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悪役令嬢は魔王様の花嫁希望  作者: 星 くらら
第三章 奇跡の先のそのまた向こう
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47 初恋の行き先(3)

 



 満月の夜。

 なんとなく眠れなくて、私は夜着のまま月明かりに中庭へと(いざな)われた。

 夜風が気持ち良くて、ランプで足元を照らしながら、お気に入りの四阿(ガゼボ)へと歩いて行く。

 すると、人の気配がして、私は思わず生垣に身を隠した。


 ……あ。なんだかデジャヴ……。


 そう思って気配の方を見ると、そこにはリドが芝生に寝転んで、例の黒い仔猫と戯れている姿があった。

 例によって黒猫に話し掛けている。


 ……やっぱり……。


 記憶を失っても、やることは変わらないのね。面白いわー。


「おい、お前はどっから来たんだ? 迷い込んだノラか? それともこの屋敷で飼われてんのか?」


 リドの胸に抱かれ、問われた黒猫は、可愛らしい声で「ニャー」と鳴いた。


 ……それも忘れちゃったのね。


 私、リドのこと、以前は美少女だとか美少年だとかってきゃあきゃあ言ってたっけ。

 あの時からあんまり経っていないのに、今では私はリドを“可愛い”とは思えない。

 “恋”って不思議。

 何してても、リドがカッコよく見えるんだから。


 そういえば、あの猫芝居の時には、もうだいぶリドの私に対する態度も軟化していたわよね。……なんでだっけ? 看病したからかな? 今は怪我もしていないし、仲良くなるキッカケが掴めないな。

 ……私、リドに結構強気に出てたけど、それはリドに対して恋愛感情とかそういった甘い感情が一切なかったからなのよね。今は好きだから臆病になってる。……これ以上嫌われたくないから……。

 

 あの夜から、黒い仔猫……と思っていたものは屋敷に住み着くようになり、私とリドにとても懐いている。

 そう、()()()だけに。

 トーリやクラリスちゃんが構おうものなら、毛を逆撫でて『フーッ!』と、物凄く怒って手が付けられなくなる、この()()()()

 なんと魔獣でしたー☆ あははー。

 十中八九、お父様の仕業と思われますが、街中……しかもこんな都会の中心に魔獣とか、条例違反も甚だしいから!!

 バレたら牢獄行きだから!!


 あの奴隷市場での騒動のあと、あそこで見た魔獣の禍々しさが忘れられず、我が家の書庫で魔獣の図鑑を調べてみて、黒猫擬きが魔獣であることを知ったのだ。

 確かにちょっと違和感があったのよね。だって尻尾が二叉に分かれているんだもの。

 恐ろしいことに、この魔獣は成長すると小さくても体長三メートルにはなるらしい。今はこんなに可愛らしいのに。


 更にもっとよく魔獣のことを調べてみると、彼らの大好物は“闇の魔力”だった。通りで私やリドにベッタリ懐いていたわけだ。

 逆に、闇の魔力のない所では魔獣は生きて居られない。更に、“光の魔力”に晒されると、次第に弱って死んでしまう。

 普段は瘴気たっぷりの魔境と呼ばれる辺境の地でのみしか生きられない。だが四百年前、魔王が君臨して世界が瘴気で満ちた時は、魔獣も我が物顔で人間の生活区域を闊歩していたらしい。

 “魔王”が魔獣を従えられるのは、魔王が持つ膨大な魔力によって、魔獣を操ることができるからだ。

 こうして魔獣がリドに懐いている様子を見ると、リドが魔王の素質を持っていることを思い出させられる。……実際はそんな禍々しいものじゃなくて、仔猫と戯れる美少年にしか見えないのだけれど。


 ふと、黒猫擬きがピンッと背筋を伸ばして私の方へ顔を向けた。そうして、リドの腕の中からスルリと抜けて、そのまま私の居る生け垣の方へ一直線に走って来ると、ぴょんと跳ねて私の胸の中に飛び込んだ。

