1.かの人の招待
オリービア伯爵から返答があったのは、王都入りした二日後だった。前日に謁見を願う手紙を出したばかりだったので驚いた。
オリービア伯の手紙には、クレイ王子の無事を喜ぶ言葉と、一通の招待状が添えられていた。
「パーティへの招待みたいです」
一週間後の夜会にて、竜人族の王子を歓迎したいとのことだった。
「『サブリナ嬢と共に参加されたし』」
クレイが読み上げた文章に、サブリナは飛び上がる。
「え、私も?」
「はい。恩人だと伝えたからでしょうか」
「夜会に?」
「はい、夜会に…」
二人は困惑した顔を見合わせた。
クレイは三年ぶりとはいえ、夜会には慣れている。ただ好きかと言われると確実に嫌いだ。生来ののんびりした気質もあり、人が多く煌びやかな場所は苦手だった。
サブリナはもちろん夜会など出たことがない。どこで何をするのかもよく知らない。王城で踊る?のだろうか。
「断るわけにはいかないよな…」
「断っても会ってもらえるのか分かりませんからね…」
二人は同時にため息をついた。
けれど、立ち直るのはサブリナの方が早かった。
「仕方ない。1週間は猶予があるんだ。何とか備えようか」
両手を腰に当てて仁王立ちをする姿は頼もしい。クレイはしょんぼりと肩を落とした。
「付き合わせてしまってすみません」
助けられてから、ずっとサブリナの世話になっているのだ。
「違うよ」
後ろめたい思いでうなだれるクレイに、サブリナは笑いかけた。
「君を連れ出した時点で、付き合わせているのは私の方なんだから」
クレイはサブリナを見上げて、敵わない、と思った。眉を下げて笑う。
「……では、まずはドレスコードですね」
お互いにボロボロの旅装を見て、うんうんと頷きあう。
「となると、先立つものがないな」
サブリナは、財布をひっくり返してみせた。ころん、と硬貨が一枚転がった。
サブリナが先導して、やって来たのは薄暗い賭場だった。
「大道芸は目立つから。王都で派手なことすると憲兵がくるんだ」
「やったことはあるんですね」
サブリナは大道芸や物々交換以外では、賭博で路銀を得ていた。得意の手品でイカサマをするので、それなりに稼げるのだ。
「クレイは賭け事は強い?」
と、サブリナが訊くと、クレイは何かを思い出すような素振りをする。
「運はないですが、読みは苦手じゃないですよ」
「意外だな。賭けたことあるんだ」
クレイは口に人差し指を当てて、にっこりと笑った。
「紳士の嗜み程度ですよ」
お坊ちゃんの遊びかな。カモられないように見張っておいてあげよう。
と、思っていたのに。
「くそっ!また負けた!」
「おいおい冗談だろ!?」
サブリナの予想は外れた。クレイはお上品ではない男たちを相手どって、上品な挙措で賭け金の山を築き上げた。
顔を白黒させている賭け相手を見て、サブリナはクレイの袖を引いた。稼いだお金をしまって、こそこそと賭場を後にする。これ以上派手に稼ぐと目をつけられてしまうだろう。
路地に出て足早に去りながら、サブリナは笑った。
「本当に王子か?実は詐欺師だったりして」
「勘弁してください…。自称王子なんて、そんな馬鹿げた詐欺師はいないですよ」
「ふ、確かに」
宿に戻って硬貨を数えると、なんとか二人分の衣装を揃えられそうだった。
そんなわけで、夜会の日まで身支度に追われる一週間となった。




