急
「ニャッポリートは、我がオルブライト家が経営しているホテルだったのですよ、ヒューゴー様」
「っ!?」
私がそう告げると、ヒューゴー様は絶句して真っ青になった。
本当に迂闊な方ですねヒューゴー様は。
コッソリ浮気するつもりなら、よく使うホテルの経営母体くらいは調べておかないと。
まあ、ヒューゴー様の軽い頭では、そこまで気が回るはずもないのでしょうけど。
「先ほどは失礼いたしました」
「あっ!? お前は、さっきの受付の女!?」
私の隣に立った背の高い人物を見て、ヒューゴー様がそう叫んだ。
「いえいえヒューゴー様、この者は女性ではありませんわ。――ヒューゴー様も何度もお会いしているじゃありませんか。私の専属執事の、セバスですわ」
「……なっ!?」
ヒューゴー様に軽く頭を下げるセバス。
敢えて受付係を女装したセバスにしたのは、私なりのヒューゴー様への最後通牒だった。
あそこでヒューゴー様がセバスに気付いてさえいれば、ここまでの恥を晒すことにはならなかったのに。
「ホームパーティーの時間になっても一向に帰って来ないから先にオルブライト家に向かったら、まさか愛人と密会していたとはな! 貴様はアシュビー侯爵家の名に、泥を塗ったのだぞッ! その自覚があるのか、ヒューゴーッ!」
ヒューゴー様のお父様が、お顔を真っ赤にしながら怒号を飛ばす。
「え? で、でも、ホームパーティーは夕方からのはずでは!? あ、あれ……??」
ヒューゴー様はやっと気付いたらしい。
辺りがいつの間にか夕方になっていたことに。
実はヒューゴー様をこの張りぼてハウスに転送させる魔法陣に、ちょっとした仕掛けを施していたのだ。
じっくり三時間掛けて、転送させるように――。
ヒューゴー様にとっては一瞬の出来事でも、転送された時点で、既にホームパーティーは始まっていたのだ。
私はご来賓の皆様にちょっとした余興と称して、この中庭に鎮座している張りぼてハウスの中から、面白いものが出てくるから楽しみにしておいてくださいと告げていた。
ヒューゴー様のご両親も何が出てくるかニコニコしながら待たれていたけど、まさか自分の息子が愛人と一緒に現れるとは夢にも思ってなかったでしょうから、まさに青天の霹靂といったところね。
皮肉なことに、今日は雲一つない青天だし。
「ヒューゴー様、話が違うじゃありませんかッ! もうお父様には、婚約破棄の許可はいただいたって仰ってましたよねッ!?」
「い、いや……!? これは、その……」
ベラ嬢が鬼のような形相で、ヒューゴー様に詰め寄る。
ある意味今回の一番の被害者は、ベラ嬢かもしれないわね。
まあ、とはいえ、婚約者がいる男性と浮気していた時点で、自業自得とも言えるけれど。
「……アシュビー卿、これは両家で一度、しっかりと話し合う必要がありそうですな」
私のお父様が、眉間に皺を寄せながら、ヒューゴー様のお父様の肩に手を置く。
「……ええ、この件については、後日改めて場を設けさせていただきます。今日のところはこの愚息からいろいろ話を訊く必要がありますので、これにて失礼いたします」
ヒューゴー様のお父様は、グッと奥歯を噛みしめながら、ズカズカとヒューゴー様に近寄る。
「さあ、帰るぞッ! このバカ息子がッ!!」
「痛い痛い痛い!?!? 髪を引っ張らないでください、父上ッ!?」
ヒューゴー様のお父様はヒューゴー様の髪の毛を乱暴に掴むと、そのままヒューゴー様を引きずりながら帰って行かれた。
残りのアシュビー家の方々も、そそくさとそれに続く。
「ヒュ、ヒューゴー様!! 私を置いていかないでくださいよぉおお!!」
そんなヒューゴー様の後を、半裸のベラ嬢も追う。
うん、これにて一件落着ね。
近日中にアシュビー家から慰謝料をいただいたうえで、私とヒューゴー様の婚約は白紙になることでしょう。
あんな頭と下半身が軽い男と結婚せずに済んで、本当によかったわ。
不幸になる未来しか見えなかったもの。
さて、せっかく我が家の料理人たちが、腕によりをかけて豪華な料理をたくさん作ってくれたのだから、冷めないうちにいただくとしましょう。
「セバス、適当に料理を取ってきてもらえるかしら」
「承知いたしました、お嬢様」
溜め息が出るほどに美しい女性の姿をしたセバスが、私に軽く頭を下げる。
うふふ、これは目の保養にいいわね。
――この時私は、今後はセバスに毎日女装をしながら世話をしてもらうことに決めたのだった。
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