第134話 「なるべく早く医者に行け……頭のだぞ」
蹴り飛ばす気なのか、ローテーブルの縁に右足を置く誠也。
避けてもいいが、コーヒーを引っくり返されたら掃除が面倒だ。
そう判断した俺は、クリスタルガラスの灰皿で脛を横殴る。
「ンゴァッ!?」
攻撃が来るのが予想外だったらしい、疑問の混じった悲鳴。
そんな感じの奇声を発して、誠也は再着席を余儀なくされた。
盛大に灰が飛び、吸殻もアチコチ散乱したが、灰皿は無傷。
流石はサスペンスドラマにおいて、定番の凶器となる頑丈さだ。
重量感のある鈍器をテーブルに戻し、静かな声で問う。
「テーブルに足を乗せるのはマナー違反、って隣のババアに教わらなかったか」
「バッ――」
「おごごごごご……っ!」
唐突な暴力に愕然とする真奈美だが、ババア呼ばわりには反応してくる。
誠也は脛を抱えて呻いているが、それでも俺を睨むのを忘れない。
本当にコイツら、自分がナメられたりコケにされたりに不慣れだな。
下らん精神性が育まれるには、それに相応しい環境で生活してると考えるべきか。
馬鹿を見る目で二人を眺めていると、真奈美が息子に代わって抗議してくる。
「なっ、何するのっ! 断るにしても、もっとこう……あるでしょ!」
「言い方がどうだろうと、結論は変わらねぇよ」
「じゃなくて、急に殴るなんてっ!」
「イトコくんが暴れんのを止めただけだ。アンタも暴れる気か?」
だったら同じ目に遭うぞ、との含みを持たせて真奈美を見据えた。
脅しに具体性を持たせるため、灰皿を軽く揺らしカツカツ鳴らす。
口調からも最低限の礼儀としての丁寧さを消し、素に戻しておいた。
ヒステリックに喚こうとする気配は、その警告で霧散する。
「大人に対して、その態度はないでしょう……」
「つまらんジョークはヤメろ。大人を自称すんなら、親戚のガキをしょうもない詐欺でカモろうとすんな、ボケが」
「えっ!? 詐欺って、どうしてそんな? それは誤解よ、荊斗くん」
「誤解しようがないだろ。本気でまともな投資だと思ってるなら、なるべく早く医者に行け……頭のだぞ」
自分の頭を人差し指でトントン叩いて忠告すれば、顔色が厚化粧を貫通して赤紫へと変わった。
ワナワナ震える真奈美は、俺に罵声を浴びせようと立ち上がる。
「なっ、ななな、なっ、なっ――」
「ナマステ」
「ぶはっ」
声を詰まらせる真奈美に、手を合わせてインド式に別れの挨拶。
背後から、鵄夜子がココアを吹いたらしい音が聞こえる。
いくら空気を読めなくても、ここから和やかな対話に軌道修正するのは流石に無理と判断したようで、慌ただしく帰り支度を始めた。
「テメェ……ここまでやっといて、タダで済むと思うなよ!?」
やっと痛みが薄れてきた様子の誠也が、凶相を曝け出して吼えた。
悪感情全部乗せの視線を受け止め、俺は灰皿を再度装備し腰を上げる。
「次は顔面だぞ、イトコくん」
半笑いで予告すると、誠也は顰めっ面で前のめりな姿勢を解除。
タダで済むも何も、もう互いに引けない状態になってるだろうに。
手下だか仲間だかを使って、駅前で俺らを襲撃させたのを忘れてるのか。
舌打ちだけ残し、誠也は右脚の痛みに文句を言いながらリビングを出る。
ドアを殴るか蹴るかしたデカい音が複数回――傷があれば修理費請求だな。
「今日はちょっと、誤解や行き違いがあったみたいだから……また近い内に、改めてゆっくりお話しましょう。ね?」
「どんだけ話そうと、結果は同じかもっと悪くなるだけだが?」
「だから、そういう態度はやめなさいって……荊斗くん」
「ハハッ、人んちのガキに文句つける前に、自分ちのバカ息子の躾を見直したらどうです、真奈美オバァさん」
バを長めに発音すると、真奈美の表情がクワッと変ずる。
素のままで『鉄輪』に出演できそうな、迫力ありすぎなキレ顔だ。
軽く血走った目で俺をグッと睨み、続けて鵄夜子にも視線を送る。
それから「ギチッ」と歯軋りし、バッグを引っ掴んだ。
一見すると地味だが、これもたぶんエルメスの馬鹿高いやつ。
「絶対に、後悔しますからねっ!」
「そうかいそうかい」
「んぶゅ」
完全に小馬鹿にした調子で返すと、また鵄夜子が吹いている音が。
というか、弟がバチバチやってる状況で優雅にココア飲むな。
振り返ってジト目を向けるが、何故かニッコリ笑みを返してくる。
捨て台詞も無効化された真奈美は、床を蹴るようにして早足で出ていった。
