第131話 「何で合衆国の刑法で言い換えるのか」
道はガラ空きでもないが、渋滞しているって程でもない。
特に問題なく戻れそうだ――と考えながらグローブボックスを漁る助手席の俺に、アルジェントが訊いてくる。
「ケイトの日常って、大体こんな感じなの?」
「好きでやってるワケじゃない。問題が自動的に発生するんだ」
「何もしてないのに壊れた、って言うヤツは絶対に余計なことしてるけど」
「今回は本当に心当たりないぞ……全然知らん連中だったし」
「ボクも知らないから、とりあえずメジャーなバンドじゃないね」
黄色でアクセルを踏み込んで、アルジェントがバックミラーを見る。
つられて俺も振り返って、荷台に積まれている機材を眺めた。
ギターケースに貼られたステッカーの『福雑女神』がバンド名だろう。
ふく、ざつ、めがみ――もしや「ふくざつゴッデス」って読むのか。
飲み会のノリで決めやがったな、と思いつつレシートの山に埋もれていた青い表紙のメモ帳を取り出し、中身を確認する。
「スケジュールに、支払い内容……何だこりゃ、歌詞のアイデアか」
『首のない雄鶏の産み落とした死せる卵は膿み犯され続け
腐った魂を抱えたまま嘘と偽りで塗り固められた殻の中
誰も望んでない膨張を止められずに甘い脂肪で窒息する』
「濃厚な中2フレーバーで俺が窒息するわ」
言葉選びの方向性から、なんとなくの芸風は推測できた。
しかし、どんな音を出すのかは、ちょっと想像がつかない。
「あのジュディって金髪がボーカルかな」
「どうだろ……しかしケイト、女が相手でも構わず殴るんだね」
「俺はホラ、男女平等がモットーだからよ」
その発言に、アルジェントは曖昧な表情で溜息を吐く。
やりすぎだと、苦言を呈したいのだろうか。
「多少は加減してるぞ。殴るのもグーじゃなくパーで行っただろ」
「えぇ……トムとジェリーでしか見ないタイプの回転してたよ?」
「だけど、あの状況で放置しといたら、コッチが危なくなる」
「まぁ、スペツナズナイフなんての持ち出してたけどさぁ」
オタ寄りの人生を歩んでるアルジェントも、アレを知っているか。
それはそれとして、イマイチ現状への理解度と危機感が足りてない。
俺といれば、こういうトラブルに巻き込まれるケースも多くなる。
念のため、コイツにも荒事に関するスタンスを伝えておくべきだな。
「喧嘩、っていうか戦闘で重要なのは、何だと思う」
「そんならアレでしょ、筋力に武器に……あと速さとか?」
「そこらへんも大事だが、一番は『心・技・体』の心になる」
「こう見えてバリバリ文化系なんで、体育会系の精神論はしんどいんだけど」
不満げなアルジェントに、そうじゃないと頭を振る。
どう見ても文化系丸出しだろ、とかそういうのはスルーだ。
「精神的な何やかんやより、心構えだな。覚悟とも言い換えられる」
「覚悟、ねぇ……武士道的なやつ?」
「まぁまぁ近い。平たく表現すると『殺す覚悟』だ――っと」
動揺したのか、赤で停まるタイミングがズレ、急ブレーキ気味に。
色々と言いたげなアルジェントが口を開く前に、話を続ける。
「積極的に殺したがる、ヒャッハーなノリとは違う。正確を期すなら『結果的に殺すことになっても仕方ない』ぐらいだな」
「つまり、殺人はナシだけど傷害致死ならアリ、みたいな?」
「そういう解釈も、できなくはないが」
「第一級殺人はナシだけど第二級殺人ならアリ、みたいな?」
「何で合衆国の刑法で言い換えるのか」
信号が変わるが、前にだいぶ遅れてアルジェントは車を発進させた。
早めの整備が必須な振動を尻で受け止めつつ、俺は補足説明をしておく。
「敵対する相手の生死は、問題の中心じゃない。話し合い不可能な、大人しく脅迫を受け入れるか抵抗するかしか選べなかった、十分前の出来事を思い出せ。あいつらを怪我させずに制圧するより、俺とアリスの安全を優先するのは当然だろ」
