第13話
どうやら私で最後らしい。
後悔も、懺悔も、既に皆あそこへと託している。
君はどうかな。
信じる神を、最期まで守れるか。
1
手紙に書かれた通り、僕らは記された住所へと向かった。これから晩餐会が開かれる。僕はそれに出席する。
隣を歩くのはベイスさんだ。夜道に一人は危険だからと、父さんが手を回したらしい。帰りが何時になるか分からないけれど、それほど遅くなるとは思わなかった。今は六時過ぎ。八時くらいには、帰れると思う。
「何だって俺は、パシリを続けてるんだろうか」
不機嫌な顔でボソッと吐き捨てる彼。彼はいつもブレない。軸が通っているのが羨ましいなと、最近うじうじしてた僕はそういうところに意識がいく。
「同意の上でしょ」
「うるせぇ」
行き先はそれほど遠いところじゃなく、こうして歩いて向かえる範囲にあるらしい。電車で一駅ほど。僕が出歩く時はみんな徒歩で行ける距離だった。歩かないで行ったのは、多分怜奈さんとの旅行くらいのものだろう。
「俺は二つ言いたいことがある。今回の招待について、批判を語ってもよろしいかな」
「どうぞ」
ベイスさんはチラッと僕を見て、また何事もなかったように向き直る。
「じゃあまず第一、何で故人を偲ぶ集まりが呑気に食事なんて楽しむんだ。晩餐会? パーティーじゃないんだぜ」
「うん。いつもの文句だね」
「…俺はなぁ、価値観の話をしてるのであって、何でもかんでも理屈無しに否定なんかしてねぇよ。もっとこう、慎ましくできなかったのかと言いたいわけだ。お祝い感覚で何もかも済ませる西洋的な思考は嫌いだね」
やっぱりいつもの偏見だ。ベイスさんらしいと言えばらしい。いいことかは分からないけど。いや、多分悪いね。それは。
「もう一つは?」
「もう一つは、それを遺族が招いて行うところだ。晩餐会とまで銘打って、何様なんだ?」
「何様でもないでしょ。考えすぎだよ」
「そうかなぁ。普通、食事は外でとるものだろう? 俺には餌を撒いてるように思えるが。いや、まあいい。俺には関わりのないことだ」
餌を撒いてるよう、ね。確かに今回、動かされているのは僕の側だ。相手に試されることになるだろう。
僕はこの招待を戦いだと思った。いかに彼女を知っているか。親しい関係であったのか。それを競い合い、そして蔑むことになると。言わば彼女の取り合いが行われると。
「…この辺りだ」
着いた先は、時間帯もあってか、やけに静けさのつきまとう住宅街だった。音をたてるのは擦れ合う草花くらいのもので、人気のない様子が気味悪く感じられる。その住宅の一つには大きな屋敷があって、もともとの地主か何かかと僕は踏んだ。
「…東雲」
「当たりか?」
まさか。まさか怜奈さんが、こんな大きな屋敷に住んでいたなんて。ひょっとしたら、いいとこのお嬢さんだったりするのかな。容姿も綺麗だったし。何か、滅入っちゃうな。
「俺は外で待ってるよ。あとはお前の好きにやってこい」
「えっ!」
門の前に立ち竦む僕を、同じく門に寄りかかって休むベイスさんは背中を押そうともしなかった。お前のことだろと視線で放つだけで。お前が行かなきゃしょうがないだろと。僕が行かなきゃ、仕方ないんだけどさ。
うじうじしながら背中で見送り、僕は門から離れた建物の入口へと歩いていった。心細い気持ちが周囲を覗く度に襲って、期待はもう、嫌な気持ちへと変わっていた。
玄関だろうというところに一人の男が立っていて、送られてきた招待状を手元に用意し、見せた。男は「どうぞこちらに」と扉を開け、中は飾り気のない、けれど上品な空気のある廊下が続いていた。現代建築の洋風な造りだった。
僕は勧められるがまま、会場のドアを開けた。今度飛び込んできたのは、喧騒と、大人たちの姿だった。表の閑散とした空気が嘘なくらい、この中は声が鳴り響いて、そして荒れていた。
帰りたい。僕は早くも、そう感じた。
2
「さて、それでは始めますかな」
僕の到着から三十分ほどして、ようやく全員が集まったよう。案の定、子どもは僕一人。他は皆大人たちだった。ちなみにみんな男性だ。
僕らは長方形の長いテーブルの両側に座った。十人以上が座れるほどの大きさで、僕らもそれぐらいの数が居た。料理を運ぶのは白髪の目立つお爺さん一人だけらしく、他に家政婦さんが居るような様子もないことに僕は少し驚いた。こんなに大きなお家なのに、あまり多くは住んでいないようだ。
そのお爺さんは「前菜です」と一人ひとりに料理を配膳していき、最後の皿を持って、テーブルの一角に腰を下ろした。片側に六人、計十二が今夜の主役らしい。
「皆様におかれましては、我が家のお嬢様がお世話になり、大変感謝をしております。まずはその気持ちとしてお言葉を申し上げさせていただきました。どうぞ、お召しになって下さい」
