第126話 「億の金を動かすなら慎重になりませんと」
今回は川喜多(43話で荊斗に指を折られた、ヤマシタと名乗る探偵)視点になります
「コチラが今回の調査報告で……コチラは追加の情報ですね」
カバンから角2封筒を取り出し、二通をテーブルに並べる。
依頼人は少し迷ってから、調査報告の方に手を伸ばした。
見た目は三十代の半ばから後半、ナチュラルメイクに薄いサングラス、髪は無造作風に纏めていて、アクセ類もシンプルな地味美人といった雰囲気の女性。
しかし、それは計算というか作為の結果で、着ている服はハイブランドのものだし、腕時計や指輪やネックレスも、デザインが大人しいだけで価格はかなりゴツい。
十数枚を綴じたレポートを捲る指に、容姿にそぐわない年輪を感じる。
そこから疑いの目で観察すれば、整形でシワや弛みを消している気配も浮かぶ。
もし顔にメスが入っているなら、実年齢は十くらい上なのかも。
匿名を崩さない時点で胡散臭いが、どこまでも怪しい。
連れの男がいるにしても、探偵事務所なんていう珍妙な場所にいるのに、まるで緊張した様子がないのも不自然だ。
仕事柄、客の懐事情を推察する必要があって、知識や目利きはだいぶ鍛えてきた。
そんな俺が、直感的に「コイツはヤバい」と判断した相手だったが、仲介者がいたせいで断るに断れなかった――飛び込みの客なら、十中八九追い返していただろう。
安全のために、仲介者から依頼人の素性について聞き出しておいた。
四条真奈美――調査対象の姉弟からは伯母に当たる人物。
背景にあるのは親族間の財産トラブルらしいが、詳細は伏せられている。
「んだよ、このデブは。どっから出てきた、ぁあん?」
同封した写真を手に騒ぐのは、真奈美の隣で落ち着きなく煙草を吹かす男。
数字的には中肉中背なんだろうが、明らかな不健康さが漂っている。
年齢は二十から三十の間で、会話の内容からして真奈美の家族だ。
高そうな服やアクセを身に着けている、ってところまでは同じ。
なのにコチラは下品さが丸出しで、着こなしに総じてセンスがない。
総額二百万を費やして、売れないバンドマンの扮装をしているようだ。
「半月ほど前から、薮上家に出入りし始めた男ですね。身元については調査中ですが、姉の方を大学まで送ったり、弟を乗せてどこかに出かけたりと、運転手みたいな行動をしてます。車も買ってますね、中古だと思いますが、状態のいいラルゴ」
「車に運転手だぁ? クソガキ共が、無駄金使ってんなよ、ったく」
「報告書にも記載してありますが……その男、どうやら同居しているようです。もしかすると、ボディガードのような立場で雇われたのかも」
俺が告げると、真奈美は微かに顔を顰め、男はまだ長い煙草を灰皿の底で乱暴に躙って火の粉を散らし、ソファから立ち上がって吼える。
「は? 意味わかんねぇだろ! どうしてそんなんなんだよ、なぁ!?」
「私共からは、何とも……身の危険を感じる何事かがあったのでは」
質問に疑問で返すと、身に覚えがあるらしい男は、首筋をひと撫でして腰を下ろす。
標的である薮上姉弟への接触は、なるべく控えた方がいいとアドバイスしていた。
なのに、コイツらはそれを無視して、姉の鵄夜子を脅している様子だ。
実際のところは、監視がバレた俺が弟の荊斗の野郎に詰められ、指をヘシ折られた件が原因かもしれない――当然ながらそんなことは言わないが。
オーバーサイズの手袋の下で、左右の親指はまだギプスに固定されている。
俺たちのやりとりを気にかけず、真奈美は黙々と報告書を読み進める。
いかにも懸命に仕事してますよ、とアピールする意味も含ませて、結構ビッシリと文字を詰めているのに、中々にペースが速い。
要点を拾っての速読か、何となくの流し読みか、どちらだろう。
