カミングアウト
お正月が終わって、3学期が始まったと思ったらもう受験休みがやって来る。この3学期の奇妙な短さはいまいち慣れないが、仕方ない。そして寒さも一入。仕方ない。人生は仕方のないことばかりで出来ている。かつて「しょうがない」という曲を歌った海外のバンドもある。人生とはそう言うものだ。
「女子高生の身分でそこまで悟るのは、なんだかイヤだなぁ」
ということを佳奈に言ったら、そんな返しをされた、とてもいい。彼女の更生プログラムが順調に進んでいる証である。それは人生に前向きになっている証拠と言えよう。彼女自身は気付いていないようだったが。
「ていうか、ノリがそんなこと言うなんてちょっと意外ね」
今日も今日とて地味同盟。冬ど真ん中で奇妙に寒々しい学食の中で、暖を取るようにしてみんな味噌ラーメンを食べている。ソウルフードである。しかし卒業したあとはこのソウルフードともおさらばしなければならない。そうなった時、もし大学に新たなソウルフードに出会うことはあるのだろうか。
「私はこう見えて結構ナイーブなのだよ」
「どこが」
天才はいつの世も理解されないものだ。京香の容赦ない言葉にも私はめげない。私の真価は死後発見されるだろう。そして同志たちの栄光をも導くであろう。地味同盟の戦いは聖戦として未来永劫語り継がれることとなるだろう――
さすがに先走り過ぎた。現実に立ち戻らねば。
「でもそんなに意外か? 私としては自然なつもりだったんだけど」
「あんたはいつだって能天気じゃない」
「能天気さとナイーブさが共存しているのはそんなにおかしなことかい」
「うーん」
唸ったのは佳奈だった。彼女はなんにしても深く考えてしまう性質だが、私に対してもそう考えてくれているのなら中々に嬉しい。しかしなにを考えているのだろうか。佳奈の視線はなんだかイヤラシイもので、唇はなんだか艶々している。それはなかなか魅力的ではあったけれど、私を性的な目線で見ているとなると、それは少々困る。
「そんなエロい目で見るな。私からはなんも出ないぞ」
「いや別にエロい目で見てる訳じゃあ……いや、そう見えるの」
「まあ冗談だ。気にするない」
佳奈は少し恥じ入っていたようだった。そういう佳奈自体がなんだかエロくもある。はて、この地味同盟は百合を奨励するものではなかったはずだ。ああ、いやいや、私もなんだかおかしくなっている。軌道修正せねば。
「乙女がエロエロ言うもんじゃないぞ」
「あんたが先に言ったんじゃない」
「そこは忘れろ」
「都合の良い奴ね、本当に」
味噌ラーメンを啜りながら京香の容赦ない言葉を聞くのが心地いい。私はひょっとしたらMなのかも。まあ、MならMでおもしろおかしく生きていく自信はあるのでそこはいいだろう。
そんな中、佳奈が妙に興味深いことを言い始めた。
「そう言えば、みんなの趣味とかはどうなの」
まさに「そう言えば」というべきものだろう。興味深い――けれども私にとってはそこは少々危険な橋を渡ることになる話でもある。私の趣味というのは――
「カナちんとキョーカは本読み友達だもんね、今や」
「ノリは本読まないの?」
「読まんくもないが、文芸本とかは読まんね。そういう訳でふたりの文学議論には付いて行けないのだよ。すまんね」
言いながら話がマズい方向に進んでいるのを自覚していた。ああ、これはいかにもまずい。なにがまずいのかというと、これは私自身が蒔いた種であるからだ。案の定、ふたりの目線は興味深そうに、私のコア、「趣味のコア」に向かいつつあり、舌なめずりするような猛獣の気配すら感じる。いや、それは私の過剰反応なのは分かっているけど。
「ふぅん……じゃあノリはほかにどんな本を読んでるの?」
あながち過剰反応ではなかったのかもしれない。佳奈の言葉にはなんだか奇妙な「探り」というべきものが入っている。彼女に探られるというのは、くすぐったいところを掻いてもらうようでもあり、なんとなく気持ちよかったのだが、それはそれとして私の隠さなければならない聖域が冒されつつもあって、ちょっとよくない。
「本は……読まないって、だから」
「ホントに?」
佳奈はなんだか異様にこちらに食い付いてくる。それ自体は悪いことじゃない。そして私という存在を知ってくれようとする意思も、悪いことじゃない。問題はどれだけ仲のいい友達でも、隠さねばならない秘密はあるということだ。佳奈はそこのところを分かっているのだろうか。