気品のあるお爺さんの言葉が響く。低く緩やかな声の裏に張りつめた強かさがあって、威圧するような空気を感じさせた。しかし年寄りの発言が終わったとばかりに、大人たちはまたガヤガヤと騒ぎだす。そんなものは何ともない、尻込みするのは未熟な子どもくらいのものだと。大人の社会は乾いて見えた。そう言う僕は少し怯えすぎているのかもしれないが。
「おいおい、揃ったならまずやることがあるだろ」
「そうだ。大体、呼んでおいて説明もなしか」
「素性も分からないとなると話に差し支えますね」
それぞれに不平不満を口にする。ざっと半数だろうか。僕以外に静かな大人が四人居て、先程のお爺さんを含め入口で見た男、車椅子に座った人、あともう一人が角の席で沈黙を保っている。僕の左隣の人で、一匹狼なオーラが滲み出ていた。例えるならベイスさんが消極的になったような、そんなひねくれた様子だ。他の三人については、ポーカーフェイスが崩れず推し量ることが困難だった。嫌悪にも憎悪にもとれるけれど、何食わぬ顔で優雅に浸っているようにも受け取れる。大人はこう感情を隠す人が少なからず居て、空気が重かったり接しづらいことが度々あるものだから。そう心で呟いて、気まずさに蓋をした。
「これは失敬。私この屋敷で長年執事の真似事などをしております。言わば世話役というものですな」お爺さんが簡単に自己紹介をする。
「血縁じゃないんだな」
「はい」
「家族はどこに」
「居りません。私どもが家族の代わりにございます。私と、それからそちらの二人が」
呼ばれて、無口男二人が軽く頭を下げる。確かに顔は全然他人のようだった。どういう繋がりなのかは良く分からない。
「家族と仰いましたが、もともと彼女とはどういったご関係でいらっしゃったのですか?」
十字架を首に下げた男性が尋ねる。彼らは職業柄敬語に慣れているのかなと、ぼんやり考えてみる。ゆったりとした声は意見が入り交じる中で消えてしまうから、こうして注目の集まった静かな隙間しかチャンスが回ってこなくて。これは僕にも当てはまって、だから訊きたいことはその時を狙うしかないだろうなと思った。
「引き取り手とだけ申しておきましょう。これ以上の詮索はご遠慮下さい」
お爺さんは席を立ち、裏方へと向かった。恐らくは次の支度だろう。一人で全てこなせたとしても、この数を相手にするのは大変だろうに。
テーブルはそれから口数が減っていき、みんな各々に食事に手をつけ始めた。その美味しさは前菜と呼ばれた野菜一品でこれほど満足できるものなのかと僕を驚かせるものだった。驚いて、みんなも少し態度が丸まったように感じられた。お腹が空いてたというわけじゃないだろうけど。
「それで、お二人はいつからこちらに?」
別の男が尋ねる。記者だろうか、手帳とペンを用意している。
「俺たちか? 俺たちは、七年ほど前になる。爺はそれより前から面倒を見ているらしいが、一体いつから居るのか、俺たちも本当のことは知らない」
「そうですか。ではお二人は、なぜこの屋敷に来られたので?」
「あまり語りたくはないなぁ。俺たち、お嬢さんには助けられたんだ。それがきっかけで、まあご一緒させてもらってるという感じだよ。俺から言えるのはこの辺まで」
「お隣の方も宜しいですか?」
「うん? そうだね、彼女は恩人だ。恩人のために働いてるというわけさ。僕らは」
二人はそれから言葉を加えることはしなかった。家族にも事情があることが何となく掴めたし、それに怜奈さんが僕の知らないところで人助けをしていたのも、自分が褒められるようで嬉しいことだった。
「何だかなぁ。さっきから聞いてりゃ、秘密ばかりでつまらねぇぜ。言えねぇだの詮索するなだの、お前ら実はクリーンな関係じゃねぇんだろ」
誰かが騒ぎだして、顔を見ても勿論知らない男だった。
「隠し事が多いのは認めよう。君のように我々は表立って騒ぎを起こすわけにはいかないからね」
そう言われ、男は文句から一転し押し黙ってしまう。黙っているうちに、お爺さんが次の品を運んでくる。妙に速いと思ったけれど、スープだったのでまあ時間がかからなかったんだと思った。この日に合わせて作り置きしてあったのだろう。
隅から次々に皿を下げ、換わりに新たなものが並べられていく。この手際の良さは、もしかしたらお爺さんなりの意思表示だったのかもしれないと後になって気付いた。話の主導権は、おおよそ彼らの側にあったから。我が強い空気がうまく抑え込まれていただけじゃなく、彼らの言いたいことはちゃっかりと取り上げてたりして、裏から思考を操られたような感覚だった。
やっぱり、大人は怖いものだ。
「あんたら、俺のこと、知ってるのか」
沈黙を破るのは、案の定沈黙を作った男。
「君個人のことは知らないけれど、君たち模倣犯が我々の役に立ってくれたことは承知している。あれで俺だけじゃなく、お嬢さんも助けられてきた。手際も中々に上手かったからね」
「へっ。そう言われると、悪い気はしねぇわな。まさかあんたらまで、そっちに明るいとは思わなかった」
