第129話 「まず右目から、次に左目だ」
軽い調子だが、拒否や反論を認めない「圧」を感じさせる声だった。
誰かを脅したり殴ったりの、荒っぽい諸々に染まった気配がある。
アルジェントの肩を掴んだニット帽の男も、程々に暴力と親しげな雰囲気だ。
大量のピアスと両腕を彩る刺青が、社会性の不足を物語っている。
相手の出方がわからない場合、言われるまま黙って従うのは危うい。
そんな経験則から、何気なく移動して背後の男から離れ、その姿を確認。
「おいおい……大人しくしろ、つってんだろ」
キレて大声を出すでもなく、余裕ぶった態度でそう言ってくるのは、二十代半ばくらいに見える、ウェーブのかかった長い黒髪の男。
細身で背は百八十近い――ヒョロい印象はなく、変な凄味を漂わせていた。
服装や雰囲気からして、世間的には不良と分類されるタイプだろう。
しかしチーマーやヤンキー、ヤクザなどのスタイルとは異なる。
バンドマンや、暴走族とは似て非なる走り屋に近そうだ。
「こんな人目のある場所で、騒動を起こすつもりか?」
「騒ぎになるかどうかは、オマエらの態度次第だな」
トラブル開始に躊躇がないのは、第一印象そのままだ。
薄笑いを浮かべたニット帽の男も、長髪のスタンスに同調している様子。
それなりに賑わっている休日の駅前でも、自重する気はないらしい。
コチラとしても、やるならやるで対応できなくもないのだが……
視界の隅で存在感をアピールする交番が、行動を制限してくる。
だが現状なら、被害者としてポリスに協力を要請できるのでは。
「大声で助けを求めるって選択肢もあるんだが、どうよ」
「やるのは構わんが、個人的にはオススメできねぇ」
「……助けを呼んでも無駄、ってことか?」
「さぁて、どうなるんだろうなぁ」
牽制に質問を投げてみたが、軽々と往なされる。
もしや、警察も動かせるような存在がバックについてるのか。
でなければ、国家権力をガン無視する胆力があるだけか。
どちらにしても、まともな連中じゃないとは理解できた。
となると、それ相応の対処法で切り抜けさせてもらうしかない。
「しょうがない……何の用だか知らんが、付き合ってやる」
「ったく、聞いてたよりだいぶ態度のでけぇガキだな……」
ボソッと呟かれた一言から、幾つかの推測ができる。
まずコイツらは、俺を薮上荊斗だと認識して接触してきた。
となると、これまでに敵対した集団のどれかが黒幕だろう。
いや、それは間違いないとしても、敵が多すぎて絞り込めんな。
そして直接の関係者ではなく、依頼されて襲撃に来ている。
ならば、ある程度「手強い」と思わせれば退かせられるか――
「ともあれ、話の続きは落ち着ける場所に行ってから、だ」
長髪の言う「落ち着ける場所」に独特のニュアンスが滲む。
要するに、人気のない場所まで連行する、って意味だろう。
情報を引き出すためにも、とりあえずはついていくしかない。
しかし人数を集められていると、少しばかり制圧が面倒だ。
俺一人だったら、同時に七、八人ぐらいならどうとでもなる。
だが、アルジェントを守りながらだと手間が増えすぎる。
「何でもいいが、手短に頼むわ。この後、草卓球の予定がある」
「どうなるかは全部、お前らの態度次第だ。あいつらに続いて、あそこの先。煙草屋の横の道を入れ」
草卓球をスルーして、後ろから道順を指示してくる長髪の男。
アルジェントを捕獲しているニット帽は、先導する形で前を進む。
煙草屋の横の細い道を進んだ先は、確か袋小路の行き止まりだ。
ここらは駅前の再開発計画の対象だったが、バブル崩壊で何もかもが頓挫した結果、無人のビルや元大型スーパーが数年放置されている。
いざって時の逃走経路はあるが、その場合もあのおっさんが大荷物だな。
そんなことを考えながら歩いていると、薄汚れた車が視界に入る。
確かレオーネの……エステートバンだか、ツーリングワゴンだか。
助手席に見える人影は、たぶんコイツらの仲間なのだろう。
車のサイズ的に、他に待機しているのがいても多くて三、四人。
強硬策で何とかなる――そう判断した瞬間、俺は歩調を緩めた。
「んん? おい、チンタラしてねぇで――」
十歩ほどをトロく進んだところで、だいぶ近くから長髪の声が。
銃弾入りのバッグを手放し、トトッとバックステップで距離を詰める。
そして「ココだ」というタイミングで、右のトラースキックを放つ。
「おぶぁっ!?」
顎を狙ったが足が上がり切らず、胸板を蹴り飛ばした。
それなりの衝撃はあったにしても、入り方としてはだいぶ浅い。
