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国防




禎兆九年(1589年)    六月上旬            近江国蒲生郡八幡町 八幡城  朽木基綱




『大きな支障も無く琉球を制した事は真に目出度くこれ以上の喜びは無い。しかし油断は出来ない。琉球は明に従属していたのだから明は当然不愉快であろう。朝鮮も日本に対して良い感情は持っていない。そして琉球の南は呂宋のイスパニアである。これも油断は出来ない。今すぐ動く事は無いと思うが明、朝鮮、イスパニアの動向には注意が必要である。毛利家は油断する事無く武備を整えて欲しい。戦の時は必ず後詰めする。九州の大名達も動員する。毛利を単独で戦わせる事は無いから安心して欲しい』

 筆を置いた。毛利への文はこんなもので良いだろう。次は太閤殿下、関白殿下に書かないと……。


 前にも思ったけど実戦部隊の編成を考えなきゃ駄目だな。それと国の防衛体制もだ。今のままだと西国は毛利頼みになりかねない。日本は島国だ。海軍を整えておけば陸上戦力はそれほど多くは要らない。しかし最低限の備えは必要だろう。海外の勢力が日本に攻め込むのは無理だと思わせるだけの軍備が要る。だが平和が続けばどうしても軍備は疎かになる。今のように大名頼りではいざという時に戦えないという事になりかねない。


 軍隊って金食い虫なんだよ。平和になれば財務官僚に目の敵にされるのが軍事費だ。実際、古代日本には律令制で定めた軍団が有ったんだが金の無駄だとされて廃止されている。国家の軍事力が無くなって誕生したのが私の軍事力、武士だった。大名家でも最初に削られるのは軍事費だろう。そうなれば装備面から軍事力はスカスカになる。そして平和が続けば能力面でも劣化が進む。軍事力なんて使い続けてこそ維持出来るものなんだ。大名の軍事力に必要以上に頼るのは危険だ。


 朽木の軍組織もきちんとしなければならん。江戸幕府のように形骸化しては駄目だ。使える軍隊が必要だ。……常備軍が要るな。朽木の、いや日本の常備軍だ。外征用の軍隊と国土防衛用の軍隊だ。戦うための軍隊を作らなければ……。それが有れば大名達も多少は軍事力の維持に力を注ぐ筈だ。


 やはり日本を幾つかに区割りしよう。そこに行政の拠点と国土防衛の方面軍を置く。行政官と方面軍の司令官は別にした方が良いかな? 中央には外征用の軍を置く。九州、山陰、山陽、四国、畿内、北陸、東海、関東、奥州、出羽。琉球と北海道は後回しだ。万一、敵が上陸しても大名達は方面軍と協力する形で防衛戦を展開すれば良い。となると兵力はそれほど多くなくて良いな。五千も有れば十分だろう。畿内には最低でも五万の兵を置こう。一万の軍を五個程度。外征用であり国土防衛の時は後詰めになる。


 今は関東と奥州だけだが他の総奉行を誰にするかを考えなければならん。それに総奉行と方面軍の司令官を分けるとすればその関係をどうするかが問題になるな。

「ほうっ」

 溜息が出た。焦るな。焦っちゃ駄目だ。俺が一人で決めるのも良くない。息子達、家臣達とも相談しなければ……。どういう意図で組織を作ったかを理解させなければならん。それを怠ると仏作って魂入れずになりかねない。また溜息が出た。頭を左右に振った。気を紛らわせよう。そう言えば主税が平四郎の送別会を仲間内でやりたいと言っていたな。気軽に良いよと返事をしたけど何か餞別を贈らないと……。

「大殿」

「うん?」

 あ、小姓が困ったように俺を見ている。そうだよな、主が溜息を吐いたり頭を振ったら困るよな。


「如何した?」

「百地丹波守様が目通りを願っております」

「うむ、通せ」

 太閤殿下、関白殿下は後回しだな。文机から離れて丹波守を待つ。直ぐに丹波守が姿を現した。扇子で目の前の座れと指し示すと恐縮したように身を屈めながら指し示した場所に座った。


「李旦の事、何か分かったか? ムスリムとの関係はどうだ?」

「関係が有るかどうか分かりませぬが……」

 丹波守が面目無さそうな表情を見せた。まあ、簡単じゃ無いとは思ったけどな。

「李旦の根拠地の一つ、平戸に派遣した者が気になる話を持って来ました」

「ふむ」

「李旦は王直の無念を晴らす。王直の夢を叶えると言っていたそうにございます」

 王直? 李旦のボスだな。倭寇として大きな勢力を築いたが明に投降して殺された。日本への鉄砲の伝来にも関わっている。その事を言うと丹波守が頷いた。


「徐海と並ぶ倭寇の頭目です。王直も平戸に根拠地を置きましたが相当な人物であったようでございます。多くの倭寇から信頼され徽王と尊称されたとか」

「キオウ?」

 丹波守が頷いた。

「王直は明の徽州の生まれなのだとか。それで徽王」

 思わず唸った。倭寇が王と尊称される? 丹波守の言う通りだ。相当な人物らしい。俺は密貿易のボス兼海賊ぐらいに思っていたが……。


「或いは老船主とも呼ばれたそうです。老というのは敬称ですから……」

「なるほど」

 立派な船主、偉大な船主かな。

「王直は倭寇達が困った時は荷の売買を引き受けたり揉め事の仲裁、裁定を行ったそうにございます。それが極めて適切だったので周りに人が集まったと。それは倭寇だけでは無かったようです。日本の商人やポルトガルの商人、明の商人も王直を頼った。彼らに代わって取引を行う事も有ったと」

