第135話 「サンドイッチはサンドイッチ伯爵が発明した」
芦名とアルジェントを送り出してから、一時間ほど後。
ウチのリビングは、いつになく人口密度が高くなっていた。
まずは俺と鵄夜子、それに家に残っていた綾子に、タクシーで来た桐子。
それから村雨姉妹に奥戸、それを迎えに行った二人の総勢九名。
空閑にも一応電話したが、外出中らしく連絡がつかなかった。
「悪いな、いきなりの呼び出しで」
「それはまぁ、いいんだけど……」
「シャコねぇは何で正座させられてるの?」
瑠佳と汐璃が、ソファで正座しながら項垂れている鵄夜子を気にする。
その隣に座る綾子は、若干の既視感があるのか苦笑いだ。
「そこらへんも含めて、状況説明と作戦会議だ」
「また人助けなのかー?」
奥戸に訊かれるが、否定も肯定も何か違うような。
「広い意味じゃそうだが……今回狙われてんのは、俺と姉さんだな」
「じゃー協力するしかねーなー」
「そうだね、僕らにできることを、最大限に」
奥戸はいつも通りだが、桐子は真剣な表情で言ってくる。
油断はできないけど、そこまで深刻でもない――と前置きしようと思ったところで、綾子が読んでいたパンフレットをテーブルの上にポンと投げた。
「で、問題はコレなんだね」
「他にも色々あるけど、そいつが最大って感じだわ」
八人の視線が、やけに豪華な作りのパンフに集中する。
丁度いい雰囲気なんで、このタイミングで始めるとするか。
「まず、現状についてザックリと説明すると――」
御護屋での買い物帰り、見知らぬ集団からの襲撃を受ける。
そいつらを撃退して戻った自宅には、四条真奈美と誠也の伯母親子が。
真奈美らの目的は、怪しい投資話を鵄夜子に持ち掛け、カネを引き出すこと。
以前から接触があったが、鵄夜子は俺に黙って一人で対処していた。
強引に話を進めようとした伯母親子は、俺が「説得」して追い出す。
伯母親子の背後には、どうやら厄介な黒幕が控えている気配。
そっちと繋がっていそうな、タケミという人物も姿を見せていた。
「――と、いう感じでウチの金とか家とか、そこらが狙われてる」
手短に要点だけを語れば、聴衆は数種類の反応を見せる。
既に事情を知っている鵄夜子と綾子とアルジェントは、特に変わらず。
芦名と奥戸も、基本的に暴力で解決するスタンスのせいか、動揺はない。
汐璃は神妙な顔をしているが、どこまで理解しているか怪しい。
瑠佳は心配そうな態度を丸出しに、俺と姉さんの方を窺っている。
パンフを捲っていた桐子は、眉間に深々と陰翳を刻んでいた。
「どうした、おい。シワやばいぞ」
自分の眉間を指で縦になぞって指摘するが、桐子は渋面のまま。
そして、開いたページをコチラに向けて言ってくる。
「何だか見覚えあるんだよね……この人」
「真ん中の、不自然に歯が白いオッサンか」
「それ。たぶんタレントか歌手、だったと思うんだけど」
「芸能人なら『元』でも、詐欺商売の広告塔に使えるな」
どんなに有望な投資なのか、いかにも「金持ってます」なスタイルでキメた男が、美辞麗句っぽいものを並べて熱く語っている。
成功するべくして成功を勝ち取った我々と共に、フロンティアスピリッツと大和魂のハイブリッドで共に未来へ――とか何とか、そんな寝言を。
メインの商品は、小売価格が数万から数十万という、最高級テキーラ。
原酒を樽で買って熟成させ、数年後の販売収入を期待する。
これはウイスキーなどでもある、まぁまぁメジャーな投資法だ。
ウイスキーならいずれ暴騰するが、テキーラはどうだろうか。
この会社は原酒への投資も募集しているが、別の形式も推している。
預かった資金で入手困難なテキーラを確保し、それを特殊なルートで販売して得た利益から、高利率の配当を約束する――らしいのだが、説明を読んでも意味不明だ。
大量の数字と横文字で細々と説明してあるが、システムを読み解くのは困難。
わかりやすさを放棄している時点で、邪悪な意図しか感じられない。
頭に浮かぶのは「数字は嘘をつかないが嘘つきは数字を使う」って警句だ。
「このテキーラ投資は囮、というか撒き餌だろうな」
「確かに、詐欺にしちゃ利回りが大人しいかな……まぁ、こんなガタガタな内容じゃ、この程度のリターンも絶対無理だけど」