「そりゃまぁ……うん」
「俺の言う覚悟の根底にあるのは、そういうことだ。危機的状況が発生した時には、迷わずに最適と思われる行動を選ぶ。そして暴力が必要な場合は躊躇せず、最大限の効果を狙って迅速に……シンプルな話だ」
聞き終えたアルジェントは、頷きはしたものの渋い表情だ。
荒事の経験値が足りてないから、納得まで至らないと見える。
「さっきのゴタゴタの場合は、自分らが不利と判断したら即座に面白ナイフを持ち出した、ジュディの行動が最適解だ」
「そ、う、な、の、か、なぁ?」
「スタッカートやめろ。リスクが高いとか、単純にやりすぎとか、そんな印象になるのもわからんでもない。だが、ブッ飛ばしておしまいのトラブルじゃない、何らかの意図が背景にある戦闘になると、話が変わってくる。何をやってくるのか、どこまでやるつもりなのか、そこらが読めない相手に一方的に敗北する危険は、よく知ってんだろ」
「あぁ……知ってるというか、思い知らされたというか」
実体験を踏まえさせた結果、どうやら飲み込めたようだ。
それはそれとして、だいぶ苦々しい表情になっているが。
「アレコレと語ったが、アリスの場合はヤバい気配があったら全力で逃げる、ってのを第一に心掛けるべきだな」
「フヒッ……あんまナメないでよね、ケイト」
「おいおい、汐璃にも負ける自覚あるヤツが何言ってんだ」
そうツッコめば、やれやれ感を全開に応じてきた。
「だからこそ、なんだよ。ボクが全力疾走しても、たぶんシオリのスキップに負ける。あと、二百メートルくらいで体力の限界になる。これは絶対」
「まずはジョギングからか……」
遅いのはさて措き、一キロ走れる程度の体力をつけさせないとマズい。
その訓練内容を考えている内に、レオーネは自宅の手前へと辿り着いた。
庭にラルゴは停まってない――が、代わりにシルバーのBMWがある。
良くも悪くもまともな人間が乗らない、そんなグレードの新車だ。
何より、こんな高級外車を乗り回しそうなのは、俺の周囲にいない。
「んぉう? 何だよ、あのBMWは」
アルジェントも、世代を感じる呼び方で不審車を認識。
敵かどうか不明だが、俺の知らん何者かが家に入り込んでいる。
ただ、車がココにあるなら、誰かが連れ去られた可能性は低い。
普通に帰宅して対応するか、攻撃を念頭に隠密行動をとるか。
鵄夜子や綾子の安全を優先するならば、どうするべきだろう。
その前提で考えた末に、まずは穏便に出ておく方向に決めた。
「あの持ち主が、俺らの足止めを命じたヤツだ、たぶん」
「アレは……850かな。1500万くらいする新型。石油王にでも狙われてんの?」
「石油王なら、フェラーリとかロールスロイスに乗るだろ。あの程度だったら軽油王がいいとこだ」
「軽油も石油から作るけどね……で、こっからどうする?」
「状況がわからんから、まず俺一人で行く。アリスは……この先にある、下が砂利の駐車場、わかるか?」
「んー……ああ」
訊けば、少し視線を宙に彷徨わせた後、短く答える。
「なら、そこで待機してくれ。揉めずに片付ける場合、このレオーネを見られたら面倒な展開になりそうだ」
「なるほど。了解だよ……じゃあケイト、気を付けて」
「アリスも、かもしれない運転で慎重にな」
下りながら言えば、アルジェントは苦笑いで応じる。
「あの駐車場までって、三十秒程度の近さだったよね」
「だからこそ、だ。オゴタイ・ハーンの寿命がもう十年あればヨーロッパ全土がモンゴルに征服されてたかもしれない、くらいで」
「かもしれないのスケールがデカい!」
更新が月2回ペースに落ちているので、せめて3回……になるといいですね。
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