2008年
『それ』は、男に引きずられながら石畳の上を滑っていた。
眉間には、焼け焦げたような小さな穴が空いている。生気を失ったその顔は、まるで人形のように虚ろだった。
屋敷の中からは、赤ん坊の泣き叫ぶ声が響いている。
男たちは無言のまま遺体を車のトランクに押し込み、玄関先に落ちていた鍵をひとりが拾い上げる。
もうひとりは手際よく清掃道具を取り出し、血の跡を丁寧に拭き始めた。
マサチューセッツ州――大学教授室。
資料の山が築かれた机の上に、紙おむつと哺乳瓶が置かれている。
その前ではカメラが静かに回り続け、インタビュアーと教授の姿を映していた。
教授は赤ん坊を抱いたまま、落ち着いた口調で淡々と語る。
「……我々は、常識を知らない。私はただ、この広大な世界のひとかけらを分析したにすぎない」
低く静かな声が、部屋に響く。
腕の中の赤ん坊が小さく身をよじり、くずるように声を上げた。
教授は視線を落とし、その体を優しく揺らす。
インタビュアーはその様子を見つめ、わずかに眉をひそめた。
「ご謙遜を」
椅子を軋ませながら身を乗り出す。
「アメリカにEU、ロシア、中国、日本……すべての国があなたの研究に協力している。今この瞬間も、あなたの言葉は歴史に刻まれている……」
教授はそっと目を伏せた。
視線の先にいる赤ん坊と目が合う。
あどけない指先が、まっすぐ教授の頬へと伸びた。
教授はその手をそっと包み込む。温もりが掌の中で微かに動く。
数秒の静寂ののち、教授は静かに口を開いた。
「評価されたのは私じゃない。時代が、真実を必要としただけだ……」
握っていた小さな手を離し、代わりにその頬に触れる。
すると赤ん坊の表情がふわりと綻び、嬉しそうに教授を見上げた。
科学者であり、父としてそこにいる──その姿を、カメラは静かに記録していた。
2019年、日本――小児養護施設。
大部屋には、いびきや寝返りの音がにぎやかに響き渡り、子供たちはそれぞれ深い眠りについていた。
その並んだベッドの隅で、一人の子供が静かに身を起こす。
布団を抜け出し、転がって眠る子供を避けながら、慎重に足を運ぶ。
床がミシッ、ミシッと不快な音を立てた。
廊下へとつながる扉の前にたどり着き、そっと開ける。
その瞬間、遼平は小さくため息をついた。
目の前に続くフローリングを見て、うんざりと肩を落とす。
重い足を踏み出すたび、床は鈍くきしみ、今にも踏み抜きそうだった。
ようやく応接室に辿り着いた遼平は、中にいた二人の大人を睨む。
大きな机を挟んだ向こう側には職員の女。手前には、よく知っている男の背中があった。
遼平はギシギシと床を鳴らしながら歩き、男の隣に立つ。
男は書類に何かを書き込んでいたが、やがて顔を上げ、無言のまま遼平に視線を向けた。
眉間に皺を寄せたいつもの渋い顔でじっと見てくると、言葉もなく、無骨な手を遼平の頭に伸ばしてくる。
「ッ!」
咄嗟に一歩下がり、その手を振り払う。
鼻を鳴らし、男を睨みつけた。
その空気に、職員の女性が思わず声を漏らす。
「……え……っと」
男はちらりと彼女を見やり、苛立ちを隠さず指先で机をリズムよく叩いた。
そして書類を乱暴に女へ押しやると、椅子を引いて立ち上がる。
「行くぞ」
それだけ言い残し、ズカズカと扉へ向かっていった。
遼平はその背中にわざとらしく舌打ちをする。
馴れ馴れしく、身勝手で、上から目線のアル中親父。
本来なら関わりたくない相手だが、この際仕方がなかった。
稜平は大して思い入れのない女に一瞥をくれ、
「世話んなった」
とだけ言い残し、ギシギシと床を鳴らしながら男のあとを追った。
外に出ると、夜の冷たい空気が肌を刺すように吹きつけた。
ゴッ、ゴッ──鈍く重い足音がアスファルトに響く。
先ほどの脆い床とは違い、踏み抜く心配もないため、思いきり体重を乗せた。
やがて稜平は男に追いつく。
ポケットに手を突っ込み、不機嫌そうな仏頂面を浮かべる男を見上げた。
牽制するように言い放つ。
「俺たちは家族じゃない。ただの契約関係だろ」
その言葉に男は眉を大きく潜めて、顔を歪める。
稜平は男が理解するのを待った。
やがて、
「ああ……」
懐を探りながら、渋々と吐き出すように答える。
「そうだな」
そして煙草を取り出し、火をつけた。
作品プロトタイプの紙芝居はコチラ↓
https://www.youtube.com/watch?v=eq2lqUnhf2w
三鬼とレグバのイメージ映像はコチラ↓
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絵や設定画はコチラ↓
https://www.pixiv.net/artworks/127381652
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手書き+AIのべりすと+chatGPT