 皆が王直を頼った。利用した。鉄砲の伝来もそれだったのか……。溜息が出た。


「王直の無念を晴らす。王直の夢を叶えると言うのは?」

 問い掛けると丹波守が”はっ”と畏まった。

「王直は明に投降して処断されたのですが王直は騙されたのだという話がございます」

 騙された?

「王直と明の政府の間で王直を許し明のために役立たせるという約束があったそうで……」

「反故にされたのだな?」

「はい」

 王直が明に協力する事で倭寇を抑える。そういう約束が有ったのだろう。王直は徽王とまで呼ばれたのだ。自分に自信が有ったのだ。だが明は王直を許すより処断する事で倭寇の勢いを弱める事が狙いだった。或いは最初は許すつもりだったのかもしれんが途中で変わったか。王直の無念とはそれかな?


「……違うな」

「は?」

 丹波守が不思議そうに俺を見ていたが気にならなかった。李旦は王直の無念を晴らし夢を叶えると言っている。王直には夢が有ったのだ。夢を叶えるために明に近付いたんじゃないだろうか? では夢とは? 単純に自分だけが許される事を望んだのではあるまい。それなら李旦は夢を叶えると言わない筈だ。


 王直が望み李旦が叶えようとしている夢……。そのために王直は明に近付いたが李旦は明に近付こうとしない。王直は明で夢を叶える事は可能だと見たが失敗した。李旦は明では夢を叶えるのは無理だと見たのだ。そして李旦が今近付いているのは俺だ。朽木基綱であり日本だ。……そうか、そういう事か。見えてきたな。




