一
「あれ、陽藍さん?」
銀座を歩いてたら、そう呼び止められた。
「……アザミ?」
多分俺は怪訝な顔をしていた。顔ってのは、自分じゃ見えない。だから恐らくだ。
そいつの顔は、俺の知っている顔だった。財閥の倅だよ。日本で一番でかいんじゃないのか?『聖』グループ。こいつの爺さんが、かなり恐い。怒らすと明日は路頭に迷う。噂の真相を確かめる気は無い。故にこいつとも、関わり合いに為りたくも無いが、知り合いだから、仕方無く話をする。
「そうですよ!何やってるんですか。何時帰ったんです?と、言うか、何で連絡くれないんですか?俺、陽藍さんがイタリアにいるって、爺ちゃんから聞いたんですけど?普通、言ってから行きませんか?俺が嫌いなんですかね?女なら抱きます?俺の事?」
アザミはよくもあま、ぽんぽんと、関心する位矢継ぎ早で。俺は返せもせず、苦く笑うしかなかった。何でこいつはこんなにエネルギーが余ってるんだろうな。若いからとは言いたくない。俺はこいつ位の頃、もっとやる気が無かった。
「落ち着けよ。こんな路の真ん中で…答え切れないだろ。さっき帰国したばっかだよ。御期待には、添えないけどな、じゃあな。」
そう言って切り上げ様とすると、切り上げさせない。
「何逃げてんですか。別に決闘とか申し込まないですよ。茶〜飲みません?俺出しますから。」
………無理だろ。お前と茶とかな。目立つからやだよ。
「無理…だな。またな」
そう言ったがアザミはしつこかった。
「誰もホテル行こうとか言ってないじゃないですか。なんで何時も逃げるんです?たまには構って下さいよ。可愛い『弟』でしょう?俺なんて。茶に毒も盛りませんしね。」
「物騒な奴だな、お前は。路の真ん中で言う事じゃないぞ。お前って『聖』の自覚がないよな。兄貴は?元気か?」
そう聞いたらアザミは不満気に言った。兄貴の心配はするのかと。そりゃ、するだろ。お前の兄さんには世話に為ってる。多分此れから先も世話に成る。仕事の上でな。
「兎に角。今は帰国したばっかで、忙しいよ。悪いが、また今度な。」
俺はそう言って、アザミを適当にあしらった。聖 聖、こいつの本名だ。アザミは愛称で在り、呼称でも在るーー変わった名の持ち主だ。命名は母親らしい。アザミの父親の反対を押切って、名付けたとか。少々変わった母親らしいな。父親婿養子だから、仕方無いのかもな。アザミを『セイ』と呼ぶのは、母親だけらしい。変わっちゃいるが、かなりの美人だ。
アザミそっくりのな。先程からずっと、周囲行き交う女性からの視線が痛い。アザミが美少年と言うのか、美青年とでも言うのか。しかも、空手をやっているせいで、しなやかな身体付きは、色気まで有る。ラフな服を着ていても分かる、アザミの身体付き。確かにこいつは、男にして置くには惜しいのかもしれないーーが、俺には関係無い事だった。
規律の厳しい家庭環境で育っている筈の、此のアザミは、屈託無く、明るく、器用に生きている印象だ。子供の頃から知っていたが、所謂天才少年だった。父親は望んでいないが、祖父とこいつの兄は、アザミを未来の総帥に据えたいらしい。聖グループの。自由奔放気味のアザミに務まるのかと疑問に思わなくも無いが、別に俺は、聖が失脚しても、困りはしないさ。
だから関係無い。アザミの兄貴が無難に継げば良いと思うがね。他人事だ。
諦め掛けたアザミを置いて行こうとした時に、其の向こうに、とんでも無い美少女を、見た。
………人形が、歩いて来たのかと思ったさ。………人だよな?あれ。洋服を着た、日本人形が歩いて来た。アザミの処に。なんだーーお前の知り合いかよ。脅かすな。従姉妹か何かか?そんなレベルの美少女だった。人にレベル付けたら、不謹慎だがな。そう思うと少し笑えた。
それでもじゃあなと言って俺は其の場を立ち去った。次第に人混みに紛れ、あの二人の会話等は、聞こえる訳は無かったーー
「あ〜あ、いっちゃった。」つれないなと。アザミが言うと、
「ねえ? ……今の人?」と、美少女が応えた。
アザミが、まあねと言っていた。その意味を未だーー立ち去った男ーー高月 陽藍と言う名の男は、知らない。遠回りになる事を。
✻ ✻ ✻
「おかえり、陽藍君。で、何処をほっつき回ってたのかな?新入社員君?」
「金沢さんは、日本語がやや可怪しいですね。『歩く』ですよ。」
「……………相変わらず君は可愛く無いなあ……………可愛げ無い新人だなあ。因みに俺、君の教育係。凝ってりたっぷり絞ってあげるよ、覚悟して。」
「たっぷりは、絞れるでしょうね。こってり?って、どう絞るんです?参考迄に。」
「本気で可愛気無いな。…………苛めるかな。」
「新人苛め、公言ですか、金沢さん。パワーハラスメントって御存知でしょ。田所先生に、パワハラ専門の先生紹介いただきます?」
「…………………それが元カテキョに言うセリフか、高月、陽藍。…………社長と奥様が嘆くぞ?」
「雅さん、案外月並みな台詞使うんですね。希望としてはもうひと捻り欲しかったです。そうですね、今日会った、『画廊』の『店主』位には。……。」
「………………飛行機の隣の席が、『画廊』の『オーナー』だった訳?陽藍君?」
入社が決まっていた、父の会社に着くと、出迎えた『父の部下』が、そう、対応した。
高月 陽藍は違いますけど、そうですね、そうとも解釈も出来ましたね、それは失礼ーーそう言った。
金沢 雅は、久方振りに会う社長の息子に、早くも振り回されていた。未だ、一歩も歩いていないと言うのにだ。先が思いやられた。




