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ジミ地味アライアンス 〜おばか女子高生、青春のから騒ぎ〜  作者: 塩屋去来


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れべれいしょん・序章





 今頃京香はよろしくやっているのかと思うと――意外にも暖かい気持ちになった。自分のことのように嬉しい、とまでは言わないが、すくなくとも嫉妬していないのは確かだった。それが私が別に(現実の)恋人をさして求めていないのもあるかもしれない。しかし私はその時が来ること、そしてその時の自分の心理を想像して勝手に戦々恐々としていたのだった。しかし今、心は驚くほどに平穏である。


 とは言え、私と紀子が取り残された女なのに変わりはない。そういう訳で京香が蒔田先輩とデートしている時、私たちは地元のマクドで管を巻いていたのだった。


「くたばれキョーカ、とでも言ってやればいいかね」


 不穏なことを言っているが、紀子も顔はとても楽しそうであった。実際、この状況を楽しんでいるのである。それだけの器の大きさが彼女にはあった。だから私も安心できるという面もあるだろう。これが独りだったらもうすこし沈んでいたかもしれない。しかしそもそも京香と知り合い、このような展開になったのはまさに紀子が地味同盟を主宰したからで、それはそもそもあり得ない仮定だった。


「そこまで言わなくてもいいでしょ」

「しかし奴をいつまでも調子に乗らせてはいかん。こうやって浮かれている時にこそ冷や水を掛けてやる必要があって、それは私たちの役目にほかならんのさ」

「おちょくりたいだけじゃないの」

「そうとも言う」


 紀子はちょっと気持ち悪いとも思える程にニヤニヤしている。彼女の中では京香を揶揄う計画が着々と進んでいるのであろう。それが楽しみで京香をけしかけていた節すらある。だがそれでも邪悪には感じないのが紀子の人柄であった。しかし本当に、異様に楽しそうなので、彼女は私と違って、本当に自分のことのように喜んでいるのかもしれない。そしてその発露の仕方はじつに彼女らしい。


「そんなこと言って、もし自分にカレシが出来たら逆襲されるんじゃないの? その危険性については考えてないの?」

「ふっ。私にカレシが出来るとでも思うのかい?」

「いやそんな寂しいことを自信満々に言われても……」


 紀子はそう思っているらしかったが、果たしてそうか? と私などは思ってしまう。確かに紀子は美人とは言い難い。スタイルもそれほどよくないだろう。しかし自分を小狸としばしば自嘲気味に表現するし、それは間違いないけれど、そこにはたぬきらしいかわいらしさも確かにある。そしてこのあっけらかんと明るい性格。モテないと思っているのは彼女の自己過小評価なのではないか、と感じてしまう。私の推測に過ぎないが、彼女には潜在的なファンが多いのではないか。明るすぎる(のと、ちょっとへんてこ)のが逆に男子を遠ざけてるのかもしれないが、あの桐生くんのまんざらでもない顔を見ていたら――ああ、いやいや、そこまで考えるのはよそう。


 とまれ、私の結論としては、浦部紀子は女としてとても魅力的だということである。もし私が男なら、惚れていたかもしれない。しかしそれは私の贔屓目なのだろうか?


「ま、私は独りでも生きていけるさ。それよりもあんたはどうなんよ。モテたいとは思わんの? カレシ作りたいとは思わんの?」

「いや、私が舞坂高校でモテても意味ないし。男子高校生には興味ないから」

「そういやあんたはおっさんスキーだったね。しかしそれは茨の道だぞぉ」


 いつかは現実を見なくてはならない時が来る、と紀子は無慈悲に言った。しかし私の隣に男子がいる光景をどうしても想像できない。だからと言って優しく逞しいおじさんに抱かれている姿も同時に想像できないのだが。


「男に好かれることが女の価値だなんて、そんなの前時代的に過ぎる」

「ま、そりゃそうだ。だからこそ我々は女の連帯を求めた訳でさ。でもよう。キョーカは目出度くくっついちまった訳なんだぜ? ちょっとは羨ましいとは思わんのかい」

「いや、そうでもない」

「およ」


 紀子にとってそれは少々意外のようだった。彼女にしては珍しく、私を見誤っていたのだろうか。しかしそれも仕方ないのかもしれない。最初に述べた通り、それは私自身にとっても意外な反応だったからである。


「なんていうのかな……心がほかほかして、なんだか嬉しい」


 確かに自分が男性を好きになれない情けなさはあるのだが、それは自身の情けなさであって、京香への嫉妬ではなかった。私のネガティヴな面は、どこまでも自己完結しているのだった。


