得はしたが、それはそれとして文句は言う。


「人に渡すもんじゃないだろコレ!」


 姉の腹へ、拳で殴るとともに返却する。

 拳をくらった姉は、悶えながらも言い返す。


「でも、それ五千円の価値があるもので――」


「いらないッ」


 ゴブリンの左耳を蒼に押し付けて、翠は洗面所へと歩いていった。


 蒼は、暴力的に育ってしまった弟を嘆きつつ、ゴブリンの左耳を受け取る。高価なものなのでなくさないようにしっかりとポケットに入れる。



 翠はまだ中学生だからなぁ、千切れた左耳をもらって喜ぶ年頃じゃないのか。右耳、売らないで残しとけば良かったかな?

 千切れた耳を手に入れて喜ぶ蒼はそう思った。

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