向かい合ってお世辞の笑みを浮かべる一対。両者の外側には、押し黙った空気が流れていく。今度は何の妨げもなく、みんな自主的に口を閉ざしているだけだけれども。
話題が見つからないのか、怯えているのか、黙秘を続ける大人たちは理由を語りたがらない。無音の空気の中で、僕の頭は「模倣犯」を繰り返し再生する。本物の殺人鬼が今この場に居るんだと。
実感は、全然湧かなかった。それはきっと、僕の問題だろう。だってほら、
「あの、挨拶がてら、自己紹介しませんか」
隣の記者は震える声で切り出したから。
「ちなみに私は、まあ皆さんお気付きでしょうが、ジャーナリストをしています。今回の事件を追っていた一人です。結局は何も掴めないままでしたがね。ささ、次の方。そちらから行きましょう」
そう言って手で指し示したのは、対岸にあるお爺さんの席近く。僕は後の方になるらしい。そう覚悟して温かいスープに両手を添えた。
「私からですか。私は医師をしております。町医者ですがね。彼女とは主治医の関係だったので、小さい頃はよく診察に来ていましたよ。と言ってもご存知の通り、私の出る幕はありませんでしたが。あくまでも健康観察ですよ」
「最近はお会いにはなられましたか?」
「いや、ここ数年は見ていないね。怜奈ちゃんも大きくなったし、頼られることも私にはなかったから。最後に来たのは…恐らく五、六年は前でしょう」
「ありがとうございます。では、次の方」
この流れは彼が仕切り役ということでいいのだろうか。こういうのは普通、親族が行うべきじゃないかと思うけど。でも、肝心のお爺さんは裏方で準備、こっちの二人は口数が少ないから、喋り好きに進行を任せるのも手なのかもしれない。僕だったらプライドが傷つけられるけど。でも、僕は仕切れないだろうから、結局は同じことになる。
「俺は公安刑事だよ。職業柄詳しく語れないことが多いが、彼女の味方とだけは言っておこう。お前、ここでの会話は他言するなよ。隠し通せてると思ってるようだが」
「はて、何のことだか。心配なさらなくとも公言はいたしませんよ。私も損益は被りたくありませんので」
「食えないね、おたく」
食事中の一人もまた嫌みを呈し、どこからも沸々と対立が湧き起こる。聞いているだけでも苦くなるパーティーで、運ばれる料理だけがその毒素を緩和してくれるようだった。早く次が来なければ僕らはもたないだろう。
「では次は私かな。ええ、私は神父です。神に使える一人です。聞けば彼女、霊媒師と言うではないですか。素晴らしい。さ迷える魂を主のもとへ導くなんて。あの歳で殉教とは胸が痛む思いですが、しかしあの者の身命を賭す姿勢は気高く、それ故我々は祝さなくてはならないのです」
「おい、神父。本気であの世なんて信じているのか?」模倣犯が食い付いて、
「勿論ですとも。我々には信教の自由がありますから、無理に受け入れて下さらなくとも結構です。神のお心は広い。貴方が拒もうと、全てを愛して下さいますよ」
「冗談じゃねぇ。何もかも神に献上されるんじゃ、気高さも糞もあったもんじゃねぇか」
「まあまあ、その辺りで。お互い大人だろう。そう熱くなるものでもない」
「ケッ」
「ではお次の方に行きますか。お二人はもう結構ですので、次はこちらの方」
やっと半分かと、どっと疲れる自分が居る。空気が重いせいもあるけれど、みんなそれぞれに特徴があるのも悪い。だから衝突が起こりやすいのか。そう思っても仕方ない人選だった。
「聞いても分からないだろうが、俺は法医学者だ。普段は司法解剖などの仕事をしている。刑事ドラマに出てくるあれだと思ってくれればいい」
「ほう。解剖士が彼女とどのような関係で?」神父が伺う。
「いや、俺は直接的な関わりはないよ。今回の事件で捜査に引き抜かれただけだ。むしろここに呼ばれたのが不思議なくらいだよ」
「犯人を知っていたのですか?」記者が尋ねる。
「知ってたらのうのうとここへは来なかったよ。俺が知ったのはつい先程だ。そこの刑事さんに訊くまでは」
「成る程」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。模倣犯に続いて一体何が何なのか。まさか今回の事件、あの子が関わっていたというのか」
医師がふためく。それを家族の片割れが抑えて、話の筋を乱さないように役回る。
「確認は一通りし終えてからにしましょう。さあ、お次は貴方だ」
「お、俺は、今無職だ。前までは自衛隊に居たが、辞めて今は派遣を転々としている。あんたらみたいに誇れる仕事はないが、俺も十分社会の役に立ってるし、それに、彼女を何度も助けてきた」
「確認だが、あんたは本当に模倣犯か?」隣の一匹狼が尋ねる。
「そうだ。きっと俺が一番乗りだ。他の奴は同じ手口しか使えねぇ欠陥ばかりだったしな。俺が」
「分かった分かった」
刑事が諫める。模倣犯は少しげんなりした様子で、それから不機嫌な表情を対岸へと飛ばした。刑事さんはそれを見もしなかった。
