1.北の森の夜
「私はサブリナ。旅をするならいずれバレるから言っておくけど女だ。まあ、男だと思って接してくれ」
夜の森で素早く野営の準備をしながら、サブリナはそう告げた。
焚き火がパチリとはぜる。目を丸くする青年の顔には、ゆらゆらと火の影が当たっている。
「なんだ、安心しました」
その言葉に、サブリナは首を傾げた。女の旅人では用心棒として不安だ、ということなら分かるが、女で安心なんてことがあるのか。
彼は、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「あなたがとても可愛らしく思えていたので、男性にそう思うのは失礼かなと悩んでいたのです」
さらりと言う。
サブリナは、あんぐりと口を開けて固まった。
彼は軽薄な訳ではなく、恐ろしく純粋で素直なのだろう。
けれど、サブリナは心の中で彼に対する警戒レベルを上げた。策略ではない天然の方が危険だ。
「……君の名前は?」
低い声で訊ねると、青年はおっとりと応えた。
「申し遅れました。クレイ・クロウリーです。」
律儀に、ペコリと頭を下げる。両手に持ったマグカップも一緒に下げるので、お湯がこぼれないかヒヤヒヤした。
サブリナは恐る恐る訊ねた。
「名がクレイで、姓がクロウリー?」
「ええ」
サブリナは、ふぅ、と息を吐いた。
竜人の国では知らないが、この大陸およびユーグラス国では、平民に姓はない。姓を持つのは貴族だけだ。ということを説明すると、クレイは合点がいったように頷いた。
「我が国と同じですね。旅の中では姓は名乗らないようにします」
やっぱり貴族なんじゃないか…。
所作や言葉遣いから育ちの良さを感じてはいたが、サブリナはがっくりと肩を落とした。
まあ、今さら不敬だとか言われることはないだろう。
「ではクレイ。今日はもう眠って。食事は明日にしよう」
簡易の天幕の中に、クレイを押し込む。毛布でくるんで頭をポンっと叩くと、彼はこっくりと頷いた。もう半分くらい瞼が落ちている。
「ゆっくり休め」
サブリナは天幕の外に出て、火の番をする。木々の隙間から、ちかりと空に星が瞬いた。
この北の森には、獣がいない。少なくとも、襲ってくるようなやつは。その原因を思い浮かべると、ため息が出る。
「あいつは獣なんかより厄介だからな……」
サブリナは、久々に人の気配を感じながら、朝が来るのを待った。