禎兆九年(1589年)    六月上旬            近江国蒲生郡八幡町 八幡城  百地泰光




 大殿が大きく息を吐いた。何やら考え込まれていたが……。

「如何なされました? 違うなと仰られましたが……」

 大殿が”ふふふ”と笑った。

「妙な事に気付いてな。丹波守、王直が殺されたのは何時だ? 明の海禁が緩められる前か? 後か?」

「はて、……確か永禄の初めの頃と聞いておりますが……」

「となると……、海禁が緩められる前だな」

「そうなるかと思います」

 大殿が大きく頷いた。


「他に俺に報せたい事は?」

「はい、王直は呂宋よりも南のムスリムの国々とも繋がりが有ったそうにございます。そして王直に従った者の中にもムスリムが居たと」

 大殿が”なるほど”と頷いた。

「であれば李旦がムスリムと繋がりが有ってもおかしくはないな」

「はい。ですがどの程度の繋がりなのかは」

 大殿が”はははは”と笑い声を上げた。


「そうだな、分からんな。まあ良い。ここから先は李旦に直接確認しよう。丹波守の話で俺にも多少見えてきたものが有る」

 役に立ったのだろうか。大殿は上機嫌だが……。

「それと李旦は一時期呂宋を中心に活動していたようですがイスパニアに捕まった事が有るそうです」

「ふむ」

「逃げ出しましたがイスパニア、明を強く恨んでいると報告が入っております」

 大殿が大きく頷いた。


「他には?」

「明の商船がマニラに行きたがらぬようで……」

 大殿の目が鋭くなった。

「倭寇のせいだな?」

「マニラの海で猛威を振るっております。マニラでは取引が成り立たずガレオン船を日本に行かせる事も考えているようです」

 大殿が”ははははは”と笑い出した。

「時が無かろう。七月になる前に戻らねばならぬのだ。来るとすれば来年だな」

「はい」

 大殿がニヤリと笑った。


「悪くない。明の銀不足が一層進む。増税で滅茶苦茶になるだろう。逃げ出す者が増えるだろうな」

「その事でございますがマニラに移住する明人が増えているのだとか」

 大殿が”ほう”と声を上げた。

「目端の利く者がいるようだな。明に見切りを付けたか」

 そうなのかもしれない。民が国を捨てる。明は相当に危ないのだと思った。


「他には?」

「いえ、ございませぬ」

 大殿が頷いた。

「御苦労だったな。面白い話を聞けた」

「はっ、畏れ入りまする」

「呂宋のイスパニアから目を離すな。どんな些細な情報でも俺に報せよ」

「確とそのように」

「それと琉球も調べてくれ。反朽木の運動を起こす者がいないかをな」

「はっ」

 先ずは王族だな。反朽木で兵を挙げようとすれば必ず王族を担ぐ筈だ。そこから動きを探れるだろう。




禎兆九年(1589年    六月中旬            相模国足柄下郡小田原町 小田原城  朽木堅綱




 大広間に家臣が集まった。竹中半兵衛、山口新太郎、甘利郷左衛門、浅利彦次郎、柴田権六、前田又左衛門、佐々内蔵助、風間出羽守……。多くの者が何事かと訝しんでいる。

「父上から文が届いた。大事な事が書いてある。皆にも報せておこうと思ったので集まって貰った」

 大広間にどよめきが広まった。皆が顔を見合わせて小声で話している。”何事かな”、”分からん”。そんな遣り取りが聞こえた。


「半兵衛、頼む」

 文を差し出すと半兵衛が受け取って読み出した。半兵衛の顔に驚きが表れた。”これは”と言うと顔が綻んだ。

「皆々、驚かれますな。間違い有りませぬ。これは大殿の文ですな。何とも読み辛い」

 大広間に笑い声が湧き上がった。半兵衛も笑っている。


「半兵衛殿、冗談はお止めくだされ」

「左様、それでは我等は驚きませんぞ。早う中身を」

 池田勝三郎、森三左衛門が催促すると半兵衛が”ははははは”と笑い声を上げた。

「では中身を。琉球が降伏したとこの文には書いてあります」

「なんと!」

「真か、半兵衛殿!」

「あっという間じゃの、兵を出したのはこの間の事だったが」

 興奮した声が彼方此方で上がった。気持ちは良く分かる。自分もこの文を見た時は速いと思った。


「琉球王は敵わぬと見て直ぐ降伏したそうです。そのため琉球側にも御味方にも損害は軽微だとあります」

 今度は唸り声が聞こえた。

「意気地が無いの」

「そう言うな、彦右衛門。武士なら確かに意気地が無いわ。だが相手は琉球王じゃ。王として民に犠牲を強いるのを避けたのかもしれぬ」

 前田又左衛門が滝川彦右衛門を窘めた。彦右衛門も”なるほど”と頷いている。


「犠牲が少ないのは何よりにござる。犠牲が多ければそれだけ琉球の民に恨まれる事になる。これからの統治にも悪い影響が出かねませぬからな」

 郷左衛門の発言に彼方此方から同意の声が上がった。その通りだな。勝った後の事を考えれば損害は少ない方が良い。

「琉球王は遅くとも七月の半ばには日本に来るそうです。その後は京に邸を構え帝にお仕えする事になると」

 皆が訝しげな表情をした。


「朽木家の家臣になるのではありませぬので?」

 権六の言葉に皆が頷いた。

「それについては私から答えよう。琉球王を父上の臣下にしては父上は明の皇帝と同じ立場になる。それでは朝廷が不快に思おう。それに朽木の臣下にすれば琉球王は何処かで琉球の統治に絡みかねぬ。それは避けるべきだと父上はお考えだ」

「では公家になると?」

 郷左衛門が問い掛けてきた。


「朝廷に出仕し琉球王に任じられる事になる」

 どよめきが起きた。”琉球王?”と訝しむ声が幾つか上がった。

「新たに琉球王という官職を設けるそうだ。形だけだ、実は無い。そういう形で琉球王を琉球から遠ざける事になる」

 訝しむ声は止んだ。半兵衛に視線を向けると半兵衛が頷いた。


「続けまする。御屋形様には八月になる前に上洛するようにとの事にございます。上洛後は大殿と御屋形様が揃って参内し天下統一を報告致します。その後は大政の委任の儀式、相国府の開府を宣言、琉球王を琉球王に任ずる儀式、改元と様々な儀式が行われるとの事です」 

 彼方此方から息を吐く音が聞こえた。


「いよいよ朽木の天下が始まるのですな」

「ああ、戦は終わりじゃ。二度と乱世に戻してはならぬ」

「いいや、戦は終わらぬ。琉球を征したのじゃ。明や朝鮮がどう思うか……。それにイスパニアやポルトガルも有る。イスパニアが攻めてきた事を忘れてはなるまい」

「そうじゃ、その通りよ。油断は出来ぬ。備えあれば憂い無しじゃ」

 皆が興奮している。新しい時代が始まると見ているのだろう。そうだな、新しい時代が始まる。国内で政の仕組みを整えつつ国外で武を振るう。日本を守るためには避けては通れぬ道だ。早く近江に戻りたい。父上の傍で政を学ばねば……。





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― 新着の感想 ―
「二度と乱世に戻してはならぬ」 足軽たちにとっては出世のチャンスが無くなることを意味します。
更新お疲れ様です。今回も楽しかったです。 だいぶ歴史が動きましたね
怒涛の如き連続掲載、ご馳走様です。 お疲れ様でした。続きが楽しみです。
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