「次、行きますか」記者が促す。
「私の番ですか。私は会社員です。右に同じく平凡な人間ですよ。特に語ることもありません」
「では何故ここへ?」
「さあ。呼んだのは私ではありませんから、ご家族の方に訊くしかありませんね」
「とのことですよ。どうなんですか?」
またしても入口の男が対応して。隣の車椅子はよほど人見知りらしい。それとも、こちらが普段から積極的に動く決まりなのか。
「こちらは全て把握しているから、都合が悪いことははぐらかしてもらっても構わない。皆公に言えない事情もあるだろう。お互い拾ったものについても」
「流石、話の分かる人だ。さて、次に行きましょう。記者さんの次は」
そうして出番が回ってきた。
「ぼ、僕は…仕事はない」
「でしょうね」と大人の声。
「怜奈さんとは…プライベートの関係で、何度も一緒に出掛けてた。仕事を手伝うこともあったし、それに、亡くなったのも、僕の目の前で…」
「ほう。あの方の最期を看取ったとは、奇跡的な瞬間に立ち会えたのですね。羨ましい。私もあの場に居れば」
「不謹慎だぞ。おっさん」
「モラルがないのかよ。子どもの前で」
「まあ皆さん落ち着いて下さい。それで?」
「それで?」
記者の曖昧な質問に疑問で返す。僕らの関係はもう伝えたのに、これ以上何を期待しているのか。
「彼女の最期はどのようなものでしたか?」
「あんたも大概だな。三流記者」
数々の罵りを浴びせられ、記者が袋叩きに批判されていく。僕はそれを横で眺めて、ただ待っていて、それでも記者の心は折れなかった。逆境を味方に連れてきた。
「三流で結構。私は真実を明かすのです。与えられた天職に全霊を懸けて。皆さんも知りたいのではないですか?」
そわそわとした空気がやがて静まり、そして無音の波が押し寄せてくる。じわじわと浜辺を浸食するように。ゆっくりと期待を連れてきて。
これだから口の上手い奴は嫌いだ。かき回されて良い気がしない。期待されても困るのに。僕の口から語れることじゃないのに。僕も轢かれて意識を失っていたんだから。
「僕も最期は見ていない。けど、轢かれる前彼女は何だか怯えているようだった。まるで何かに追われてるみたいに。車道に出て、それで轢かれたから、僕の記憶はそこで終わり」
「死因は衝突によるものですか?」
「分からない。でも目覚めたらぐちゃぐちゃになっていたから、そのせいで亡くなったんだと思う。いくら怜奈さんでも、あれじゃ助からないでしょ」
「他に目撃者は居たのか?」刑事さんが訊いてくる。
「うーん…通行人はちらほら居た筈だけど。あとはベイスさんが。ベイスさんっていうのは父さんの友人で、ちょっとひねくれてて、偽名らしいんだけど」
「分かりました。それで貴方は、どのように彼女と知り合ったので?」
…あれ、僕だけ話長くなりそうかな。人に自慢できるのはいいけど、あれもこれもと根掘り葉掘りで。窮屈な気分。
「僕が知り合ったのは、彼女が血だらけで倒れてるのを見かけて、それで運んだのがきっかけだったけど。でも昔父さんと色々あったみたいだから、僕にも親切にしてくれて、だから自分から関係を作ったと言うよりは、なりゆきでそうなったような、感じ」
「君のお父さんは何者なんだかな。まあ、あっちの関係だろうけど。能力持ちなんだろう、彼」
刑事さんは苦い笑みを浮かべて僕に話す。どうしてそんな顔をするのか。まるで疲れて、ぐったりするように。
「うん…僕にはそういうのはないけどね。詳しいことは知らない。時々お偉いさんみたいのが家に来るけど」
「そのお方の連絡先はご存知で?」
「おい記者、その辺にしてやれよ。あまり詰めてやるな」
「そうですね。続きはまた次回にでも」
「次回もあるんですか?」
そこで僕は、やっと質問攻めから解放されたらしい。
「では、次で最後ですね。お願いします」
呼ばれて左隅の男はこちらに目を向ける。その動作を認識して初めて、僕らはさっきまで彼がこちらを見ていなかったんだと気付く。
「科学者だ。以上、宜しく頼む」
そしてまた、みんなから身を逸らした。
「専門分野はどちらで?」記者が食い付き、
「脳科学」
「もっと詳しく」
「脳の構造、機能。俺の場合、心理学に含まれる分野が多くを占める。言うなら人造脳の再現性を高める研究だ。到達点はその先にある」
「そうですか…。良く分かりませんが、それで彼女とはどういったご関係でいらしたので?」
脳科学者は疎んじる目で記者を覗いてから、
「彼女は研究対象だった。時々話を聞いてもらったり、研究に協力してもらったり。他所にまでわざわざ言うほどのことではないが」
そして口を閉ざす。記者も同じくして。訊いても分かろうともしない癖に、安易に尋ねるのは失礼だと、そういう顔をして、記者の方も何も言い返せなかった。だから阿呆な姿を晒さないでくれよと、刺のある態度が記者を続けた。
「研究の動機は?」