既にパンフを読んだアルジェントが、ニヤニヤとダメ出しをする。
年の功によるロクでもない経験値で、コイツは犯罪全般に結構詳しい。
俺から語ると「何でそんなこと知ってんの」って話になりがちなので、説明役としてちょっと役立つポジションだ。
綾子はもう一度パンフを手にすると、胡散臭げに社名を読み上げる。
「ペンテウス……『バッコスの信女』の?」
「たぶんな。テキーラの原料になる竜舌蘭の学名はアガベ、その言葉の元はギリシャ神話に登場するアガウエー、そしてバッコス――ディオニュソスの不思議パワーで狂ったアガウエーに殺される息子、それがペンテウス」
「……何でそんなこと知ってんの」
ついつい語りすぎて、瑠佳からのツッコミが入ってしまった。
酒が関係する雑学を知っていると、飲み屋での情報収集の役に立つ。
なので未来で獲得した無駄な知識が、俺の頭には詰め込まれている。
しかしながら、そんな事情を説明するワケにもいかない。
「教養に溢れてるから、自然体で豆知識が出るんだ……サンドイッチはサンドイッチ伯爵が発明した、とか」
「それくらい、あたしでも知ってるけど」
「サンドイッチ伯爵は悪魔崇拝の秘密結社『地獄の火クラブ』の中心人物だったとか」
「けぇにぃ、思い付きでテキトー言ってない?」
汐璃が抗議してくるが、全部本当の無駄知識だ。
ただ、サンドイッチの発明者ってのは俗説でしかない。
ついでに、悪魔崇拝も単なるゴッコ遊びだったとか。
「いや、サンドイッチ伯爵はどうでもよくて。問題は、詐欺を仕掛けてるのがイヤな感じに知識をひけらかすような面倒な相手、って可能性が高い点だ」
「伯母さんの話からしても、悪賢いヤツなのは確定かな」
反省の意を表して黙っていた鵄夜子が、会話に加わってきた。
「賢さはさて措いて、悪いのだけは間違いない。姉さんが一人で対応してたら、いずれはそいつとも対決するハメになってたはずだ」
「うっ……そうだね、ゴメン」
「じゃあ、足を崩していい……けど、今後はトラブルを自分だけで何とかしようとすんの、絶対ナシだぞ」
正座をやめた鵄夜子は、足をさすりながら軽い調子で応じる。
「大丈夫、わかってるって」
「次やらかしたら、罰として蓑踊か笠地蔵だからな」
「前者もイヤすぎるけど、後者は何されんの!?」
話が横滑りする気配を察してか、芦名がフォローを入れてくる。
「なぁケイ、その投資が撒き餌ってことは、寄ってきたのを釣るのが主目的か」
「じゃないか、と俺は予想してる。もっと稼ぎたい野心があって、それ用の資金も準備できるヤツを選別するための」
「なるほど……テキーラの商売で実際に儲けがなくても、配当金を出せば餌になる」
「ああ。多少の赤字は帳消しにできるくらい、二段構え三段構えでガッツリ持っていくんだろう、カモの財産を」
顰め面で納得する桐子に、同意の頷きを返す。
俺の予想を聞いて、奥戸と瑠佳からもリアクションが。
「下手な鉄砲でも乱射を続けてりゃー、そのうちカモに当たるなー」
「でもケイちゃん、投資話を持ち込んできた親戚を追い返しちゃったから、元凶まで辿り着けないんじゃ……」
「じゃあどうするか、ってのが作戦会議のメインテーマだ」
ウチの財産を諦めてないであろう、伯母親子にどう対処するか。
その背後にいる可能性が高い、詐欺集団へのアプローチ方法は。
誠也が操っているらしい、攻撃的なバンドマンたちへの警戒。
俺の関係者ってことで標的になる危険性と、自衛のための手段。
色々ある諸問題をひっくるめて、最終的にどこまでやるのか。
雑多な題材と参加人数の多さで、会議は迷走するかと思われた。
しかし、感情的で無駄に混乱する主張をする間抜けや、重箱の隅を突きたいだけの阿呆がいないので、意外な速度で話はまとまる。
とりあえず情報収集を優先し、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する、いつも通りの方向性だが。
久々のジャンル別ランキング日間1位(26/5/12 12時時点)への感謝を込めて更新です。
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