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畑の中の魔物の数が徐々に減っていくのを見ながら、アルは期待に胸を膨らませる。
だが、残り10体、5体となり、猪五郎を含め残り3体となったところで、状況が動いた。猪五郎がついに、かなりの仲間が減っていることに気が付いたのだ。
「フ……フゴッ!?」
あちこちに横たわる仲間を見て、猪五郎は見るからに困惑している様子だ。
だが、さすがは群れをまとめるリーダー。地面に転がる仲間たちの中心に、やけにギラギラとしたオーラを放つカカシがいることに気付いたようだ。
猪五郎は瞬時に悟ったことだろう。「何だか分からんが、かなりヤバいヤツだ」と。
「ブギ~~~~ッ!!」
猪五郎の雄たけびに、口を動かすことに夢中になっていた二体の仲間が顔を上げ、即座に反応する。ぶち破られた柵の方に向かって、一目散に駆け出したのだ。
二体のエリュマントスが猪五郎と合流し、畑の外にまさに脱出しようという時、背後から猛スピードで追いかけてくるものがいた。カカシ、もといグルトだ。
「逃ぉがぁすぅかぁ~~~~」
『プッ、プギ!?』
その邪鬼ごときグルトの形相は、魔物もさえも震え上がらせたようだ。3体そろってパニックになり、畑から逃げ出すのも忘れ、ただその邪鬼から逃げたいがために畑の中をぐるぐると走り回っている。
「畑を荒らす悪い魔物はいねェがァ~~! ぁあ゙? おまえらかァ~~!?」
鍬を振り上げ、鬼の形相で追いかけるグルトの姿の方がまさに魔物のようで、これを見ていたアルがエリュマントスたちに少しだけ同情したのはここだけの話だ。
(それにしても、師匠はどうしてすぐにあいつらを倒さないんだ!?)
エリュマントスが本気で逃げ回っていようとも、グルトならすぐに追いついて一撃で倒せるはずだ。
そうしないのは何か訳があるのかもしれない、とアルが思い始めた頃、グルトが3体を追い掛け回すことをやめた。
「せいッ」
グルトが大きく振りかぶって投げた鍬が3体の前に落下し、驚いた猪五郎たちは思わず脚を止めてしまう。その隙を突いて、グルトは飛びかかった。
「ふンッ」
『フギーーーー!!』
2体は抑えつけることができたものの、猪五郎がグルトの両腕から逃れてしまう。そうして駆け出した先は、畑の外だった。
「うわあ、こっち来た、こんなの無茶だ!!」
こちら向かって物凄い勢いで走ってくる猪五郎を見て、アルは本心とは裏腹に茂みから飛び出した。
が、このまま隠れていれば良かったとすぐに後悔した。謎のカカシに襲われた恐怖で、猪五郎はかなりの興奮状態だ。とてもじゃないが敵うはずがない。
その時、畑の中からグルトの声が聞こえた。
「おい、出番だぞ! そいつを何とかしろ!」
「何とかしろったって……!」
猪五郎はというと、退避路にアルが立ちはだかっているのに気付き、歩みを止めてこちらを睨んできたではないか。あのカカシならいざ知らず、この弱そうな人間など恐るるに足らんとでも言うように。
そして、猪五郎は鼻息荒く突進してきた。アルめがけて。
「わ、わわ……!」
アルは握りしめていた鍬を、めちゃくちゃに振り回すしかない。もちろん猪五郎に当たるはずもなく、巨体な割に俊敏な動きでアルの攻撃を避けている。
その間にも、どんどん間合いを詰められているのはアルも気付いていた。だが如何せん、今のアルにはどうすることもできない。
(私がここで死んだら、夜な夜な、師匠の前に化けて出ますからね!!)
心の中でそう叫んだ瞬間、猪五郎が鍬をかいくぐって、アルの頭上に飛び上がった。
猪五郎の鋭い牙が、巨体とともにアルの顔めがけて落ちてくる。
(もう駄目だ──)
そう思った瞬間、何故だか懐かしいフレーズが頭をよぎる。子どもの時に、もう何千回と唱えたあの言葉。
あの時はこれっぽっちも手応えがなかったのに、今はいける。そんな気がして、眼前まで迫り来た猪五郎の牙を見つめながら、アルはつぶやいた。
「──フレア・チラ」
小さな炎が揺らめいた。猪五郎の鼻先に。
「……ブモ!?」
突然の熱い痛みに、猪五郎は体をねじり、地面の上でじたばたと転げ回る。
「ブモモ、ブヒ!!」
「あ、あれ……?」
何が起こったか、アルはまだ把握できていない。地面に鼻を擦り付けて火を消そうとしている猪五郎を見て、ようやく状況を把握できてきた。
(今のは……私がやったのか?)