乱暴にドアが閉まる音がして、十秒ほど経ってから鵄夜子が言う。
「……終わったの?」
「わからん。確認してくる」
誠也がタケミと共に反撃に出てくる、って可能性もなくはない。
そう考えて、俺は庭に出て相手の様子を確認する。
エンジンのかかったBMWの運転席にはタケミ、後部座席に馬鹿親子。
どうやら今日はこれ以上、何かを仕掛ける気はないらしい。
プップッ、と短くクラクションを二度鳴らし、招かれざる客は退去した。
「これで解決……とはならんだろうな」
遠ざかる排気音を聞きながら、的中率100%であろう予言を呟く。
面倒な流れのせいで重い足を引きずり、近くの駐車場へ向かう。
待機してるはずのアルジェントが、レオーネの車内にいない。
「アリス? おい、どこ行った?」
「こっちこっち……待ちくたびれびれ」
「軽はずみに新語を作るな」
二つ隣のスペースの軽トラの陰から、アルジェントが出てきた。
車を発見された場合に、乗っているのは危険と考えたのだろう。
銃弾その他、大事な荷物を持ち出している判断は悪くない。
「何もなかったか」
「ああ。そっちは?」
「ロクに付き合いのない親戚が、ステキな儲け話を持ってきた。ウチを担保に金を作って得体の知れない投資にブッ込め、だとよ」
「ニヒヒヒヒッ、それはそれは……御愁傷様だね」
小悪党っぽく笑うアルジェントが、用法が怪しい慰めを発してくる。
その頭を雑に掻き回してから、他に目ぼしいものがないか車内をチェック。
襲撃者たちの個人情報につながる諸々や、身分証明書などは回収済みだ。
機材の類は、買い揃えるには結構な金がかかるが、売っても微妙だろう。
二十年三十年の後なら、ヴィンテージって扱いになりそうなんだが――
「とりあえず、コイツは役に立ちそうかな」
ギターケースの中身は、ギブソンのSGだった。
俺の知識だと年代はわからんが、とにかく安物ってことはない。
売り払うにせよ取引材料にするにせよ、ひとまず手元に置いとこう。
散弾やギターを抱えて家に戻ると、今度は見覚えのある車が戻ってきた。
ラルゴから降りてきた芦名と綾子は、不機嫌そうな俺を不思議そうに見ている。
「おぅ? どうした、ケイ」
「どうしたもこうしたも……どこ行ってんだよ」
「いや、鵄夜子さんから色々買い物を頼まれたんで、武谷さんと車でアチコチ回ってきたんだが」
なるほど、鵄夜子の意図は大体わかった。
二人を親族間のゴタゴタに巻き込みたくない、と気を利かせたらしい。
そんな優しさが、前回の彼女を破滅へと導いたのだが。
そう思うと、言いようのない憤懣が込み上げてくる。
馬鹿デカい溜息を吐いていると、俺の心労を見抜いた芦名が訊いてきた。
「また何かあったのか」
「またって言うな……バリバリあったけど」
駅前での突発路上ライヴと、伯母親子との心温まる対話。
その二件をザックリ説明すると、芦名も綾子も無言で天を仰いだ。
しばらくして気を取り直した綾子が、味わい深いシケ面で訊いてくる。
「何ていうか……何なの? 荊斗くん」
「それは俺が一番知りたい」
「まぁ、アレだ。ワケのわからんトラブルが起きるのは、もう仕方がねぇ。延焼する前にサッサと片付けようぜ」
芦名は何かしらの悟りを開きつつあるのか、諦め気味に言う。
確かに、理不尽な状況にどんだけ文句をタレようが、好転するハズもない。
まずは仲間内に危険を知らせてから、今回の善後策を練る会議だな。
「俺から瑠佳と奥戸に連絡するから、芦名とアリスで拾いに行ってくれ。その後で追加の回収先があるかもだから、一回ウチに電話な」
「おう、了解だ」
「その任務、ボクって必要かなぁ」
己の存在意義を問うアルジェントの肩を叩き、簡単に説明する。
「単独行動だと、不測の事態に対応できんだろ」
「ボクが五人いても、暴力沙汰はどうにもなんないよ……」
「だったら、護身用にコイツを持ってけ」
「おっ、いいの?」
ジュディから没収したあのナイフと、予備のブレードをセットで渡す。
役に立つかは微妙だが、本人が嬉しそうなのでまぁいいだろう。
連休初日からバシッと更新キメますか……って感じで書き進めていたのに、何故か3日目になっている不思議ミステリーに巻き込まれています。
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