法医学者がそんな空気を押し退けて訊く。同じ科学者同士、通じる認識や見解があるのかもしれない。知的好奇心とか言う何かに押されて。または、それぞれの研究に対して敬意を払うみたいな、礼儀とかマナーといった話だろうか。
「理性の解明。或いは正義の論理化。そういった人たりえるものを探している。抽象的な話で申し訳ない」
「いや結構。動機とは感情的なものだ。紐解く手管が理論なのだから、必ずしも始めから理屈に従う必要もない。その衝動こそ人に備わる能力でもある。機械に真似はできない」
「そう。作り物にはできない。だからこそ探究に意義がある」
「さて、その辺りで宜しいかな。お二方」
一巡したところで漸くお爺さんが姿を現す。食器を次々に下げていき、新たに出てきたのは魚料理だった。洒落た焼き魚の切り身。よく分からないソースをかけていただく。ご丁寧に頭と尻尾は取り除かれて。
「それでは、事実の確認といきましょう。皆様方」
医師が話題を持ちかけて、誰も首を縦に振らず、異議も申し入れなかった。料理を前に閑散としていて、そうこうしているうちに家族の者が咳払い一つ、コホンと前置いて話し出す。
「既に存じ上げていらっしゃる方もいらっしゃいますが、お嬢様、及び我々は、今回世間を賑わせた連続事件に少なからず関与をしております」
「と言うのは、つまり、加害者であるということですか?」
「被害者とも加害者とも捉えられます。ただし弁明をさせていただきますに、我々が狩った者は全て霊祓いの名目からであり、そこに皆様方が想定するような、所謂「普通」の人間というのは含まれません」
「報道によれば被害者に共通点はなかった筈ですよね。そのようなネタは耳にした覚えがない」記者が投げる。
「さあ。我々も、事件の全体を把握してはいないので」
「模倣犯も一人や二人じゃない筈だ。ここに居るご家族と君たちを含めたとしても、足りるか」
「へぇ。詳しいですね。刑事さん」会社員が発する。
「霊祓いが目的で普通の人間が含まれないと。それで? 事実がどう違ってくるのか、俺はよく捉えかねるね。殺人の正当性なんていうものは死体の前に何の効力も生じないので」
法医学者が一歩詰め寄る。それはつまり、常識人だということなのか。この中で。
僕には、その力はないけれど。
「我々が申したいことは、彼らは既に人たりうる人格を喪失しており、我々はあくまでも駆除、後始末を任されたということです。彼らには外形上の人という側面はあれども、その内部は既に空洞ですので」
「そいつぁ魂とかそういう話か?」
「そう取っていただいて構いません」
「誰が君に任せると言うんだか。新手の宗教だな。こりゃぁ」
「こら。そう信仰を悪く言うものではありません」
これまでのところ、大方否定的な意見が並ぶ。批判が寄せられるのを、家族は短い言葉で返して。それ以上は、答える義務がないと言いたげに。
「何だか。具体性が欠けているのは、言いくるめようともがいているようにも見える」
脳科学者が口を開いて、
「まあ、隠すと言うならそれでも良いが。俺には関わってこない話だ」
そこで僕は、初めて意見を述べた。
「うーん。つまりは、普通じゃない、異常ってことに納得がいけばいいって話? 僕には除霊と今回の事件がどう関係するのか、いまいち理解できてないんだけど」
頭ではいつの時か、怜奈さんと一緒に襲われたことを思い起こしていた。人が殺されるのを見たのは、彼女が手を染めるのを目撃したのは、後にも先にもこの時だけだったなと。知らないところでは同じことが起きていたのかもしれない。確かその夜に僕は、この事件をそう風に想像したんだっけか。
相手は誰だろう。彼女は何と戦っていたんだっけか。
「無理もないでしょう。あなた方に憑かれた人間を知るためしなどありませんから」
脳裏に焼き付くのは、右手に下げた小ぶりの手鎌。その鮮やかな赤色は、彼女のものではない。僕の手に染まった色では。
「その方針で行くに、殺されても仕方ないと言うのかな」
法医学者が嫌な顔をして宗教家を睨む。ああ、こういうのが倫理という奴か。
「ええ」神父が頷いた。
「あんたは見たことあるのか? そんな非科学的なものを」と学者。
「勿論」
「そいつは死体を残すものなのか?」会社員が尋ねる。深いため息の後に、
「あのですね、断っておきますが、私たちの役目は人々の救済にあるのですよ。そのための宗教です。ですから、祓うことはあれど、救うべき者の命まで絶つなどもっての他です。死体云々など関係ありません」
「だそうだ。爺さん」学者が矛先を代える。
「まあ君たちは白黒でものを量りすぎる嫌いがあるから、そういう考えを否定でないわけではないが」
公安の男が口を挟んで
「しかし平穏というのは、そう易々と築き上げられるものではない。何かを妥協し、或いは切り捨てていく覚悟のある者でなければ、我々の今日の日常を支えることはできない」
「風紀のためか」隣で発する。
「いいや。もっとどす黒いものだ」
