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悪役令嬢は魔王様の花嫁希望  作者: 星 くらら
第五章 花にケダモノ
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87 それは小さな恋の花(4)※オズワルド目線

「オズ! びっくりした。こんな時間にどうしたんだ!?」

「……やあ、ルイ。夜分にごめんね。僕もよくわからないんだけど、気づいたらここに……」


 僕は気がつけば、真夜中に城下街にあるルイの家の扉を叩いていた。

 扉を開けてくれたのはルイの父で、彼が慌てて寝ていたルイをたたき起こし、戸口まで連れてきてくれた。


「……何かあったんだな? とにかく中に入れ」

「…………ありがとう」


 夜中の一時を回っていたが、ルイは快く僕を迎え入れてくれた。それは彼の家族も同じで、各々の部屋からわらわらとルイの家族が出てきて、僕を労わってくれた。


「オズくん、大丈夫? お腹空いてない?」

「そんな格好で馬を飛ばしてきたのかい? 寒かっただろう。おい、オズくんに何か羽織るもの持ってきてやれ」


 ルイのお母さんは竈に火をつけて、ミルクを温めてくれた。マグに注がれたそれは、ほかほかと湯気を立てている。僕は両手でマグを包むと、冷えきっていた指先に血が通うのを感じた。


「……ほんとごめん、迷惑かけて。すぐ出ていくから……」

「いや! 今日は危ないからもう泊まってけよ。あーー……あれだ、狭い家で申し訳ないけども」


 ルイが照れたように頭の後ろをポリポリと掻く。


「えっ!? いいの!?」


 他人の家にお泊まりなどしたことのない僕は、その提案に驚いて目を瞠る。

 そんな僕を見て、ルイは笑った。


「ほんと狭いぞ。覚悟しとけよ」

「こらこら。我が城を狭いとはなんだ」

「ルイん家に比べたら、こんな家馬小屋以下だから」

「そんなことないよ! 素敵な家だよ! あったかくて……理想の家だ」


 僕に褒められて、ルイもルイの両親も、照れたように頬を染めて嬉しそうに笑った。


 ルイの部屋にソファが運び込まれ、ルイがソファに寝て、僕はベッドを借りることになった。

 ルイの家も部屋も謙遜ではなく本当に狭かった。よくこの部屋にソファが入ったものだ。

 ベッドに寝転んで天井を見上げ、先程のルイと家族のやり取りを思い出し、口元が緩んだ。

 さっきまで最悪の気分だったのに、少しマシになっているから不思議だ。

 ルイの部屋には大きな窓が一つあり、カーテンの隙間から月の光が一本の線のように部屋へと入ってきてベッドを照らした。

 早く寝て、明日の朝には早く起きて、屋敷に帰らなければならないというのに、ちっとも眠気は訪れなかった。


「……ルイ、起きてる?」


 僕は天井に目を向けたまま、ルイに話しかけた。


「……うん。起きてるよ。どうした?」


 ルイの優しい声音に、つい気が緩む。


「……僕さ。今日……死のうとしたんだ」

「…………ッ!? はあッ!?」


 ルイが起き上がって僕の方を見た気配がした。


「…………でも、死ねなかった」


 そう、僕は驚いていた。

 僕は心の奥の奥の奥底の何処かで、今日、死を覚悟した。

 気づいてしまったのだ……僕はあんなに嫌悪し軽蔑していた化け物のような女の為に、道連れになってやろうと思っていたということに。

 だが、化け物は道連れに僕を選ばず、僕は生き延びた。


 天井に向けていた目をルイが寝ているソファの方に移すと、月明かりにぼんやりと照らされたルイは、真剣な顔で僕を見ていた。


「……もう、馬鹿なこと考えてないだろうな?」

「…………ああ。もう、終わった」


 僕も上半身を起き上げ、彼と向き合った。

 お互いの横顔を、月のあかりが照らす。


「よかった。俺に相談してくれて」

「うん……明日からちょっと……否、かなり忙しくなるだろうし……今日、きみに会えてよかった」

「……俺も、オズとサーシャに話したいことがあったんだ。でも宮殿じゃ話せないから、今日オズが俺の家に来てくれて良かった」

「宮殿で話せない話?」


 ルイはコクリと頷き、俯いて何故か頬を染めた。

 “宮殿では話せない”という言葉に、少し引っかかりを覚えつつも、ルイの話に耳を傾ける。そのルイの話は、僕の想像を遥かに越えるものだった。




「はあぁぁーーーー!? イザベラ妃と恋仲ぁーー!?」

「シーッ! こ、声が大きいよオズ!」

「いつの間にそんなことになってんだよ?」


 ルイの話はこうだ。

 サーシャに王宮へと何度も呼ばれて、王宮の庭に慣れてきたルイは、調子に乗って庭を探検していて迷ってしまった。そこでイザベラ妃と出会った。何度も会っている内に、お互い恋に落ちた。