「あの家に出入りする人数が増えてるけど……理由は掴んでる?」
「弟が高校生になったんで、その学校の生徒ではないかと。数名分の写真や名前なら、追加情報の方に」
「庭に車が突っ込んだ、というのは何かしら」
「監視のない時間帯に起きているので、詳しくはわからないのですが……周囲への聞き込みによると、そういう事件があったらしく」
曖昧な報告に対し、真奈美は不満げな視線を寄越す。
気持ちはわからないでもないが、コチラは契約通り仕事しているだけだ。
毎日フルタイムでの監視になると、請求書はまぁまぁの数字になる。
それを説明すると、週に数回、数時間の監視という内容に落ち着いた。
監視中に異変や来客があれば記録し、鵄夜子の外出があれば行動確認。
それでも一ヶ月という長期間の調査になるので、料金はザッと数百万だ。
高いと思われても、客の要望にはキッチリ応えているので、文句は言わせない。
探偵の仕事は定石や常識を無視するものだし、定価も相場も存在してない。
広告に料金表を載せるなど、明朗会計を謳っている事務所も時々見かける。
しかし、アレも言ってみれば「基本料金」で、ぼったくりバーと同じくコチラの都合で料金はいくらでも上乗せされる。
この件も、本来なら倍くらいの額を請求する業務内容だったが、仲介者への義理もあってリーズナブルに抑えている。
「銀行への出入りや、銀行員らしい人物の訪問はないのね?」
「コチラでは確認してません。えぇと、何かしらの業者、でしたか? 警戒するように言われた、そうした相手との接触も、現状ではないようです」
「そう……だったら、いや……違うわね」
何かを言いかけ、それを引っ込めてレポートを睨む真奈美。
この仕事をしていると高頻度で見かける、ゲスっぷりが表出した顔だ。
調査対象が両親を失ったばかりの若い姉弟だし、やろうとしている方向性は大体想像がつく。
若干ウンザリさせられるが、金や女でオカシくなった連中がいないと、俺たちの仕事は成り立たないからな……
「しっかし、ハッキリしない報告だらけだな。高いカネ払ってんのに、このレベルはないんじゃねぇの?」
「スタッフ一同、全力は尽くしているのですが……」
微塵も思っていないが、申し訳なさを滲ませた声色と態度を見せ、男の苦情に対応する。
探偵が難事件を解決するフィクションのせいで、探偵の仕事がだいぶ勘違いされているのは、もう慣れたとはいえやはり面倒臭い。
拗れた問題を鮮やかに解決する、手品師の亜種だと思われても期待には応えられない。
一方で、探偵に頼めば何とかなると考えるマヌケも増えているので、功罪半ばするといったところか。
「よくやってくれている、と思うわよ」
「ありがとうございます……引き続き、調査の方を進めていきますので」
調査報告を読み終え、追加情報にも目を通した真奈美が言う。
彼女の視線は、薄いレポートと共に用意した、薮上姉弟と接触のあった人物の写真に注がれている。
望遠レンズを駆使しての撮影だが、どれもそれなりの鮮明さで姿を写している。
何人かは尾行にも成功し、既に住所や名前や家族関係を押さえてある。
「これと、これ……それから、この娘。調べてもらえる?」
「了解です。姉弟と同様の身辺調査ですか? それとも、名前と住所程度で?」
「……名前と住所、あとは簡単な生活環境ぐらいでいいわ」
簡単、といっても調べる方は簡単じゃないんだがな。
そう言いたいのを我慢し、作り笑顔で頷いた。
「承ります。一対象あたり、スタッフ二名で……それぞれ三日ですかね。基本料金は三件で四十五万になります」
「かーっ、またカネか。どんだけ巻き上げんだよ、オイッ!」
「ハハ……では、車両費や機材費はサービスさせてもらいますよ」
苦笑しつつ提案すれば、自分の一言でまけさせたと感じた男は満足気に引き下がる。