「ふーん……ふっふっふ。やっぱり私の目に狂いはなかったようだね」


 そう言って紀子はビッグマックを大きく口を開けて食べる。がっしがっしと女子高生らしからぬ豪快さで食い付き、勢いよく食道から胃へと流し込んでいた。ちなみに私はビッグマックとダブルチーズバーガーとチキンフィレオを並べていて、全部食べるつもりだった。私は自分が大飯喰らいなのは自覚している。太らないので問題はないが、何故太らないのかは自分にとっても謎になっている。


 チキンフィレオに手を付けながら、私は彼女に訊いた。


「どういう意味?」

「あんたが優しくて素直な子だってことさね」

「……そうなのかな」


 私はかなり疑わし気に呟いたが、紀子は確信的に頷いている。


「あんたの本質はそれさ。優しくて綺麗な心を持ってる。人の幸せを妬まずに祝福することが出来る。その気持ちを大切にしてやんな」


 あまりにも真っ直ぐに紀子が言うもので、私は硬直してチキンフィレオを口の中に入れたままになってしまった。呆けていても人間の生理は変わらないので、そうしていると呼吸が苦しくなり、慌てて食べようとすると噎せてしまった。


「な、なに言ってんの! あたしはそんな奴じゃ、絶対にない……」


 いささか認め難いところだった。私はそんな単純な人間ではない、と言いたかった。しかし心の反応はまた違う。簡単に言えば私は矛盾していた。苦しい訳ではないのだが、どこかもどかしい気持ちもある。


 では何故私が京香を祝福できるのか? という命題が最後に残る。これは解決しがたいもんだいである。感じるままに感じればいい、という明鏡止水の境地にはほど遠い場所に存在する私の魂である。ゆえに難しく考えてしまう。


 難しく考えてしまう、と言ってもその結論は陳腐なものだった。


「所詮他人事だからお気楽に見られているだけだよ。うん。そうに違いない」

「そうかねぇ」


 紀子はビッグマックを食べ終え、汚れた口元をナプキンで吹くこともなくにやにやしている。先程はここにはいない京香に向いていたにやにやが、今は私に向かっていた。そうすると私は彼女を真っ直ぐ見られず、俯いてしまう。


 私は私でチキンフィレオを片付け、こんどはダブルチーズバーガーを仕留めに掛かった。紀子はすでにセットのポテトまで食べ終えて、今はストローでコーラをちびちびと飲んでいる。


 誤魔化すようにして私は言った。


「そういうノリはどうなの? 嬉しいの?」

「嬉しいに決まってるさぁ。だからこそ揶揄いがいがあるってもんだ」

「じゃ、じゃあ……あり得ない想定だけど、私にも恋人ができたら、ノリは嬉しいと思えるの?」


 彼女のにやにやはなにか魔界的に深まっていった。器の大きさはもちろんだが、その深さも底が見えないところがある。もしかしたら底が抜けているだけかもしれないが、そこには目を瞑っておくことにしよう。私もひとのことは言えないからである。なんにせよ、私はその紀子の世界にいつも飲まれてしまっていく。それはもうどうしようもなく、そしてそれは洗濯されるように心地よかったのだった。


「それは言うまでもないね」

「……あたしのようなクズ女でも?」


 私は何気なく言っただけだった。事実を述べたに過ぎないつもりだった。しかしその瞬間、紀子の顔からにやにやが消え、一転して神妙な顔になった。彼女がそんな顔をするのはとても珍しいから、私は肩をすぼめて身構えた。


「そんなことは言うもんじゃないよ。いくらそれが今のあんたの自認であってもね」


 彼女は怒ってすらいるようだった。そうすると私は震えてしまう。そんなにおかしいことを言っただろうか、と思い、どこか理不尽な気持ちにもなっていた。しかし紀子は真剣なままだった。


「いいかい、カナちん。あんたは決してクズ女なんかじゃない。それは私が自信を持って保証してやるから安心しろ」


 彼女の綺麗な声が沈み込んだように低くなると、そこには一種の妖艶ささえ感じるようで。もしかすると私は口説かれているのではないか、とまで錯覚してしまった。なんということか。しかしそうやって断言する紀子は後光が輝いているようであり、とても魅力的だったのだ。繰り返しになるが彼女がモテないとは思えない。


「の、ノリ……」

「いまはまだ燻ぶっているだけ。あんたには必ず大きく羽ばたける翼がある。今はそれに気付いていないだけさ。そしてそれを気付かせてやるのが私の使命なのだ。どうだ、とてもえらいだろう」

「あたし、は……」


 ああ、まずい、これはいかにもまずい。私は紀子に惹かれ――依存してしまう。彼女が私の心の弱いところに忍び込んで来て、居座り、そしてそれは決して気分の悪いものではない。


 今彼女を失ってしまえば――私はどうなってしまうだろう? それが怖い。もしかしたらそれは、「幸せが怖い」という感覚だったのかもしれなかった。

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