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正体不明の農夫に助けられたアルは、リキュー村へと向かった。農夫が後ろからついてくるので、彼はリキュー村の者だと思っていた。
が、どうやらそうではないことに気付いたのは、リキュー村の村長の反応を見た時だった。
「騎士様!」
アルがリキュー村に着くと、村の広場に大勢の村人が待っていた。皆、アルの姿を見つけると、駆け寄ってくる。
「ご無事で何よりですじゃ! ……して、草の魔物どもは……?」
「安心してください。村の畑に巣食っていた魔物は全滅しました」
(……この通りすがりの農夫のおかげで、ですがね)
アルは心の中で付け足した。村人たちを偽る気はないが、今言ったことは決して嘘ではない。
それに、どうせこの農夫はこの村の人間だろう。彼が口を開けば、すぐに誤解は解けるはずだ。
「そうですか……!! それはまことにありがたいことですじゃ!」
村人たちがわっと歓声を上げるのを見ながら、アルはふと思った。
(あれ? それにしても、この村にはあんなに強い農夫がいるのに、どうして私に魔物討伐の依頼なんか──)
アルが首を傾げたその時、村長がアルの後ろの男を見て訊ねた。
「……ところで、そちらの御仁は?」
「え? 彼はこの村の者では──」
アルがきょとんとした顔で問い返そうとしたその時、その「御仁」はしれっと答えた。
「この騎士さんの連れです。所用があり離れて行動していましたが、さきほど合流したところでして」
「……は!?」
アルは寝耳に水の展開にぎょっとして農夫を見たが、農夫はこちらを見ようとさえしない。
「おお、そうでしたか」
男の身元が明らかになり、村長はホッとしたようだ。そして、その身なりから「騎士の下働き」と判断したようだ。
「あなたのご主人はとてもお強い方ですね。あれは──ゲースマーハは一見するとただの草に見えますが、強靭な葉を持ち、しかも再生力と繁殖力の高い厄介な魔物なのです。それをたったお一人で全滅させるとは……」
確かに、村長の言う通り、厄介な魔物だった。倒したのはこの農夫だが。
アルはうんうんと頷きながらも、いつのタイミングで事実を明かすか悩んでいた。
(この男も、村長も、当たり前のように「騎士とその連れ」で話が続いているが……何だこれは? 私がおかしいのか?)
アルがうんうんと唸っているのに気付かず、村長は申し訳なさそうな表情で続けた。
「実は騎士様が畑に向かわれた後、私どもは後悔しておりましたのじゃ。魔物と戦える者などこの辺鄙な村には滅多にいないが故に、たまたまこの村を訪れたあなた様に畑の魔物討伐を無理にお願いしてしまったことを……。どうかお許しください」
頭を深々と下げる村長に、アルは慌てた。
「い、いや、顔を上げてください! 無事に済んだのだからもういいじゃないですか! ねっ?」
「騎士様……お強いだけでなく、なんとお優しい……」
目を潤ます村長に再び慌てるアルの後ろで、農夫の男がケッとつぶやいた。
「押しつけられた魔物討伐であっけなく死にそうになってたってわけか……。とんだ甘ちゃんだな、この坊ちゃんは」
(…………ん? 今、何か言ったかこの人は?)
よく聞こえなかったが、悪態をつかれたのは確実だ。
「で、いくら払ってもらえるんですかね?」
「え?」
農夫が唐突に言ったその言葉に、アルと村長が同時に訊き返した。それを見て、男が眉を思いっきりひそめた。
「討伐料ですよ。まさかタダで魔物退治したとでもお思いで? うちの騎士様だって命懸けてやってるんですよ、それを──」
「な、何言ってるんですかあなたは! 私は別に金など──」
アルは反発しようと声を上げたが、それも敢え無くしぼんでしまった。男が「黙れ」と言わんばかりにこちらを睨んでいたからだ。
すると、村長が慌てて口を開いた。
「もちろん払わさせていただきますとも! 精一杯の心づけをさせていただきますが、何分うちは貧しい村ですから、満足していただけるか……」
村長の声が徐々に尻すぼみになっていくのを見て、農夫がニヤリと笑ったのアルは見逃さなかった。うん、確実に笑った。
「御心配なく。たったあれっぽっちの魔物でお金をいただくつもりはありません。もうひとつ、仕事をしてきましょう」
「……それは一体どういう意味で?」
村長が訝しそうに農夫を見た。アルもまた同じだ。
「ゲースマーハは地下茎で殖える魔物です。つまり、畑のゲースマーハをいくら摘み取ったところで、地下茎で繋がっている本体を倒さないと、畑はすぐにまたゲースマーハで埋め尽くされるでしょうよ」
「な、なんと、それはまことか!」
農夫の説明を聞き、村長は愕然としている。アルもショックを受けているようで、顔色がやや悪い。
(一般人があの畑の魔物を倒すだけでも苦労するというのに……さらにボスがいるって?)
「したがって、今からそのゲースマーハの本体を討伐してきましょう。……うちの騎士さんが」
「おお! なんと頼もしいことですじゃ!」
村長が嬉々として叫ぶのを見て、アルもさすがに「そんなことできるか」という言葉をぐっと飲みこんだ。代わりに、気になっていることを口にする。
「本体を倒すといっても……、居場所がわからないとどうしようもないのでは?」
アルがそう訊ねると、農夫はニヤッと笑った。
「大体の目星はついている」