実際は、もう調べてある情報を勿体ぶって提出するだけなので、コチラの丸儲けと言っていいんだが。
その後いくつかの打ち合わせを済ませ、次回の報告提出の日程を決めると、真奈美たちは帰っていった。
ダルい面談を終え、精神的疲労を癒すために飲みにでも行くか、と考えつつ一服していると、事務所のドアが開くベルの音が。
「ああ、お久しぶりで……あいつらの御守り、大変じゃないですか」
「予測できる行動ばかりだ、大した手間でもない」
現れたのは、今回の件の仲介者――鞆重だった。
他で見たことがない苗字なんで、おそらく偽名なのだろう。
いつも通りに自信に満ちた態度と隙のない身嗜みで、有能なビジネスマンか弁護士のように見えるが、その正体は複雑怪奇の極みだ。
鞆重は来客用の椅子には座らず、立ったままでシガーケースを取り出す。
そして両切り煙草にマッチで着火し、燃え殻を灰皿に落とした。
「どうなってる、進捗は」
「必要な情報なら、大部分を渡しました。近い内に仕掛けんじゃないですか」
「弟の方……薮上荊斗、だったか? アレはどうなんだ」
「あー、まぁ、多少ケンカっ早いだけのガキですね。心配無用かと」
「そのガキにボロ負けした奴の言葉、どこまで信じていい?」
皮肉っぽく言うでもなく、単に事実を述べた雰囲気なのが腹立たしい。
反発心もあったんで、とりあえず鞆重に反論しておく。
「不意を突かれたってか、たまたまケンカ売られただけっていうか……立場的に、反撃するワケにもいかないですし。コッチの身元はバレてないし、依頼人も漏らしてませんよ。そこらへんは前に報告しました」
「気になるのは、お前をどこか別の相手に雇われてると思ってる気配があった、という部分なんだが」
「学校関係の聞き込みで、雪枩の息子――次男の方と揉めてた、って話が出てます。複数の証言があるんで、そっち方面じゃないですかね」
真奈美には伝えてない情報を開示すれば、鞆重は溜息交じりに紫煙を長く吐く。
子供用の風邪薬に香辛料を混ぜて煮詰めたような、独特の香りが強まる。
何という銘柄の煙草なのかを前に訊いたら、自分でブレンドした葉を手巻きしたオリジナルだ、と言ってたっけか。
「ここで雪枩が出てくる、か……」
「噂だと、内部で派手にゴタゴタがあったとか何とか」
いくつか情報を提供してやろうかと水を向けたが、既に知っているのか或いは興味がないのか、空中に揺蕩う煙を目で追っている。
数秒の変な間を置いてから、鞆重はクルッと俺の方へと向き直った。
やけに険のある視線で見据えられ、目を逸らすことができない。
半ば固まっている俺に、鞆重は普段よりも重量感を増した声で言う。
「雪枩に関する諸々は伏せておけ。それと、荊斗が不良集団なんかと繋がってた場合、正面から圧をかけると面倒を招く可能性もある」
「……バックを調べますか?」
「いや、その危険があるとの前提で動けばいいだろう。あいつらが搦手で仕掛けるよう、上手く誘導しろ」
「ハイハイ、っと。億の金を動かすなら慎重になりませんと――」
冗談めかして返そうとするが、途中で寒気を感じて止める。
何をやってるのか大体把握してるぞ、と匂わせてみただけなのに。
鞆重の様子に変化はないけれど、ヤメた方がいいと本能でわかった。
気まずい沈黙の後で、鞆重は煙草を揉み消しながら言う。
「追加で一つ依頼だ、探偵」
次章の前フリ回で、幕間その3は終了となります……4章の開始をしばらくお待ちください。
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(26/1/11追記)1章終了後の幕間に、1章の登場人物紹介を追加しました。
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