長髪の喚き声は、打撃への反応より奇襲への驚きが主成分だろう。
だから、予期せぬ展開への混乱が続いている内に、第二撃へと移行。
蹴り足を収めつつ体を半回転させ、そこから踏み込んでのタックル。
「うぇうっ――」
体勢を崩している相手に下から潜り込み、腰の辺りに取り付いた。
シャツに染み着いたヤニ臭さに、つい顔を背けたくなるのを耐える。
無抵抗すぎて、何か仕掛けてくるんじゃないか、との警戒も湧く。
しかし、長髪は戸惑ったままフラつくばかりで、反撃の気配は皆無だ。
だからといって、モタモタしていたら何が起こるかわからない。
なので、まずは行動不能にするために地面に転がす。
「おぉっ、おぉんっ!?」
両の膝裏を抱えた状態から引っくり返せば、妙な声で吼えた。
直後、長髪の背中と後頭部がアスファルトに思い切りブチ当たる。
恐らくコイツは、どうしてそうなったのかも理解できていない。
状況把握の猶予を与えず、マウントポジションからの追撃。
まずは顔の真ん中を狙い、連続して左右の掌打を落とす。
三発目で芯を捉えた感触があり、鼻骨を折ったのがわかる。
「んごっ、ぅごっ――ぶぃぁ、ぐぇあっ――」
テンプルへのフックで脳を横に揺らした後、髪を掴んで前に引く。
それから体重を乗せて地面に叩きつける、縦の揺さぶりを数セット。
跨った相手の全身が弛緩し、半開きの両目から瞳が消えた。
鼻腔からは濃い赤色が、滾々と流れて顔面の下半分を染めていく。
戦闘力は奪った、そう判断して立ち上がって次の標的へ向かう。
一撃目からここまで二十秒前後、ニット帽の男からのアクションはない。
それでも異変には気付いていたようで、俺の方を見据えて固まっている。
俺に対する盾のつもりか、アルジェントを前に出し震え声で訴えてきた。
「なっ、なななんっ……タンマタンマタンマ!」
止めたくなる気持ちはわかるが、聞いてやる道理がない。
敵対者の挙動を注視しながら、早歩きで間合いを潰していく。
その途中、右手の指に絡んでいた長い髪を振り捨てる。
「止まれってんだよ! じゃねえと刺すぞ、オルァ!」
アルジェントの首に左腕を巻き付け、右手に持った凶器を示すニット帽。
千枚通しかアイスピックかわからんが、太くて長い針状の金属の先を。
足は止めず、速度も緩めず、目を逸らさず、声も荒らげずに応じる。
「好きにしろ」
「うぇっ――マジで、マジでやんぞっ、ぉいっ!?」
「好きにしろ。だが刺したら、それを使ってお前の目を潰す。グッチャグチャになるまで潰す。まず右目から、次に左目だ」
凶器を指差しての予告で、俺の本気は十二分に伝わったらしい。
目線が泳ぎ気味になり、凶器の先端は震え、人質を抱える力も抜ける。
その隙を見逃さず、アルジェントがニット帽の拘束から離脱した。
わたわたしたキレの悪い動きでも、ビビッて動けないより五百倍マシだ。
何の遠慮も要らなくなったところで、大きく息を吸う。
そして息を詰めたまま、標的に向かって全速で突進。
「ひぅいっ」
シャックリの出来損ないめいた音を残し、ニット帽は車の方に逃げる。
危険を判断して撤退するのは、選択としては正しい。
だが、この状態での背を向けての遁走は、完全に不正解だ。
しかも逃げ足が遅いし、途中で足を縺れさせてスッ転んだ。
何なんだコイツは、と呆れながらも追い付き、そのまま前に跳ぶ。
そして起き上がりかけた相手の背中に、右膝から落下した。
「フッ!」
「おんごっ――」
強く息を吐くと同時に、ニット帽の背――肝臓周辺へ着地。
その衝撃で、アスファルトに額を打ち付ける追加ダメージも入る。
ヤケクソで暴れられる前に、行動不能にしておいた方がいい。
そんな計算から、耳の裏を狙って拳を繰り返し突き込んでおく。
薄皮越しに骨を殴る感触が四回、そこで相手の反応が消えた。
「あぁもうっ! ヒドいじゃないか、ケイト!」
「何言ってんだ、ちゃんと助けただろ」
「結果的には無事だったよ? でもさ、基本見捨てる方向だったじゃん!」
一段落したところで、アルジェントが抗議の声をぶつけてくる。
転がった千枚通しを拾いつつ応じるが、納得からは程遠い様子だ。
「まぁ落ち着け。あの場合は――っと、まだ終わってないらしい」
エンジンのかかる様子がないが、どうするつもりなのか。
そう警戒していたレオーネの助手席から、小柄な人影が降りてきた。
長らくお待たせしました……が、内容的にはいつも通りな感じです。
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