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◇◇◇
翌朝。
グルトの言いつけ通りに夜は家の中で過ごしていた村人たちは、西側の畑にやって来て驚いた。エリュマントスたちによって見るも無残な畑はどこにもなく、そこにあったのは整然と耕された畑だったからだ。
見れば晴れやかな朝陽の下、グルトが3体のエリュマントスにそれぞれ犂をひかせているではないか。歩くペースが落ちてきた猪五郎に、グルトはすかさずその尻を叩いて「もう少しだからきばれ!」と鼓舞している。
「こ、これは一体どういうことだ?」
「すげえだろう。あのにいちゃん、猪五郎を懲らしめただけでなく、ああやって畑を耕すのを手伝わせてんだ」
驚く村の仲間に、畑で夜を明かした数人の村人は答える。
「これまでのことは仕方がねえ。んだが、落ち込んでもいられねえってもんだ」
「あのにいちゃんを見てたらそう思えんだ。動かねばってな」
「んだんだ! 野菜がやられたなら次の野菜を植えればええだけだ」
村長もやって来て、わいわいと次の作業について皆で話し合い始めた。そんな彼らの顔には、昨日のような暗さはひとつも見当たらない。希望に満ちた顔だ。
アルはそんな彼らを見て、もうこのスナ村は大丈夫だと思った。そして畑の方を振り返り、時折エリュマントスの尻を叩くグルトを見つめる。
(聞こえましたか、師匠……。師匠の行動が、この人たちに勇気を与えたんですよ。あなたはまちがいなく英雄だ)
あのがめついグルトが、今は光って見えるようだ。
アルに尊敬のまなざしを向けられていることなどこれっぽっちも知らず、グルトが畑を耕し終えて戻ってきた。村人たちが興味津々に見ている中、グルトは猪五郎たちの体から犂を外してやると、パンとその尻を叩いた。
「ご苦労! 行っていいぞ!」
「プ、プギーーーー!」
カカシに恐ろしい思いをさせられただけでなく肉体労働までさせられた猪五郎たちは、もうこりごりだと言わんばかりに脱兎の勢いで去っていった。
その背中に、グルトが「もう二度と来るなよーー」と一声かける。
次の瞬間、村人たちがわっとグルトを取り囲んだ。
「やるな、おめさん!」
「あの猪五郎を家畜のように扱えるなんてなあ」
グルトが村人から称賛を浴びていると、村長が前に出てきて深々とお辞儀をした。
「村をお救いくださり、ありがとうございますだ。あなた様はまさに勇者様ですだ」
「俺は勇者じゃねえ。お前らと同じ、一介の農夫だ」
グルトが自前の麦わら帽をかぶりながらそう言うと、村長は首を振りながらさらに言った。
「……もう十年以上前になりますだ。その頃も村の周りによく魔物が出没していましてな。魔物に襲われかけていたところを、わしは勇者様一行に助けられたのですだ。一晩かけて思い出しましただ。わしはあなた様のお顔をお見かけしたことがあるですだ。勇者様と共に剣を振るっておられた、あの戦士様──」
「ハ、昔のことなんて忘れたな」
村長の言葉を遮ると、グルトは愛用の鍬とどこからともなく持ってきたアルの剣を背負い、アルに声を掛けた。
「アル、行くぞ」
「はっ、はい! 師匠!」
村人たちの見送りの声を浴びながら、アルは必死にグルトの後を追う。足を動かしながらも、何だかアルの心はふわふわとして落ち着かない。その原因は分かっている。
(師匠が初めて私の名前を……)
行動をと共にするようになって、いつも「おまえ」としか呼ばれなかったのに、突然の名前呼びにアルは動揺すると同時に、嬉しかった。グルトにひとつ認められたようで。
鎧の重さも忘れ、アルがご機嫌で歩いていると、グルトが突然口を開いた。
「そういやおまえ、魔法なんて使えたのかよ」
アルはキョトンとしたが、すぐにあの時の──猪五郎の鼻先に炎を放ったことだと気付いた。あの時から今の今まで話す暇もなかったから、グルトの問いは当然のことだ。
「使えると言っても初級魔法をいくつか、ですけど……。子どもの頃に魔法使いに憧れていた時期が少しありましてその時に……」
「どうして魔法が使えることを黙ってた?」
別に隠そうとしていたわけではない。使えるとは限らなかっただけだ。子どもの頃に魔法をきちんと使えるという体験が少なすぎたので、アルがこう思うのも当然のことである。
「久しぶりすぎてまだ使えるかわかりませんでしたし、その……効果が不安定でして」
アルが口ごもったのを見て、グルトが分かりやすい言葉でまとめた。
