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「あの人は……何者なんだ?」
アルの視線の先にいるのは、手をパンパンと叩いて土を落としている農夫が一人。事も無げにゲースマーハの死骸を振り返って見るその姿は、畑の草刈りを済ませたような、そんな清々しさがある。
アルがグルトのもとに駆け付けると、訊ねた。
「……あなたは一体、何者なんですか?」
「言ったろ。農夫だよ」
「信じられるわけないじゃないですか。さっき、あの魔物だって言ってたじゃないですか。昔、冒険者だったんでしょう?」
「……ま、昔の話だよ」
「でも、冒険者一行に農夫が入っていたなんてそんな話、聞いたことがない。冒険者の頃の職業は何だったんですか?」
「なんてことない、ただの戦士だよ」
なんてことない、ということはないはずだ。あんな大型魔物をたった一人で軽々と倒すのだから。冒険者初心者のアルでもそのくらい分かる。きっと凄腕の戦士だったに違いない。
「さて、用事は済ませたことだし、討伐料を回収しに村に戻るぞ。言っとくが、配分は俺が9で、おまえが1な」
「あの……!」
「ん? 文句は受け付けないぞ。おまえはただ逃げ回っていただけだしな」
「そうじゃなくて……! あの、私の剣の師匠になっていただけないでしょうか……!」
「……は?」
「私は立派な剣士になりたいのです! でもまだ駆け出しで、ご覧の通り見てくればかりで……」
「やだよ。俺ぁ、旅の途中なんだ。そんな面倒くさいことに付き合ってられるか」
いくらのこの若者が金持ちのボンボンだろうが、弟子になるなどもってのほかだ。お荷物だし、何より一人が気楽だ。
だが、アルは諦めない。
「そこを何とか! どうしても剣士になって、魔物に苦しめられている人を救ってやりたいのです!」
「~~~~」
グルトは心の中で舌打ちした。どうすればこの若輩者を諦めさせることができるのか。アルがいかに剣士に向いていないかでも滔々と語ればいいのか。
そう思って、グルトはアルと出会った時からのことを思い出していると、アルのあの言葉がよみがえった。
──早くこの場から逃げなさいっ!
(そういえば、俺を見つけたあの時、こいつはどうして「助けてくれ」じゃなくて、「逃げろ」と言ったんだ……)
魔物に苦しめられている人を救ってやりたいという気持ちに嘘はない──わけか。
余計なことに気付いてしまった自分が嫌になって、グルトは頭をガリガリと掻いた。
「俺の脚についてこれなかったら置いていくからな」
それだけ言うと、グルトはぷいっと背を向けて歩き出した。
その言葉の意味を理解して、アルの顔にじわじわと笑顔が広がっていく。
「…………はいっ!」
アルは元気よく返事をすると、鍬を担ぐ農夫の──歴戦の元戦士の後を急いでついてゆく。
「待ってください! 師匠!」