2008年―稜平
##稜平
養護施設の駐車場で、取り囲むカメラを睨みつけた。
「行くぞ」
男は俯いたまま、運転席に乗り込む。
「スルーかよ」
舌打ち。後部座席のドアを掴み開ける。
片足を思い切り乗せた。
「クソッ!」
浮いた反対側で、男がグリップにしがみつく。
背もたれを殴ると、車体ごと跳ねた。
「やめろ!」
「うるせぇ!」
奥の鞄を引きずり出す。
男に投げつけた。
鋭い音。座席の下へ。
鞄が、不自然な形に。
「……チッ」
静かに、中央へ体を移した。
「クソガキ……」
バランスを取り戻した車内で、しけた面がサイドミラーを見る。
「パンクしそうだな……」
エンジンをかけた。
鏡越しでも目の合わない顔。
視線を剥がし、窓の外へ。
――電柱に括り付けられたカメラ。
次々と現れ、流れ去る。
2008年。
赤ん坊が泣いていた。
非常灯の赤い光が、実験机に置かれた体を照らしている。
そこへ足音が駆け込んだ。
教授は肩で息をしながら、机へ。
「……すまない」
抱き上げた。
小さな額に手を当て、汗ばんだ肌を撫でる。
背後からは、足音が。
「……終わりだな」
一瞬だけ視線をやり、すぐに泣いている顔へ。
「……先ほども言ったはずだ。まだ諦める時ではないと」
足音が止まった。
「与太話のことか?」
顔が歪む。
「……今の段階では、最善の選択なんだ」
視線を横へ。
表情のない顔が、目を、逸らした。
「時間がない……俺は行く」
背を向ける。
「来たければ来るといい……赤ん坊は黙らせて欲しいがね」
背中が遠ざかった。
口を開く。掠れた息が漏れた。
足は動かない。
腕の中から、しゃっくりが上がっていた。
男が扉に手をかける。
「待ってくれっ!」
激しい泣き声が。
目を瞑る。
「私は信じなくてもいい……だが君は言ったはずだっ アメリカが、EUが、世界が、私の理論を認めたとっ……! だから――」
「だから死ねと?」
目を開く。
「あんたの理論で死ぬくらいなら、自分の理念に従って死んだほうがいい……」
男は、真っすぐにこちらを見ていた。
体が動かなくなる。
その間に、扉を開けていった。
目を、見開く。
廊下には、ちょうど同じ姿勢になっている存在。
黒いマスク姿。
肩の自動小銃へと手を伸ばす。
それを眺めながら、瞬きを、一つ。
激しい破裂音と共に、男の体が痙攣した。
ビーカーが割れ、机が抉れる。
床に赤い液体が広がった。
その横で、黒いブーツが一歩、姿を現す。
「っ!」
体を翻し、背を向けた。
――ダメだ。
握りこぶしを作り、小さな頭に沿わせる。
暴れる体を、その腕ごと抱え込んだ。
足を踏み出す。
背中に衝撃が。
灼熱が続く。
息を吐く。
吐くばかりで吸い込めない呼吸に、視界が暗くなった。
足を、前に。
一歩ずつ。
下がる腕を、持ち上げる。
泣き声が、続いていた。
焦点を合わせる。
正面に、黒い水。
服を引かれた。
視線を落とす。
泣き腫らした目。
一層強く、泣く。
視界が暗く。ぼやける。
足を、一歩。
噴き上げ続ける、冷気の真上へ。
『教授』
足が、止まった。
銃声が響く。
体が傾き、
踏み入れた。
鋭い痛みが。
凄まじい速度で駆け上がる。
小さな体が、腕の中。
掴んだ。
その冷気の真上へ。
激しく、声を上げる。
その間も、凄まじい水蒸気が胴を這い上がった。
歯の根が鳴る。
手足が暴れた。
腕に何度も当たる。
顔を背ける。
液体に。
凄まじい水蒸気が噴き上がった。
小さな体は、瞬く間に包まれる。
ヒヨコの刺繍が、霜に染まる。
煙の中。
黒目が。
この姿を。
「っ!」
引き上げた。
抱き込む。
「すま……ない」
その瞳を、覗き込んだ。
映り込む姿と、視線を絡ませる。
頬を撫でた。
霜を落とす。
霜の下に、更に霜。
滑らかなそこを擦る。
何度も。
指の腹で。
爪を立てた。
押し込む。
酷い顔を映す黒目。
勢いよく仰向いた。
落ちていくそれを掴む。
体が傾いた。捻る。
掴んだそれを頭上高く。
その黒目が、
この姿を映す。
冷気に頭を煽られた瞬間、
――微笑んだ。
2019年。
車の中。
鞄から額縁を取り出し、床に放り投げた。
服を取り出し、割れたガラスを丁寧に払う。
柔らかくなった鞄を枕に、後部座席へ体を横たえた。
ポケットに両手を突っ込み、背中を丸める。
じっと、座席の模様を見つめた。
そのポケットからは、写真の角がはみ出していた。
作品プロトタイプの紙芝居はコチラ↓
https://www.youtube.com/watch?v=eq2lqUnhf2w
三鬼とレグバのイメージ映像はコチラ↓
https://www.youtube.com/watch?v=tRRtLOpOUfQ
絵や設定画はコチラ↓
https://www.pixiv.net/artworks/127381652