「向いてなかったってことか」
「う……まあ、そういうことです……」
アルは苦虫を嚙み潰したようにつぶやいた。ズバリ図星なことなのだが、今でもそのことを思い出させられるのは何やら嫌なものだ。
「それに、今はまがりなりにも剣士ですし? 師匠だって剣じゃなくて鍬を装備しているじゃないですか。だから昔の経験に頼るべきではないのかと……さっきは必死でつい魔法を出してしまいましたけど」
魔法が使えることを咎められているような気がして、そう言い訳をしたアルに、グルトは大きくため息をついた。
「……マヌケ」
「え?」
「あのなぁ? 今の自分ってのは、過去の自分の結集像なんだよ。だから持てるモンはすべて使う! それでいいじゃねーか」
「そ……そうでしょうか……」
「俺のこの磨き上げられた筋肉を見ろ! 剣士時代にほぼカンストレベルまで鍛えたからこそ、俺の農夫人生を最高のものにしてるぞ」
「は、はあ……」
筋肉話はおいといて。要は、自分のスキルすべてを用いて戦えということか。
アルは今まで「剣士なら剣の腕で勝負しないと」と思い、剣の素振りは続けてきたのだが、上達の兆しが見えないので諦めかけていた。
でも、持ちうるスキルをうまく使いこなした戦い方をすれば、そこそこ戦えるようになるのかもしれない。
「持てるものを全て使って……か」
アルは空を見上げてつぶやいた。それなら色々やりようはある気がする。とはいえ、具体的にはまだ見当もつかないが。
希望の光を見つけたアルの横で、グルトがカラカラと笑う。
「──にしても、使いこなせない魔法を引き出させるなんて、俺の指導がよかったってこったな!」
(よく言う……)
得意げに笑うグルトを、アルはじとっと睨む。剣の修業のことは考えてあるとか言っといて、その実は「実践主義」という名の、何も考えてないに等しいやり方だったのをアルは忘れてはいない。
まあ結果的にはうまくいったのだが、こんなやり方ではいつか死ぬかもしれない。
(……ま、今回は師匠が村人に討伐料をせしめたりしなかっただけで良しとしよう……)
金のことを忘れていたのか、気が変わったのかは分からないが、ただでさえ収穫物を失った村人を余計に困らせることがなかっただけ良かったのだ。
アルがため息を吐いたちょうどその時、グルトの尻ポケットに詰め込まれた紙に気付く。
「師匠……その紙は何ですか? そういえば、村人から渡されてましたよね」
そう尋ねたアルに、グルトは振り返り、ニヤッと笑った。
「権利書だよ」
「……権利書? 何のですか?」
「“グルト案山子”だ。スナ村の奴らに提案したんだよ。俺そっくりのカカシを作って販売してみないか、ってな」
アルが口をポカンと開けている間、グルトは滔々と説明する。
「逃がした猪五郎たちが今頃、他の魔物らに危険な人間がいるってふれまわってくれてるだろ? その人間と同じ姿をしたカカシを村や畑に立てときゃ、そこには魔物一匹近寄りもしねえってわけだ。だから俺そっくりのカカシを販売していい代わりに、売上金の一部を俺に納めるっつー契約をしたんだよ。このために猪五郎らを散々懲らしめてやったからな!」
権利書をポンポンと叩きながらクックッと笑うグルトを見て、アルは顔色悪く呟いた。
「さ……詐欺師だ」
「あ? 人聞きの悪いこと言うな。俺は農夫ならではの悩みを解消するべくやったまでだ」
「なら師匠がお金を取る必要ないですよね!?」
「ハッ、慈善事業じゃねーんだぞ。肖像権って言葉、知ってるか?」
そう小馬鹿にするように言ったグルトに、アルは呆れ果てた様子で呟いた。
「……討伐料の話を出さなかったと思えばこういうことですか……。本当に師匠って、ただでは終わらない人ですね」
このがめつさというか、たくましさは、呆れを通り越してもはや尊敬するレベルかもしれない。
グルトはといえば、ひとつも悪びれることなく、まだ何か説明している。
「カカシの欠点は本物と違って動かねえことだがな、そこは問題ないと思ってる。これから俺が世界各地で魔物退治を続けてりゃ、グルト案山子の効果は続くはずだ。カカシひとつで魔物の被害が減るっつーなら、これほど費用対効果が高いモンはねーぞ」
「う、売れるわけないですよ」
アルは苦し紛れにそう言ったが。
このグルト案山子がスナ村を中心に世界農夫組合を通じて売り出され、全世界の農夫界隈でベストセラー商品となったのは、まだもう少し先の話である。




