2008年―三鬼稜平
養護施設の駐車場で、稜平は足を止めた。
顔を上げる。――ぐるりと取り囲むカメラ。その一台を睨みつけ、鼻を鳴らす。
バカじゃねーの。
心の中で吐き捨てたとき、先を歩いていた男が足を止める。
「行くぞ」
言うだけ言って、こちらを見もしない。無言で運転席に乗り込んだ。
無関心を装う男に何かを言おうとするが、言葉は出ない。
口を引き結び、重い足音を鳴らす。
後部座席のドアを開け、片足を乗せた、その瞬間――
ぐん、と車体が沈んだ。
まるでデカい鉄の塊を乗せた時のよう。自分でも嫌になるほど、クソ重い。
車に乗り込むと、益々沈み込む。同時に、反対側の車体が浮いた。
「クソッ!」
運転席の男が扉に貼りつき、慌てたようにグリップにしがみつく。
別の生き物のように軽い男、その弱そうな仕草に、眉を寄せた。
「大げさだ」
舌打ちし、助手席の背もたれを軽く殴った。
すると今度は車体ごと跳ねる。
「やめろ!」
「うるせぇ!」
男の怒声に即座に怒鳴り返す。
激しく車体を揺らしながら後部座席へ手を伸ばす。
奥にある鞄を乱暴に引きずり出して、男の座る背もたれに向かい投げつけた、その瞬間――
鞄から鋭い音が響く。
思わず動きを止めた。
座席の下に落ちた鞄を見ると、不自然に歪んでいるように見えた。
「……チッ」
深く息を吸い、吐く。
床の鞄に足がぶつからないよう、静かに座席の中央へ体を移した。
車体がバランスを取り戻し、浮いていた車輪が地面に戻った。
「クソガキが……」
ようやくグリップを離した男は、こちらを見ないままルームミラーへ顔を向ける。
「パンクしそうだな……」
呻いた。
稜平がまた何か言い返そうと考えを巡らせた時、エンジンが低く唸り、車はノロノロと動き出す。
反撃のチャンスを失い、仕方が無く両手を組んで、黙り込んだ。
駐車場を出る段差でゴッと車体が沈み、硬い衝撃が足元を突き上げる。
稜平はその揺れの中、微動だにせず、男から視線を剥がす。次の標的を睨みつけた。
視線の先――電柱に括りつけられた警察の紋章入りのボックス。そのさらに上には監視カメラがあった。
やがて車が速度を上げると、カメラ付きの電柱が次々と現れ、流れ去っていく。
どれも意思を持っているかのように、稜平を追い続けていた。
それらを睨む稜平の目が、ゆっくりと、細められていく。
2008年――
赤ん坊が泣いていた。
薄暗い研究室の奥で、か細い声を張り上げている。
非常灯の赤い光が点滅し、実験机に置かれた体を照らしていた。
そこへ足音が駆け込む。
肩で息をしながら室内を見渡し、実験机へと走り寄った。
「……すまない」
教授はかすれた声で呟き、そっと抱き上げる。
額に手を当て、汗ばんだ肌を指先で撫でるように触れながら、目を閉じた。
その背後で、かすかな足音が鳴る。
振り返らずとも、誰が来たのか分かった。
「……終わりだな」
低く乾いた声だった。
教授は一瞬だけ視線をやり、すぐに泣き続ける体を見る。
「……先ほども言ったはずだ。まだ諦める時ではないと」
小さな存在を驚かせないよう、静かに話す。
「あの与太話のことか? それなら付き合う気はない」
冷ややかな声に、顔が歪んだ。
「……今の段階では、それが……最善の選択なんだ」
顔を上げ、男を見る。
その答えを、願った。
「……あなたの話は、危機に瀕した人間の現実逃避としか思えない」
淡々と話すその顔は、変わらず冷たい。
男は更に何かを言いかけるが、吐息と共に飲むようだった。
「時間がない……俺は行く」
こちらに背を向け、歩き出す。
「……来たければ来るといい……赤ん坊は黙らせて欲しいがね」
背中が遠ざかる。
咄嗟に手を伸ばそうとする。
しかし、しゃくりを上げる小さな体を守るのに両手が塞がっている。
足は、動かない。
喉は、乾き、貼りついていた。
男が扉に手をかける、
「待ってくれっ!」
開かれる直前、叫び声が喉を突いて出た。
途端に腕の中で上がる癇癪に、その体を強く抱き、思わず目を閉じた。
「私は信じなくてもいい……だが君は言ったはずだっ アメリカが、EUが、世界が、私の理論を認めたとっ……! だから――」
「だから死ねと?」
その言葉に、咄嗟に男を見る。
冷たい顔だった。
「俺は……」
言葉を絞り出す前に、男が話す。
「あんたの理論で死ぬくらいなら、自分の理念に従って死んだほうがいい……」