「彼女も一人のか弱い女の子なんだよ。異国に一人で嫁いで来て回りに味方も居ず、国王には他に愛する側妃が居て相手にされないとおっしゃってた。淋しい(ひと)なんだ」


 いやいや。あのイザベラは、“か弱い女の子”なんてタマじゃないと思うぞ。


 そう思ったが、純粋に恋する男の目になっているルイに、水を差すことなんて、とてもじゃないができなかった。

 まさに、恋は盲目というやつだ。

 僕が何を言っても聞く耳は持たないだろう。


「……実は彼女、俺の子を身篭ってる」


 








 突然の爆弾発言に、僕の頭は真っ白になった。





「ーーって、おい!! プラトニックじゃないのかよッ!!?」


 脳がついていけず突っ込みにかなりの間が空いてしまったが、ルイ、きみは何をやってるんだ!?


「手が早すぎるだろ!? え? いつ? どこで? どこでそんなことに!?」

「あーー……うん……驚かせたよな……」

「驚いたよ!!」

「……うん……悪い……けど、ちょっともう少し声を小さくしてもらえるか? 夜中だし、うち壁薄いからさ」

「え? ……あ……うん……ごめん……でも僕を非常識っぽく言うけど、きみが非常識な話をして僕を驚かせたんだからね?」


 確かにルイは金髪碧眼で見た目は王子様みたいだが、ただの平民だ。

 王宮に居て貴族に間違われたか? 否、正直者のルイのことだから誤解されていたら解くだろう。

 だとしたら、本当に純粋な関係なのか? 身体まで結んでいて? ルイの性格からいって、自分から誘ったとは考えにくいが……。


「……イザベラ様に誘われたの?」

「あーー……まあな。女の子に恥を掻かせらんないだろ」

「…………やっぱり」

「え?」


 残念ながら、これはイザベラの策略だと思う。

 ダンテとの間になかなか子どもができないから、焦って暴挙に出たとしか思えない。

 多分ダンテは種無しだ。じゃなかったら側妃ジルとの間にもう何人も子どもが出来てるだろ。ダンテだって、最初はそれを狙っていたはずだ。子どもが出来るなら、ジルがとっくに正妃になってた。


「……危険だ。逃げた方がいい」

「オズもそう思うか? ……実は、彼女を連れて逃げる計画を立てているんだ。彼女も同意してくれてる」

「………………はあ!?」

「オズ。声」

「声も大きくなるさ! 逃げるってどこに? 彼女は王妃だぞ!? 逃げ切れるわけないだろ!?」

「……今から一か月後の満月の晩に、彼女の故郷に逃げる約束をしている」

「どこに行ったって追われるさ!」


 太陽みたいだったルイの表情が曇る。僕だって彼にこんな顔させたいわけじゃない。


「すぐにきみの素性もバレる。家族にも迷惑がかかるぞ」

「……ああ。虫のいい話なんだが、できたらオズに家族のことを頼みたい。お願いできないだろうか」

「……秘密裏に動くことならできるけど、表立っては協力できないよ?」

「ああ。それでいい」


 そうじゃない。

 頭の中に警鐘が鳴り響く。


「…………僕は反対だ。王妃のことは諦めた方がいい」

「…………どういう意味だ?」


 俯いていた顔が上がる。強い眼差しが僕を射抜く。


「“一緒に逃げる”なんて罠だ。イザベラ様はただ、ロイヤルブルーの瞳を持つ子どもが欲しかっただけだ。きみは利用されたんだ」


ガタンッ!!!


 僕の言葉に、ルイは怒りを露に僕に飛びかかってきた。

 胸ぐらを掴まれ、息が詰まる。


「いくらお前でも彼女を悪く言うのは許さないッ!!!」

「…………ッ!! 図星なんだろ!? だからそんなに余裕ないんだろ!?」

「黙れッ!!」


 頬に衝撃を受けて、僕はベッドに倒れ込んだ。

 頬が熱い。ルイに頬を殴られたのだとわかった。

 身体は暴力に慣れていたが、こんなに胸が痛み軋むのは初めてだった。


「……彼女は“王妃じゃなく一人の女として”俺を愛してると言ってくれた……」

「…………」

「お前だけは俺の味方になってくれると思ったのに……」

「……ルイ」


 穏やかな普段の彼からは想像できない程の激情。

 彼の仕打ちに、何故だか熱いものが込み上げてきて、それが目から零れ落ちてきそうな気配に、僕はルイに背を向けた。

 慌てて毛布を被ってベッドの上で蹲ると、背後の彼もソファに横になる気配がした。


 そして僕らは一晩、眠れない夜を過ごした。



……ルイのおうち、遠いのにな……よく行けたなー……魔法かなー……。

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