対角線上の家族が漏らす。お爺さんは「やめなされ」と諌め、それからみんな、口が止まった。
束の間の沈黙が長机の上を通り過ぎていく。何か物言いたそうな人、淡々と料理に向かう人、それから、僕みたいに曖昧な顔を見せる人の集合。苦いものを噛むような浮かれない口元で、ただ、切り出すこともできずに硬直している。拮抗をしている。
或いは、これは牽制なのか。
「先程も申したように、我々は被害者でもある。そのところを、どうか察していただきたい。我々にも事情があることを」
胸に一物ある物言いで、僕らの会談は暗闇へと誘い込まれていった。食事が進むにつれその夜は深く潜っていき、星はもう浮かんでいなかった。
3
「そう言えば刑事さんの話だと、この世には一定数「能力」を使える人間が存在するんだよな?」
メインの肉料理が運ばれた後、まず法医学者が口を開いた。
「ああ。そんなことも、言ったっけか」
「始まる前に」言葉を補足する。
「その能力者について教えてほしい」
刑事さんは上手く言葉を伝えようとうつむき目で探り、その間、記者がしまっていた手帳とペンを取り出す。僕は…黙って食事を続けた。多くがそうしていたから。
「あれだろ。外から来たっていう」咀嚼の合間に模倣犯が言う。
「まあ大方そうだ」と刑事。
「彼らを管理する団体によれば、そのほぼ全数が異邦人というわけではなく、代を経て既に我々との差異が微小なものとなっているそうだが。遠い先祖のことをいつまでも引きずられているようなものだ。まあ快くはないだろう」
「迫害ですか」医師が呟く。
「管理だよ。あくまでも調査さ。公には出せないだろうが」
「だが確かに特別なんだろう? その能力とやらは」
法医学者が刑事の方を向いて尋ねる。その様子はどこか落ち着きがなく、何かを急いでいるように見えるのが不思議で。でなければ。
これが心を読むということなのか。
「中にはそういう奴も居ないことはないそうだが。ちょうど少年の父親のように」
話がこちらに飛び火して。それが怜奈さんのことじゃなく、父さんのことだというのが正直がっかりすることで。どうでもいい役回りだ。
「僕は養子だから、そういうのは良く分からないけどね。うん。ライター代わりにはなるんじゃないかな」
そうして場は白けて。この空気を僕はそう受け取って、知らん顔で手を進める。
「異邦人の流入には波がある。特に最近はその波も限られていて、戦後になると確認された範囲で二十年ほど前に、あとは七年前の事件前後にしか外の人間というのは姿を現していない。前者はこの国で百人ほど受け入れたらしいが、七年前の時は数十人、三十くらいだったか。充分に把握できる数だ」
刑事の方が言う。
「それほどのレアケースということか。純粋な能力持ちは」脳科学者の独り言が左から聞こえて。
「七年前と言うと、今回のような連続事件が起きた年ですよね。あれもあなた方が?」記者が訊く。
「いいや」家族は首を横に振り、
「被害者だ。だが運良く助けられてね」
「…成る程。それで住まわれたというわけですね」
「そういうこと」
つまりは事件の生き残りか。そんな声もどこかからしてきて。みんなの関心事が僕には正直分からない。興味も大してない。大人は、不思議な生き物だ。
「さしずめこんなところだろうか。他に何かあるか? 俺に分かることなら答えられるが、まあ能力持ちと一括りに言っても、大それた力はないだろうよ」
「ああ」法医学者は浮かれない顔のままで、まだ何か言いたげに、喉に引っ掛かったような様子をしている。
「俺は科学者だ」誰に向けるでもなく、そう言って。もしかしたらそう自分に言い聞かせたのか。その理由までも、外から測るには無理がある。
「俺は、何年も死体を見てきた。解剖にも慣れている。だけれど、あれは未だに分からない」
重い口が出口を探して這い出る。
「あれって何だ?」
「彼女のことですよ」その言葉がみんなの注目を集めて。
「蠢いているんだ。あんな形になっても。寸断された部位が、五臓六腑が撒き散らされてなお、元に戻ろうと修復して。細胞が独りでに生きるなんて…」
そんなのはあり得ないと。
「彼女は亡くなっていたのか? どこまで行けば、人は確かに死んだと言える?」
これはきっと、哲学の領域だ。僕らが量るにはまだまだ科学の進歩が必要で。二十世紀も終わるというのに、そういった概念はあやふやなまま、先送りにしている現状。
「君の悩みはそれか?」公安刑事が尋ねる。
「そういった特殊な例はさておいて、再生力の人一倍強い者は居るそうだ。成る程、そう言われると彼女もまた、能力持ちだったのかもしれない。俺はその…職業柄の特徴にばかり目を向けていたために気が付かなかったが」
「…怜奈さんは、滅多刺しでも死ななかった」
生き返る前までは。それまで、僕は彼女が亡くなるのを見たことがなかった。今ではそんな特別は許されていないけど。
