第130話 「狙いは俺じゃなくて、ウチにいる誰かだわ」
赤っぽい革ジャンに破れたジーンズ――服装の方向性は他二人と同じ。
ジャンパーの下の黒シャツは、ディスチャージのバンドTだろうか。
半端な長さの金髪は一見ボサボサだが、そう整えられている雰囲気だ。
華奢な男かと思いきや、体型的に二十歳前後の女だったらしい。
二人の仲間が蹴散らされたのを見ておいて、戦意が衰えていない。
俺を睨みながら、パンク女はヨタヨタした歩調で距離を詰めてくる。
コチラに対抗できる手段があるのか、もしくはラリっているのか。
どちらにしても、気を抜くとおかしな流れになる危険がありそうだ。
女の動きを注視していると、レオーネの後部座席からもう一人出てくる。
「なるほど……そいつが自信の源か」
姿を見せた男は、さっきぶちのめした長髪より少し身長が低い。
しかしデカい――手足も首も太く、肩は筋肉で盛り上がっている。
日焼けした肌のせいで、ボディビルダーっぽさも感じられた。
だが肉のつき方からして、現場仕事で作られたナチュラル体型だろう。
丸いレンズのサングラスに、標高が低くて染めてないモヒカン。
他の連中と雰囲気が異なるのは、作業着姿が馴染んでるせいか。
「ケイト、どうすんの?」
「あいつらは、俺が何とかする。アリスは……転がってる奴らから、鍵とか財布とか抜いてくれ。あと散弾の入ったバッグも回収。その後で尋問だな」
振り返らずに指示すると、背後のアルジェントがモタモタと動き出す。
情報が足りないから、とりあえずコイツらが何者か把握しておきたい。
訊いても答えないだろう、とは思いつつも一応やるだけやっておく。
「で、誰に頼まれたんだ?」
パンク女は問い掛けを無視し、ポケットから何か抜き出す。
黒い金属棒――いや、刃まで黒く着色してあるナイフだ。
暗殺者かよ、と笑いたくなるがトンチキなデザインでも刃物は刃物。
女の挙動を視野に入れたまま、モヒマッチョがどう出るかを警戒。
コイツは武器を使わないようだが、デカい奴はそれだけで脅威だ。
芦名か奥戸がいれば、深く考えずに任せられるんだが。
「ツレは意識不明の重体だが、ちゃんと見えてるか?」
煽り気味に確認するが、これといった反応は引き出せない。
モヒカンはサングラスで読めないが、女は目が据わっているようだ。
その様子からして、冷静沈着なキャラというワケでもないのだろう。
となると、こいつらは臨時で組まされた急造グループなのかも。
そんなのを俺にぶつけてくる、雇い主の意図が読めないな――ん?
「ぬぉ――っとぉ!」
パンク女がナイフを持った右手をスッと上げ、刃先をコチラに向ける。
さっきまでの険しい表情が緩み、笑顔に似た崩れ方をしていた。
丸いグリップ、妙な形状のヒルト――俺はコレを知っている。
この後で何が起きるかの情報が、記憶の底から浮かび上がった。
詳細を思い出すより先に「マズい」と警報めいた感覚が弾け、左に跳ぶ。
それとほぼ同時に、一瞬前まで自分のいた場所を何かが高速で通過した。
「珍妙なモン、持ち出すんじゃねぇ!」
怒鳴りながら、攻撃対象との六メートルほどの距離を数歩で詰める。
パンク女の勝ちを確信した笑みは、二歩目で跡形なくヒビ割れた。
スペツナズ・ナイフ――もしくはバリスティック・ナイフ。
ブレードを発射するギミックを備えた、ソ連の特殊部隊が使用していたとされる遠近両用の武器だ。
前世でも時々遭遇した面白アイテムだが、まさかこんな所で再会するとは。
「ヒァ――ぁびゅっ! がっ――」
逃げも構えもしない女の腹に左拳を突き入れ、発しかけた悲鳴を強制停止。
頭が下がったところで、右の平手を振り抜いて横っ面を張り倒す。
体重が軽いせいか、フワッと一回転してからパンク女は地面に沈んだ。
呼吸を整えつつも動きは止めず、後ろに控えるモヒマッチョに狙いを移す。
二人で連携しての攻撃も想定していたが、モヒカンは鈍いのかやる気がないのか、足を止めてボサッとしていた。
「まっ――待て待て待てっ! 違う、違うんだっ!」
コイツもかよ――当たり前だが、待ってなどやらない。
刺青ニット帽もそうだが、話なら敵対行動を取る前にしてくれ。
