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4.北の森の湖

 夕食に、イオはお手製のミートパイを振る舞った。

「また腕を上げたね」

 サブリナは料理だけは素直にイオのことを褒める。

「まあ、師匠の味には及ばないけどな」

「そりゃそうだよ」

 イオは照れくさそうに謙遜したが、すぐさまサブリナが首肯するので、

「おい没収するぞ」

と、たちまち両者とも喧嘩腰になってしまう。

 子供のような二人の小競り合いを、ニコニコと眺めていたクレイに、ミントが教えてくれる。

「サブリナとイオ先生は、師匠が同じなの。だから昔から知り合いなんだって」

「そっか、だから仲良しなんだね」

「「仲良しじゃない」」

 声を揃えた二人に、やはり息は合っているなとクレイは思った。

 賑やかな夜は更けていった。


 クレイは寝床としてリビングのソファを借りた。サブリナはミントの部屋で眠るらしい。

 腹いっぱいに満ち足りて眠るなど、昨日までは考えられなかった。まだ夢の中にいるみたいで、実感が薄い。

 思えば、村を出てから一人になるのは初めてで、ようやく落ち着いて考えることができた。この先、自分はどうするべきなのか、ということだ。

 サブリナの旅について行きたい。けれど、彼女はクレイを放って置けないだけで、本当は一人で自由に旅をしたいのだろう。

 いくら空が飛べるといっても、人目のあるところで飛ぶわけにはいかない。あの神官のようなやつに目をつけられないように、竜人であることは隠した方がいいだろう。翼は誤魔化せるだろうか。

 飛べないとなると、脚の悪い自分は、旅の足手まといになる。恩人に迷惑はかけるのは嫌だった。

 ぐるぐると思考の波が押し寄せてくる。眠れない、と思ったとき、リビングの扉が開いた。

「まだ起きてるか?」

 声をかけてきたのはイオだ。

「はい。なんでしょう?」

 クレイが身を起こすと、イオは手にランタンを掲げた。

「眠れないなら散歩に付き合え」

 そう言って玄関に向かう。クレイは慌てて付いて行った。

 魔女の家の外は、鬱蒼とした森だ。夜はいっそう雰囲気がある。遠くで鳥が鳴く声がした。

 クレイは身震いして首をすくめる。イオは振り返らずにサクサクと歩くので、置いていかれないように足に力を入れた。散歩と言いつつ、イオには目的地があるようだった。

「着いたぞ」

 イオが足を止めたのは、湖のほとりだった。木々がないせいでぽっかりと空がひらけて、星々がよく見える。月明かりが反射する湖面も美しかった。

「ここに座って、水面をのぞいてみろ。落ちないようにな」

 言われるがまま、クレイは湖の淵にしゃがみ込んだ。水の中は見えないが、鏡のように水面が反射して、自分の顔が映った。

「何が映って見える?」

「え、自分の顔、ですね……」

 イオの問いかけに素直に応える。当たり前すぎて、他に答え方があるだろうかと不安になった。

 答えを聞いたイオは、クレイの隣に座り込んだ。

「この湖は、夜は魔導鏡になるんだ。つまり、魔法の鏡だな」

 湖面に二人の顔が映る。なんの変哲もない湖だ。

「知りたい未来を心の中で問いかけろ。そうすれば湖がお前の行く末を映してくれる」

 クレイは少し考えた。先ほどまで悩んでいたことを。

 考えて、ヨロヨロと立ち上がった。湖面は見なかった。

「やめておきます」

「未来を見るのは恐ろしいか?」

「そうですね。それに、先を知ってしまうのはつまらない」

 イオは興味深そうに笑った。

「悩んでいたんじゃないのか?」

「やっぱりお見通しなんですね」

 クレイは湖の代わりに空を見上げた。

「いいんです。自分で考えて、サブリナにも相談して、なんとかします」

 未来を知ってしまえば、それに囚われて思考や行動が制限されるかもしれない。それでは、サブリナが言う自由とはかけ離れてしまうだろう。

「魔導鏡は、『惑う』鏡という意味もあるんだ。未来を見たものは惑わされるからな」

 イオはそう言いつつ、湖面をしげしげと眺めている。

「イオ先生は惑わされないんですか?」

「魔女だからな」

 魔女すごい。クレイは素直に感心した。

「すみません、せっかく連れてきてくださったのに」

 クレイがしょぼんと頭を下げると、立ち上がったイオは笑った。

「勧めても未来を見ようとしなかったのはお前とサブリナくらいだよ。みんな魔導鏡目当てでこの森に来るんだけどな」

 イオは珍しく険のない顔をしていた。

 よく知るサブリナと、今日初めて会ったクレイ。表情が乏しい旅人と穏やかに微笑む竜人の青年は、正反対な性格に見えるのに、どこか同じ空気を纏っている。

 二人の未来を覗き見たイオは、自分の予感が正しかったと確信した。魔女の力ではなく、ただの友人としての直感だったが。

 イオはランタンを掲げた。

「北の森の魔女がお前たちの旅の幸運を祈ってやる」

 そう告げたイオの背後で、呼応するように湖が淡く光った。風がイオの短髪を巻き上げる。木々が擦れ合って騒ぎ出し、湖面が揺れる。

 森の全てが魔女の手中にあるような、恐ろしさと美しさがあった。

 クレイは息をのんだあと、ふわりと微笑んだ。

「……では、私は友人として、イオ先生とミントの幸運を祈ります」

 イオは目を丸くしてから、愉快そうに笑った。

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