「ああ。あの子は怪我をしたことはなかった。いや、正確には、全て治してしまった。怪我も。病気も。神に愛されるように」
医師が答える。
「あの子に必要なのは精神的なケアだけだった。私は全くの門外漢だが、真似事だけはしたものだ」
「つまり」と訊く声。
「彼女は不死身だ。それに限りなく近しい存在だった」
そんな馬鹿な。幾人かがそう漏らし、また声を荒立てる。あり得ない。受け入れられないという風に。常識に捕らわれているほど、この現実を信じられなくて。或いは理解できなくて。神様を知る僕を、彼らは何と言うだろう。怜奈さんが何度も生き死にを繰り返していると知ったら。
法医学者がまた話を切り出す。恐らくは、先程の続きを。
「いつだったか。多分、先月の中頃だ。あの遺体は不意に俺の元から消失したかと思ったら、翌日、また無惨な姿になって彼女が運ばれてきた。なあ、これはどう証明する?」
それは生き返りだよ。と口にはできなかった。この混乱を鎮めるだけの説得力が僕にはないからだ。そのもどかしさに口をつぐみ、そして神父が「蘇ったのですよ」と唱えだした。
「皆さんのお話を伺い、やはり彼女こそが預言者であると確信しました。そう、かのイエス・キリストのように。終末期を迎える我らに救いの手を差しのべようと神が遣わせたのです」
「宗教家には論理性がない」科学者は言い放ち、
「仮に能力とやらが作用しているにせよ、それは外部による作用の筈だ。簡単に言うなら、彼女に生き返る力があるのではなく、誰かが蘇生させる術を持っているという方が理にかなっている」
「ならばそれこそ神の御業でしょう」
「じゃあなぜ神は一個人を助ける」
「それは、あの方こそ我々の魂を救う力を持っておられるからですよ」
「埒があかない」
「では皆様は、この現象をどう捉えるおつもりで?」
神父が辺りを見回して、それぞれの顔を窺う。誰も言い返してこないのを、まるで勝ったかのような気になって、鼻を鳴らしてお高くとまる。この不可思議な現象を説明できない以上は、信仰は科学に優越するのだと。大人たちはその妄想へと屈した。僕以外は。僕は、答えを持っているから。
「そうですね。あなた、どう考えますか?」
「私?」と会社員が指されて。
「ええ。あなた、食事が始まってからというもの、あまり会話に参加なされていないようですので」
「そうかな。まあ、うーん…」
記者を挟んだ向こう。沈んだ時間をいつまで続かせるつもりなのか、答えの出ない思索を神父はひたすらに待って。この一方的な優位性をもってして、彼は孤独な悦びに浸る。
サディストめ。そんな言葉が飛んでくる。サディストって何だ?
「正直そのからくりは解けそうにない。が、私はさしてそのことに興味はないかな。勿論それを材料に彼女を捉え直すのは自由だが、ただ、私は彼女は人間だと思う」
「それはただの普通の人間という意味ですよね?」記者が横目で念押して、
「どうかな。人を超えたものを見たことがないから、普通を問われると自信をなくす」
「まあまあ、考えを聞きましょう」
「そう深い話でもないですよ。人間と一括りに言ってもその幅は広く、職種にしてもここに十二種が揃う。どんな者であれ、この多様性という普遍から脱け出すことはできないのです」
「何が言いたい」刑事が詰める。
「いいや、ただそれだけのことだということです。刑事さんなら分かるでしょう?」
「俺には分からんね」模倣犯が割り込んで、
「だが彼女は特別なんかじゃねぇ。それには同意できる。特別じゃいけねぇんだよ。俺があの人を慕ってきたのは」
「君の話はいいよ」記者があしらって、
「ご家族からはどのように見えましたか?」
そんな抽象的な訊き方で話の落としどころを託す。
「そうだね。君には悪いけど、嬢さんは特別だった」
男は答える。その回答に納得できるかは別として。
「彼女は天使だ。でなければ俺たちは今、ここには居ない」
4
晩餐も終わりが近くなり、最後の〆としてデザートが運ばれる。果物がごろごろ入った中くらいパフェで、甘いクリームの合間に酸味のアクセントが利いている。彩りだけじゃない。このフレーバーが味の奥行きを作り出して。
役目を終えてお爺さんも席に着く。ここでやっと、全員での会話ができる。ただもう、みんな喋ることもなさそうだった。
「皆様、お食事は楽しめましたかな?」
会場の空気は疲労感を匂わせていた。でなければ満足感だろう。喋りに喋った人がほとんどだった。
「私が皆様を選んだのには、お嬢様がお世話になったという理由に加え、皆様がその遺品を保持していることがあります」
「つまりは、遺体か」
「ええ。その一部位です」お爺さんははにかんで、
「皆様がそれを必要とする以上、私どもは無理に取り立てたりいたしません」
「なぜ?」
「それがきっと、お嬢様の願いであるからです。お気付きの方もいらっしゃるでしょう。あれには不思議な力がある。それをどうか、皆様の幸福に役立てていただきたい」
