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第55話 あたしの番

 シユティの『雷神の鉄槌』がアンナの一枚目のシールドを割った直後、


「来ますっ‼」


 アンナの言葉と同時に物凄い衝撃が、背後からアリシアに襲い掛かってきた。


「きゃぁっ⁉」


 直後に押し出される。空気の壁が押し寄せ、息が詰まった。


「アリシア、姿勢制御に集中して!」


「そんなこと言われなくたってしてるわよ‼」


 ミナリーの声に応えながら。アリシアは必死に風圧に押し上げられそうになる箒を抑え込んだ。押し上げられたら最後、箒のコントロールを失って衝撃に吹っ飛ばされてしまうだろう。


 背後から加わる力は三人を前へと進ませる。


 どれだけの時間が経っただろうか。


 やがて、彼女らを押し出していた力が徐々にその勢いを失っていく。


 衝撃に耐えていたアリシアは、推進力が自らの箒から生まれるものだけになったのを確認して、大きく安堵の息を吐いた。


 アリシアは背後を見る。遠くの空に見える米粒ほどもない小さな影。あれがシユティだとしたら、かなりの距離が開いている。


「狙い通りです」


 と、何食わぬ顔でアンナが言うと、


「「狙い通りですじゃない‼」」


 事前に何一つ狙いを聞かされていなかったアリシアとミナリーは口を揃えて叫んだ。


 誰一人欠けることなく飛べているのが奇跡だ。アリシアとミナリー、片方でもほんの少し呼吸がずれていたら下手をすれば三人揃って墜落していただろう。我ながらよくアドリブで対応できたものだとアリシアは自分自身に感心する。


「まったくもぅ……。まさかシユティ先輩の魔術をシールドで受け止めるなんてビックリしたよ」


「やるならやるって先に言いなさいよ! 合わせる身にもなりなさいよねっ!」


「巻き込むつもりはなかったのですが、お二人の仲の良さなら何とかなるかと思いまして」


「な、なんとかって……」


「まあ、何とかなったわけだけど……」


 アリシアとミナリーは互いに顔を見合わせ、曖昧な笑みを浮かべあった。ミナリーとだから何とかなった、なんて言われてしまえばこれ以上はあまり強く言えない。


 アリシアは、それにしてもと話を変えた。


「『虐殺の魔女』の魔術を推進剤に利用するなんて、よくこんな無茶苦茶な策を思いついたわね」


 アリシアは呆れてため息を吐いた。


 アンナが張った二枚のシールド。一枚目はシユティの『雷神の鉄槌』が持つ魔力量を測るためのオトリだったのだろう。本命は二枚目で、一枚目で観測した魔力量に合わせて二枚目の魔力量を調節したのだ。


 魔術にその魔術が持つ魔力量と同等の魔力量をぶつけることで互いに消滅させる技術を魔力シールドと呼ぶ。この際、ぶつける魔力が多すぎれば魔術と魔力の衝突によって大きな衝撃波が生まれ、逆に少なすぎれば魔術に押し込まれ魔力シールドが破られる。


 ならば、やや多い程度。やや少ない程度ならどうなるか。


 アンナはそのギリギリのラインを見極めた。シユティの魔術に魔力をぶつけ、シールドを破られないギリギリの魔力量を維持してあえて押し込まれた。そうすることで魔術を受け止め、推進剤として利用したのだ。


「私はあまり飛ぶのが速くないので、せっかくだから利用してやろうと思いまして」


「結構いい性格してるわよね、アンナって」


「そう褒められると恥ずかしいです」


「褒めてないわよ?」


 たぐいまれな魔力制御技術を持つアンナだからこそできる、神がかり的な曲芸だった。


 ただ、やっぱり一言くらい事前に説明しろとアリシアは思う。


 アドリブで何とか対応できたものの、危うくバランスを崩すところだった。そうなればミナリーとアンナも巻き込んで大クラッシュだ。アリスとの勝負どころの話じゃなくなっていた。


 ……だがまあ、上手く行ったのだ。『虐殺の魔女』と大きく距離を開くことができた。同時に序盤で遅れていた分の巻き返しにもなった。先頭集団はまだずっと先に位置しているが、


(追いつけない距離じゃない)


 アリシアはギュッと、箒のハンドルを握りしめる。


 方法はともかく、アンナは見事に『虐殺の魔女』の脅威を打ち破った。彼女が前のレースで『虐殺の魔女』に煮え湯を飲まされたことはアリシアも知っている。そして、彼女があの敗北からどれだけ努力を積み重ねてきたのかも。


 だから、


「次は、あたしの番よね」


 アンナにくっつく形で密集していた陣形から抜けて、アリシアは二人より前に出た。


 レース直後から行く先を阻んでいた一般参加者たちはシユティによって薙ぎ払われた。先頭集団との間を飛ぶ箒は疎らだ。アリシアの行く手を阻む者はもう居ない。


「ついて来れなきゃ置いてくわよ、ミナリー、アンナ!」


 アリシアは飛ぶ。


 遠くに見える先頭集団。そこへ追いつくために、全力で魔力を注ぎ込む。


 序盤に温存した分、魔力の残量は十分だ。アリシアはスピードをぐんぐん上げて、先頭集団との間に居た他の参加者たちを次々にごぼう抜きして行く。


 やがて、前方に山脈が近づいて来た。王都の東に広がるアパッチ連峰。コースはこの山脈で北に進路を変更し、尾根沿いにアメリア峡谷へと至る。


(ここで先頭集団に追いつく!)


 アリシアは箒の頭を上向きにして高度を上げた。前を行く集団はそう遠くない。丁度、尾根を越えようとしているあたりだ。距離としてはもう五キロとなかった。


 後ろを振り返ると、ミナリーがピッタリと追随している。アンナはその後方、やや離れてはいるがしっかりと追ってきていた。


「やるわね、二人とも!」


「これくらい余裕だよ、アリシア」


「わたしはちょっと限界――」


「それじゃ、これはついて来れるかしらっ‼」


 十分に高度を上げたアリシアは、尾根を越えたと同時にその斜面に沿って急降下する。


 風圧が押し寄せた。箒は落下の勢いもあいまって急激にスピードを上昇させる。それに伴って、心臓が口から出て行ってしまいそうな感覚がアリシアを襲った。


(もう少し……!)


 斜面に沿って猛スピードで下りながら、アリシアはタイミングを待つ。早すぎれば落下の勢いを活かし切れない。遅すぎればそのまま地面に突っ込むことになる。


 そのギリギリを、見計らう。


「今っ‼」


 そして一気に、箒の頭を持ち上げた。箒が空気を切り裂いて、浮き上がる。落下の勢いを殺すことなく、箒は岩肌寸前を突き進んだ。


「わ、わたしもあれをやるのですか?」


「行こう、アンナちゃん!」


「み、ミナリーさん待っ――」


 ミナリーとアンナもアリシアに続いて斜面を猛スピードで下り落ちる。アリシアほど斜面ギリギリを飛ぶことはなかったが、加速をつけて先頭集団まで一気に近づく。


「凄いよ、アリシア! もう先頭集団に追いついた!」


 目と鼻の先を飛ぶ集団を見て、ミナリーは歓喜を含んだ声を上げた。


 だが、先を飛ぶアリシアは気づいていた。


「…………違う、先頭集団じゃない」


「えっ?」


「姉さまが居ないのよっ!」

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