 黒猫擬きの姿を目で追ったリドが、その先の私を見つけて一瞬驚いた顔をした後、苦虫を噛み潰したように表情を崩した。

 やめて、その顔。地味に傷つきますから。


「てめえかよ。クソ女……盗み聞きとは性質(たち)悪ぃな」


 呼び名も『お嬢』から『クソ女』へとランクダウン。泣きたい。


「以前にも同じことがあったのよ。リドがこの子に話しかけてて。私もこんな風にリドに優しく話しかけられたいなあと思ったの」


 そう言ってリドに微笑みながら腕に抱いた黒猫擬きの喉元を擽ってやる。黒猫擬きがグルグルと嬉しそうに喉を鳴らした。


「あ?」


 リドが心底嫌そうに顔を歪めるから、予想通りの反応に思わず笑ってしまう。


「……何がおかしいんだよ」


「ううん。違うの。嫌がられるだろうなってわかってて言ってみたら、やっぱり嫌がられたから、自分が馬鹿みたいで」


「……なんでだ?」


「え?」


 綺麗なオッドアイが、私の瞳を射抜く。まるで真意を確かめたいような眼差しで。

 きっと、不安なんだ。記憶がない事が。ごめんなさい……私のせいで。


「……てめえ、よくそうやって申し訳なさそうな顔すんだろ……。そんな殊勝な感じは、俺の記憶してるのと違い過ぎんだよ」


 ああ。なるほど。そうよね。リドにとっては、私が突然距離を縮めてきたようにしか思えないわよね。混乱しちゃうわよね。


「……リドが忘れちゃってる記憶の中で、()()()()あったのよ。私たち」


「あ?」


 眉根を寄せて、嫌悪を顕にした表情を向けられる。それに対して、私はただただ作り笑顔を向けるしかない。


「……俺に、優しく話しかけられたいと思ったって…………マジか?」


 ぐぅ……。そこピックアップします!?

 言ってしまおうか。いっそのこと、この心の内を全部話してしまおうかしら?

 ……ええい!!


「うん。マジよ。私、リドのことが……好きだから」


 言っちゃったぁーー!!

 あぁーー!!どぉしよう!?


 案の定、リドがポカンと口を半開きにして、私を凝視しているわ!


「えっと……つまり、そういうことだから、貴方に冷たくされるのは結構辛いのよ」


 私は目を逸らしながら、慌てて付け加えた。

 冷静を装ってみせてるけど、心臓がバクバクと煩いくらい高鳴ってるから!

 黒猫擬きを指先であやしながら、私は気持ちを誤魔化すように続けた。


「……あ、あのね。えーと……そう! この子ただの黒い仔猫に見えるけど、実は魔獣なのよ。貴方と私の闇の魔力がないと死んぢゃうから、ちょくちょくかまってあげてね」


 私は黒猫擬きの鼻先に軽くキスをした後、芝生に胡座をかいているリドに近付いて、小さな魔獣を手渡した。そうしてクルリ……とリドに背を向けて、私はそこから立ち去ろうとした。


「……名前はねえのか?」


「え?」


 ボソッと呟いたリドの声があまりに小さくて、聞き返す為に私はリドを振り返る。


「この魔獣の名前だよ。不便だろ?」


「そうよね、そうなんだけど……名前をつけちゃうと、情がわいちゃって手放せなくなるから……つけてないの。いつか、魔獣の故郷に帰してあげなきゃって……」


 そう言っていたのは過去のリド。でも本当は帰したくないくらいに、リドも私もすでに愛着を感じてしまっているのだけれど。


「でも……二人で名前つけてあげましょう。私たちが大事に育ててあげれば良いのだから」


 そうよ。

 忘れてしまった記憶は、八年間戻らない。それなら、また新しく二人の想い出をたくさん作っていこう。

 ここから、また一から始めましょう。


「この子はオスだから、カッコイイ名前がいいわね」


「あー……やっぱオスか」


「わかってたの?」


「まーな……お前への懐き方が異常だったからな。オス臭ぇ」


 私たちは黒猫擬きの名前の案を、あーでもない、こーでもないと散々意見を出し合って、最終的にとっても単純に“ダーク”にすることに決めた。





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