「返却も可能だろうか?」法医学者が尋ねる。
「皆さんがどういう経緯で入手したのかは知らないが、俺の場合、望んで得たわけではない。あれの使い方なんてものも分からないし、言ってしまえば手放したいくらいだ」
「構いませんよ」お爺さんは簡単な返事をし、
「ですが所持、非所持に関わらず、皆様には一つ、行っていただくことがあります」
「交換条件とでも言う気か」
会場が次第にざわめきだす。それをお爺さんは手を叩くことで、簡単に止めさせてしまった。
「大層なことではありません。我々のお願いは、この中に居るであろう裏切り者を見つけていただきたいのです」
「そんな奴がいるだろうか」模倣犯が呟いて、それに続くよう記者も意見を述べる。
「価値観の違いはあれ、皆さん東雲さんを慕っていましたからね。裏切り者がいるとは考えにくい。憶測の域を出ませんが」
「いや、いるよ」男が言って、
「事故の際、お嬢さんは正常な心理状態じゃなかった。少年の言葉が裏付けているように、不審な点がいくつも見受けられる。第一に心理的に追い詰められていたこと。第二に、示し合わせたように奴らが動いたこと。彼女を売った人間がいるのは確かだ」
「そいつを俺たちが暴けばいいんだな」
「頼まれるまでもねぇな。そんな奴、生かしておけねぇだろ」
「そして第三に、お嬢さんが亡くなってしまったこと。普通であれば実現不可能な殺害を達成できたのには、何か要因が絡んでいる筈だ」
「誰か彼女の能力を知り尽くしていたのだろうか?」
「まぐれかもしれない。念には念を入れてのことか」
「それは考えにくい。あの団体は表立って活動するのを避けている。それも暗殺となると、人目に着く大通りを選ぶ理由がない」
「…確かに。事故にしてみても、あれじゃ不自然さが残ります。目撃のリスクも量れない中で、なぜあの手を選んだのでしょう」
「公開処刑でもする気だったのか?」
「いいや、そもそも、彼らの仕業と決まったわけじゃないでしょう」
「この中に居るとも限りませんよ」
「なあ、他に知らないのか。少年」
「え! 僕?」
期待の目が向けられる。だからそうゆうのは困るんだ。
「残念ながらあの時近くに居た人はいなかった。だからただの交通事故だと思っても仕方ない、と思う」
「だが一度は生き返ってるんだよな」
「ああ。また同じようになくなったそうだが。鑑定したのは俺だ」
「二つの共通点は?」
「意味がない。むしろ相違点を挙げる方が難しい」
「二度で終わりか?」
「まだ見たいのか?」
「いや…。なぜ止んだのかと思って。一度繰り返したものが」
それは死因が変わっただけで終わったわけじゃない。今は休憩を挟んでいるけれど、そのうちまた彼女が現れては死ぬんだ。人目につかないだけだ。僕が埋めているから。
僕と神様で、何度も埋めた。同じ場所に。その度に、古い亡骸は消えてしまった。存在がなかったことになってしまった。
「あれは模造品だよ」神様が告げる。
「これは廃棄物の処理に他ならない。それで満足できないなら、矛盾の解消だと思ってくれればいい。本物の彼女は君が殺したんだ」
「僕は、殺してない。…誰も殺してない」
「そうだね」
土まみれの手に雨水が零れていた。どんよりとした曇りの、雨が降りそうで降らなかった日だ。ポツポツと僕らを冷やかしに来て、そそくさと去っていった。
「でも彼女は死んだんだ。それは誤魔化しきれないことだよ」
本物の怜奈さんには、もう会えないのだろうか。僕らは彼女を忘れるしかないのか。
パンパンと乾いた音が鳴り響く。
「では皆様、ここらでお開きといたしましょう。連絡先が必要なようでしたら我々を通していただければお伝えします。どうか、皆様の役割をお忘れなく」
お爺さんの言葉の後、次第に大人たちが去っていく。一人、二人と姿を消して。活気がみるみる弱まるのを、僕は見送った。
これから犯人探しが始まる。僕の日常に役目が追加された。他人事だとは思わない。僕もまた、怜奈さんを慕っていたんだ。裏切り者がいるのなら、僕の手で償わせなくちゃいけない。みんなもきっと同じ思いだろう。
ただ、そんなことよりも僕は、気になることがある。僕以外にも彼女の亡骸を持っているというのが、何だか嫌悪感が込み上げてくるんだ。どうして拾ったんだろう。それをどうして持ったままにしているのか。僕にしか要らないものだろうに。
不思議な力があるって? でも、そんなもの必要ないんでしょ。みんな怜奈さんが欲しいだけなんだ。生き返ってくれれば、そんなもの要らなくなるのに。もう手に入らないと思っているから、みんなそんなものにすがっているだけなんだ。だから、僕から勝手に、怜奈さんを持っていくなよ。
彼女の為と言って、私利私欲に走る大人たち。そんな事態になるのが目に見えていて、もはや彼女の思いが消えてしまうのが、堪らなく悲しくて。
僕はどうしたらいい。僕は、どうしたい。引き継がなきゃいけないんだ。僕がしっかりしなくちゃ。