「エリュマントスの弱点によく気づいたな」
その声と共にヌッと伸びてきた手が、猪五郎の頭をむんずと掴む。その瞬間、猪五郎の顔が再び恐怖で顔をひきつったが、その手は容赦なく猪五郎を自分の方に向けた。
そう、カカシ──ならぬ、グルトである。
「よぉ、猪五郎。これで懲りたよな? 二度と人間様の畑を荒らすんじゃねーぞ? もしまたやりやがったらどうなるか……分かってんな? あ゙?」
ニヤリと笑ったグルトに、笑っていない目でそう問われ、猪五郎は顔を引きつらせながら激しく頷いている。猪五郎と共に最後までグルトに追いかけ回されたエリュマントス2体(グルトに捕まり、両脇に抱えられている)も、猪五郎同様に泣きっ面だ。こくこくと首を縦に振っている。
そんな言い聞かせで魔物が素直に言うことを聞くはずがない。アルは正直そう思ったが、猪五郎たちの反応を見て、グルトの言いつけを破らないだろうことは何となく分かった。
「ならいい。ほれ、あいつらは軽く小突いただけだ。起こしてやれ」
グルトのその一言で猪五郎が慌てて畑に向かったのと入れ替わりに、そばの農具置き場の陰からガサッと誰かが飛び出してきた。グルトたちがこの村で初めて話しかけた、あのおっさん村人である。
「す…すごいだ! 本当にあいつらをのしちまうなんて……!」
興奮した様子で鼻息荒くつぶやく彼に、グルトが問いかける。
「おい、おっさん。なんでいるんだよ」
「へへ、おめさんに出てくるなと言われてもじっとしていられんで。それに、そだったのはおらだけじゃね。他のやつらも何人か来てんだ。……おうい、もう出てきていいだよ!」
おっさん村人がそう呼びかけると、辺りの物陰や茂みから数人の村人たちが照れくさそうに出てきた。各々鍬や鎌を持っていることから、何か手助けできればと思って来たのだろうか。アルの胸がじいんとなる。
「皆さん……来てくれていたんですか」
「おめさんたちを信じてながったってわけじゃねえけんどな。やっぱりわしらの畑はわしらで守りたいだ」
「んだんだ!」
「一矢報いるだと思って出てきだが、にいちゃん強すぎてひとつも出番はなかったけんどな!」
村人たちがそう言って笑い合うのを見て、グルトは呆れながらも口元はにやりとしていて嬉しそうだ。
それから一人の村人がグルトに尋ねた。
「そだとしてもよ……あいつら、生かしたんは何か意味があっただ?」
「あ……そうですよ! どうして倒すんじゃなくて気絶させたんですか? 私はてっきり一匹残らず討伐するかと……」
アルも聞きたかったことを思い出してそう訊ねると、グルトは両脇に抱えたエリュマントスたちを見下ろし、ニヤリと笑った。
「命を取るのは簡単だ。が、こいつらには『人間の畑に近付いたら痛い目に遭った』っつー体験談を他の魔物に広めてもらわなきゃならんからな」
「な、なるほど」
確かに、畑に魔物が現れる度に討伐対応するより、そもそも魔物が畑に近付かないようにする方が根本的かつ合理的だ。
(ただやみくもに魔物を倒すんじゃなくて、そこにまで頭が回るなんて……。師匠って信じられないほど強いだけじゃなくて、意外と頭が切れるのかも)
不覚にも、グルトのことを見直してしまったアルである。
畑の方では、猪五郎に起こされたエリュマントスたちが続々と目を覚まし、次々と起き上がるのが見える。
やがて、のそのそとこちらに戻ってきた彼らはグルトの姿を見るなり、明らかに怯えた様子だ。グルトと目を合わそうとせず、体を縮こませ、遠巻きに小走りで歩いている。こんな村、というよりあの恐怖のカカシ人間から、早く逃げたいという気持ちなのがありありと見て取れる。
そんな仲間を見て、小脇に抱えられたままのエリュマントスたちも仲間の方に合流しようともがき始めた。……が、グルトの腕からぴくりとも動けない。
がーんと落ち込んだ様子の彼らと、群れの先頭を歩く猪五郎に、グルトはにこやかに告げた。
「お、言うのを忘れてたな。おまえら三匹は、まだ残れよ? ちょっとやってもらうことがあるかんな」
その言葉に、猪五郎たちだけでなくアルや村人までもが、目を点にしたのは言うまでもない。