その目は、変わらず真っすぐにこちらを見ていた。
教授は学者だった。
冷静に現象を分析し、真理を求めるのが本分。
だがこの時、男の言葉は、どんなデータよりも重く見えた。
それが、どれだけ愚かな選択に思えても――
教授は、何も言えなくなった。
その間に、男は無言で扉へ向かい合う。
そして、ゆっくりと開いていった。
男は、扉を開けた姿勢のまま、思わず動きを止めた。
廊下には、ちょうど同じ姿勢になっていた存在と目が合っていた。
黒いマスクを被ったその男は、扉が開くとは思っていなかったのだろう。
一瞬、目を見開いて固まり、反射的に、肩の自動小銃へと手を伸ばす。
スローモーションのようにゆっくりと動く男を眺めながら、一度ゆっくりと、瞬きをした。
「ああ……」
次の瞬間、激しい連射音が研究室に響いた。
目の前で、男の体が痙攣し、その体が崩れ落ちていく。
腕の中では激しい泣き声が響く。
床に倒れる男は動かない。
赤い液体が広がるその横で、黒いブーツが一歩、扉から姿を現す。
「ッ……!」
咄嗟に身を翻し、背を向ける。
背後で、鋭い金属音が鳴り響いた。
――ダメだ。
握りこぶしを作り、小さな頭に沿わせ、その体を抱え込んだ。
銃弾は人体を簡単に貫通する。
固い骨が密集する握り拳の盾。父親としての役割を担う、反射としての行動だった。
ようやく逃げようと踏み出す、同時に、背中に衝撃が走った。
灼熱が広がる。
しかし頭はクリアだった。
続く衝撃に貫かれるも、足は動いた。
意識は沈むが、判断は出来る。
5歩進み、10歩進んだ。
スロープに踏み入れた時、衝撃が止まる。
変わりに乾いた金属音が響いた。
その隙に息を吸おうとした。
代わりに、喉をこみ上げるものがあった。
吐き出し、むせる。
小さな体にかからないように床に吐かれたそれは、赤かった。
吐くばかりで吸い込めない呼吸に、世界が明滅した。
すると再び衝撃が体を貫いた。
腕に力が入る。
小さな体には銃弾は届いていない筈だった。
顔を僅かに動かす。
霞む視界の端に、水槽の縁が見えた。
息を詰めたまま、足を進める。
「大丈夫だ……」
腕の中の体に、優しく語り掛けた。
言葉の代わりに、口から血が流れ落ちる。
「大丈夫だ」
小さな体は眠ったように静かだった。
「大丈夫」
言葉を贈る。
何も心配ない。
ただ今は、怖がらせないように――
赤ん坊を見下ろす教授の瞳の焦点は、どこにも合わない。
前へ出ようとしていた足は、その形のままで止まっている。
赤ん坊を抱きしめる腕は、硬直したように動かない。
教授はそのまま、立ち尽くす……。
その中で――
赤ん坊は、父親を見上げていた。
小さな指先がわずかに震える。しかし、腕は垂れ下がったままだった。
背後では襲撃者が絶叫しながら、教授に向かって銃を撃ち続ける。
肉が弾け、血が飛び、骨が砕けた。
その足は、黒い水の満ちる水槽に踏み込んでいた。
液体に触れる体が凍結している。
氷は瞬く間に全身に広がり、教授の体を覆っていく。
静かに、教授の体は傾き、
二人は黒い液体の中へ、沈んでいった。
2019年――
割れてしまった額縁の写真には、教授と……家族の姿が映っていた。
教授は白衣姿のまま、赤ん坊に視線を落とし、小さな手に指を添えていた。
稜平は、それをじっと見つめ、座席の上へ静かに置いた。
次に鞄の中から固いものを一つずつ取り出し、床に放り投げる。
柔らかくなった鞄を枕に、後部座席へ体を横たえた。
ポケットに両手を突っ込み、背中を丸める。
目は閉じない。ただ、外の景色を見ないようにしているだけだった。
車は、早朝の道を静かに走り続ける。
窓の外の街灯が過ぎるたび、割れたガラスの断面が淡く光を反射していた。
作品プロトタイプの紙芝居はコチラ↓
https://www.youtube.com/watch?v=eq2lqUnhf2w
三鬼とレグバのイメージ映像はコチラ↓
https://www.youtube.com/watch?v=tRRtLOpOUfQ
絵や設定画はコチラ↓
https://www.pixiv.net/artworks/127381652
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手書き+AIのべりすと+chatGPT




