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11.入国

「クレイ王子が帰還されたぞー!」

「お帰りなさい!」

「よくご無事で!」


 固く閉ざされた扉が開かれ、待っていたのは、割れんばかりの喝采と歓声だった。

 武装した兵隊たちもいれば、民衆の姿も見られる。報せを受けて取るものも取らず飛び出してきた、という様子だ。百人はいるだろうか。人々の表情には、偽りのない笑みが見える。

 サブリナは呆気にとられた。ふとクレイを仰ぎ見ると、なんとも言えない複雑な表情で固まっている。

「出来の悪い演劇のラストシーンみたいだね」

 ぼやくカークの言葉に、クレイとサブリナは目を丸くした。何となく、言い得て妙だった。

 堪えきれない、とでもいうようにチカーシュが吹き出した。

「ーーっふ、あはは。カーク、お前、詩人になれるぞ」

 カークは無言でチカーシュを放り投げた。門のある地面に向かってチカーシュは宙を舞い、華麗に着地した。

「アンタは曲芸師になれるよ」

 一連の光景を、観衆はポカンとした顔で見ていた。

 クレイとサブリナは顔を見合わせ、一拍おいて笑い出した。

「よし!クレイ、私も着地するから投げて」

「えええ。サブリナが着地できるのは分かってますけど、駄目ですよ」

「私も観客にアピールしたい」

「観客じゃないよ」

 2人は言い争いながら、カークは憮然とした態度で、チカーシュが待つ地面に降り立った。

 地面だ。サブリナは不思議な気持ちで足元を確認する。土の地面だった。

 静かに様子を窺っているような群衆に、クレイは王子の笑顔を向けた。

「ただいま。クレイが客人を連れて帰ってきたと王に伝えてほしい」

 兵たちは敬礼し、民衆は再び歓声を上げた。

「クレイ王子ー!お帰りなさい!」

「お客人がた、ようこそ!ウォールートへ!」

 改めて歓迎を受け、各々控えめに手を振りかえした。


「殿下、殿下」

 群衆の中から、長身痩躯の男がぴょこりと顔を出した。頭から長いローブを被り、唯一あらわになっている顔は青白い。陰鬱とした雰囲気を纏った男だ。

「サリー!」

 クレイが表情を明るくするのを見て、チカーシュは警戒を解いた。

「バカむす……ごほん、殿下。お久しゅう。クソじじ……いえ、陛下が王城でお待ちかねですよ」

 飄々と、とんでもなく不敬な発言をしている気がする。

「元気そうだね、サリー」

 クレイは子供のように安堵し切った顔を向けている。

「闇の宰相みたいなやつだな」

 と、カークがつぶやき、

「闇の魔術師みたいでもある」

 と、サブリナは同意した。

「おい、聞こえるぞ」

 チカーシュがたしなめると、サリーと呼ばれた男は、ぐるりと顔を向けた。

「闇の超有能官僚ですよ」

 それだけ言うと、スタスタと歩き出してしまう。

「だそうです。行きましょう」

 クレイに促されて、急いで闇の超有能官僚の後を追った。彼の背中には、灰色の翼がある。

「闇ではあるんだな」

 チカーシュは誰にともなくつぶやいた。

 カークは自分の黒い翼を民衆の視線から隠すように肩を狭めて歩いた。きっと幾人かは気づいているだろう。カークが追放された一族の一員であることを。

 この歓迎ムードが拒絶に塗り変わる瞬間を想像し、ため息をついた。


 入国の門からすぐそこに見えた城まで、竜人が本気で飛ぶと本当にすぐそこだった。

 サブリナとチカーシュは、クレイとカークがこれまで手加減をして飛んでいたことを理解した。闇の超有能官僚サリーに置いていかれないためには、本気の飛行をするしかなかったのだ。

「おや、人間には辛い速さでしたか。すみませんね、竜人には珍しく私はせっかちなもので」

 城内を相変わらず早足で歩きながら、サリーはおざなりに謝罪した。

「いいえ、全く!」

「問題ありません!」

 すでに疲弊しているサブリナとチカーシュだったが、意地でも追いつこうとほとんど小走りでサリーの後を追っている。

 クレイは素早く城内を観察し、警備の薄さを感じとっていた。衛兵が記憶よりも少なく、人の気配がない。

「この先の謁見の広間で王がお待ちです。まずは殿下お一人で。お連れの方は別室でお待ちを」

 唐突に立ち止まったサリーの言葉に、クレイはゆるりと首肯した。チカーシュを振り返り、目でサブリナを頼みます、と伝える。チカーシュは心得たように頷き返した。

 安心させたくてサブリナに微笑みかけると、彼女は自分以上に毅然とした表情で笑みを返してくれた。クレイはその頼もしさに相好を崩しつつ、彼女たちに背を向けた。


 広間の前に立つと、両開きの扉が厳かに開かれた。正面奥に階段があり、豪奢な玉座が置かれている。

 クレイは一歩、歩み出て、跪いた。

「よく帰った、クレイ」

 ややあって低く豊かな声が落ちてきて、クレイも静かに口を開いた。

「ご無沙汰しております、陛下。ただいま帰りました」

 促されて顔を上げると、父たる王が玉座を立ち、ゆったりと階段を降りてくるところだった。

「よくぞ戻ったな」

 クレイも立ち上がり、父を正面で待った。表情を引き締める。

「……よくぞこのタイミングで、という意味ですか」

 三歩前で止まった王は、降参するように笑った。

「ああ。そうだ、クレイ。戦争が始まる」

 まさに開戦を宣言するかのように、竜人の王は告げた。

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