プロローグ
本作は、人生の折り返し地点を過ぎ、それぞれの理由で「心の冬」を過ごす二人の、静かで温かい交流を描いた物語です。
すべてを諦めて淡々と日々をやり過ごす四十五歳の冬子と、過去の傷を抱えて庭木に寄り添う造園士の秋弘。冷たい北風が吹き抜ける小さな庭を舞台に、閉ざされた二人の心が「冬囲い」という丁寧な手仕事を通じて、ゆっくりとほどけていく過程を紡ぎました。
寒さが本格派を迎える季節、温かい飲み物を片手に、二人が迎えるささやかな春への兆しをどうぞ見届けてください
十一月の風は、容赦なく体温を奪っていく。
冬子はマフラーに深く顔を埋め、自宅の小さな庭を見つめていた。すっかり葉を落としたハナミズキの枝が、寒そうに小さく震えている。
「……今年も、もう終わりか」
四十五歳。そう呟く自分の声すら、乾いた空気に吸い込まれて消えていくようだった。
バツイチになってから、この古い平屋で一人、静かに暮らしてきた。図書館の静寂の中で本を整え、決まった時間に帰り、一人分の夕食を作る。波風の立たない平穏な日々。それに満足しているつもりだった。
けれど、街中が少しずつ冬の支度を始めるこの季節だけは、どうしても胸の奥がひんやりとする。自分はこのまま、誰の記憶にも残らない淡々とした時間を重ね、ただ静かに老いていくのだろう。そんな諦めに似た寂しさを、冬子は毎年、分厚いコートの奥に仕舞い込んできた。
「ごめんください。あおば造園です」
低く、少し掠れた声が、静まり返った庭に響いた。
振り返ると、門の前に一人の男が立っていた。
色褪せた作業着に、泥のついた地下足袋。手にした道具袋から、使い込まれた鋏の金属音が小さく鳴る。
秋弘と名乗ったその男は、短く刈り込んだ髪に、どこか他人を寄せ付けない頑なな空気をまとっていた。けれど、庭木に目を向けるその眼差しだけは、驚くほど穏やかで、そして深い。
「冬囲いの見積もりを、と伺いました」
視線が交わった瞬間、冬子は息を止めた。
その瞳の奥に、自分と同じ――すべてを諦めて、一人で冬を耐え忍ぼうとする者の「凍えた色」を見た気がしたからだ。
北風が二人の間を通り抜け、庭の枯れ葉をカサリと鳴らす。
こうして、二人の静かな冬が、ゆっくりと幕を開けた。
本作をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。
本作は、人生の折り返し地点を過ぎ、静かに諦めをまとって生きる四十五歳の冬子と、同じように心に寒風を抱える造園師・秋弘の物語です。
華やかな恋ではなく、冬の庭が少しずつ春を待つように、ゆっくりと時間をかけてお互いの頑なな心を溶かし合っていく二人の歩みを描きたいと思い、このプロローグを執筆しました。ハナミズキの枝に雪囲いが施され、やがて春の芽吹きを迎える頃、二人の関係がどう変化しているのか。冷たい風のなかに漂う、ほんの少しの温もりを感じていただければ幸いです。
凍える季節を通り抜けた先にある、二人のささやかな光の物語を、どうぞ最後まで見守ってください。