「マンガとかは?」
「まあ、それなりには嗜むけれどさ」
「ゲームとかは?」
「結構好きだよ」
「アニメは」
「アニメは……そういやあんまり見ないなぁ。なんていうか、時間に合わせてテレビの前で待機しとかなきゃならんってのがね。そりゃガキの時は『ドラえもん』とかは好きだったけどさ」
ああもう、じれったい。
「カナちん。あんたは私になにを訊きたいのさ」
すこしだけ、もうほんとうにちょっとだけだけれども、ここに険悪なムードが漂っていたのは否定できない。しかしそれは私が秘密をひた隠しにしているせいなのだから、誰にも文句は言えない。しかしこれは知られてはいけない――いや、本当にそうなのか? 私が集めた地味同盟の面々は本当に信頼を置ける者たちである。それは私の思い過ごしではなく、これまでの活動で証明されたことでもある。
彼女たちにならば、あるいは……
しかし私は簡単に自分を安売りする気はない。
「私に趣味を訊きたいんなら、まずそっちから話しなよ」
「あたしは渋いおじさんが好きです!」
あまりにも決然と佳奈が言ったもので。私は唖然としてしまった。ついでに言うと京香も唖然としている。そして当人の佳奈は「きっ」とした眼差しでこちらを見ている。なんだろうか、この圧倒的な敗北感。私はもしかしたら、とんでもない怪物を世にはなってしまったのではないだろうか――
しかし、彼女がその趣味を開陳したとなれば、こちらも隠すわけにはいかない。地味同盟は基本的に貸し借りなしでなければいけないからだ。私がそう決めたのだ。因果応報、と言えばまさにその通り。
「あー……カナちん。そこは止めといた方がいいんじゃない。ノリの名誉は守ってやらないと」
もしかしたら京香はすでに勘付いているのかもしれなかった。佳奈もそうかも。しかし勘付かれているのであれば、中途半端に秘密にしているよりかは、もうぶっちゃけたほうがいいのかもしれない。もしかしたらこれは、私が懸念しているほど悪いことではないのかもしれないし。なにより佳奈がこうなったら引き下がらない。
いいだろう。
「へっ……じゃあ言ってやるよ。わたしはボーイズラブが好きさ!」
ああ、言ってしまった。誰にも明かしたことがない私の趣味だったのに。しかもその趣味は筋金入りで、小学校高学年からの始まりである。すらっとしたイケメン、コウジくんとがっちりとしたイケメンのシンヤくんが仲良くしているのを見て、鼻血が出るのを必死に我慢して妄想したものだ――あ、いや、これは流石に話せないが。
私は清水の舞台から飛び降りる覚悟でぶっちゃけたのだったが、佳奈も京香もなぜか平然としている。なぜなのか。意外性がなかったのか。それはそれでなんだか寂しい。
ともあれ、私は男の子同士がイチャイチャしているのが好きである。
「なるほどねぇ……ノリは腐女子だったんだ」
「腐女子かぁ……カッコいいな」
佳奈が何故カッコいいといったのか、それはよく分からない。彼女の価値観はどうにも計りかねるところがある。しかし私は恥ずかしさでいっぱいだった。なんということだろう。地味同盟の彼女たちはそんな私を鷹揚に受け入れてくれるというのに、当の私が受け入れられない。言うべきではなかったと思っている。
しかし矛盾するようなのだが、そこにはある種の爽快感もあったのである。
「腐女子でなにが悪い! ああそうさ、私は腐っているさ! でもそれでなんか迷惑かけたか!」
「それでいいと思うよ」
恐るべきことに、その佳奈の声はとても柔らかく、優しいものだった。
「あたしは……そのままのノリでいいと思う。うん」
「じゃあカナちんも一緒にBL沼にはまらないかい」
「それはまた別の話」
男の子同士の恋愛、そこにある崇高さを彼女たちは理解できないのだろう。理解できてしまう私がおかしいのだし、本当はそこには恋愛感情などなく、単に私が妄想しているだけの可能性もある。だがそれでもいい。
重要なのはもっと別のところにある――そんな私を、地味同盟のふたりは受け入れ、認めてくれたことだった。
特に佳奈。彼女はとても優しい。彼女は前々から面白い奴だとは思っていた。しかしこの時初めて、私は彼女をステキなひととして認識したのだった。
――オッサンスキーと腐女子の百合? いやいや、そんなまさか。