一方的に不利になった状況での、ルールにないタイムアウトを誰が認めるんだ。
本当に何かしらの事情があるのかもしれんが、とりあえず聞いてやるのは戦闘不能にしてからだな。
「だぁらっ、待てってんだろっ!」
止まらない俺にキレながら、モヒカンが前蹴りを繰り出す。
速さもあって重さもある、けれどもどうにも軽い。
体格差からして、命中すれば大ダメージの一発になる。
しかし、ワザと当たりにでも行かない限り、まず当たらない。
牽制のために放ったのが丸わかりの、隙を生み出すだけの蹴りだ。
「なっ、とぁっ、ヤメぇえっ――」
伸びきった蹴り足を掴んで、そのまま前に押し出していく。
モヒカンは一歩、二歩と軸足で跳ねて耐えようとした。
だが、三歩で限界に達して体勢を崩し、尻と背中を強打する形で転倒。
そこで手を放し、追撃の姿勢に移行しようとするが、モヒカンは素早く身を起こす。
さっきまでの鈍重さは演技か――何にせよ、とりあえず動きを止めねば。
「おぷっ、まっ、待てって、別になぁ――」
「やかましい、黙れ」
「いいから、聞けって! 別に、アンタらとやり合うつもりは――」
「ソッチになくても、コッチはたっぷりある」
モヒカンに組みついて首に右腕を回し、いつでも絞められる状況を作った。
相手の膂力だと、強引に逃げられる可能性も十分ある。
だから、キメる時はマッハで終わらせないと、俺が危ない。
「アンタを足止めしろって、そう頼まれただけなんだよ!」
「いつ、誰から、報酬は」
「くっ、詳しくは知らねぇ! 話を持ってきたのはジュディだ!」
「ジュディ?」
「そこのっ――とにかく、アンタを家に帰らせるなって、そういうぅうっ!?」
そこまで聞いて、ギロチンチョークで気道と血流を塞ぐ。
ノーガード状態から仕掛けたので、一瞬で綺麗に決まった。
抵抗の気配があったのは数秒だけで、モヒカンの全身はすぐに脱力。
グンニャリした筋肉塊を放り、酷使されて痺れの出た右腕をフルフルとほぐす。
「アリス、事情聴取はナシだ! 速攻でウチに戻る!」
「たぶんコレ、車の鍵っ」
アルジェントが投げてきた、キーホルダーのついた鍵をキャッチする。
思いっきり軌道がズレてるせいで、ちょっとしたファインプレーみたいなジャンプを披露してしまった。
キーホルダーには、カラフルでリアルな蝶だか蛾のイラストが描かれている。
だがよくよく観れば、樹脂の中に本物が封じられているヤツだった。
パンク女――たぶんジュディから、ナイフのグリップと替えのブレード数本を回収。
本名か綽名か知らんが、まぁどうでもいいことだ。
モヒカンからは、ナイロン製の二つ折り財布を没収しておく。
ジックリ探ればもっと色々ドロップするだろうが、今は時間が惜しい。
アルジェントを待たずに、レオーネのバンだかワゴンだかの運転席に滑り込んだ。
「きったねぇなぁ、オイ」
足元は菓子パンの袋や、空き缶が転がっていて邪魔くさい。
デカめのゴミを車外に投げ捨て、煙草の灰だらけのハンドルを払う。
ゴミ以外にも物が無駄に多く、とにかく雑然としている印象だ。
広めの荷台には、ギターケースやケーブルやアンプが積まれている。
あいつら、それっぽいとは思ったがホントにバンドマンだったのか。
何でそんなんが襲ってくるんだ、と思いつつセルを回せば三度目で点火される。
「いや、コッチだ。運転を頼む」
助手席のドアに手をかけたアルジェントを止めて、席を移る。
反対側に回り込んだおっさんは、車内の惨状にウッと顔を顰めた。
だが黙って自分の荷物とダッフルバッグを後部座席に放り、ハンドルを握る。
「急いでくれ、アリス。狙いは俺じゃなくて、ウチにいる誰かだわ」
「となると、綾子か鵄夜子さんがヤバいの?」
「芦名って線もあるが、たぶん姉さんか綾子のどっちかだろ」
俺の言葉に頷いたアルジェントは、ポンコツ車を発進させて大通りに入る。
車体の振動が大きすぎるが、とりあえず自宅に着くまで持てばいい。
永遠に感じた花粉との死闘も、ようやく終盤戦に突入しつつある気配です……
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