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第27話 競技魔術師

 日が暮れて夜になり、わたしとアンナちゃんはお風呂を済ませてから学食で夕飯をとることにした。


 いちおう、アリシアの部屋に寄って扉をノックしたけど返事はなかった。明かりもついていないようだし、まだ帰ってきてなさそうだ。


「頑張ってるなぁ、アリシア」


「今度のレースがそんなに重要なのでしょうか」


「アリシアにとっては、すごく重要なんだと思うよ」


 わたしたちにとっては、ちょっとしたレクリエーションのようなものだ。上級生とレースを通じて交流ができる。その程度の認識でしかない。


 けれど、アリシアにとってはお姉さんとの真剣勝負の舞台だ。アリシアは本気でアリス先輩に勝とうとしている。昨日出会ったばかりのわたしには推し量れないような、様々な思いを抱えながらレースに挑もうとしている。


「ミナリーさん、お腹がすきました」


「そうだね。食堂いこっか」


 アリシアのために何かしてあげたいけど、わたしにできることって何だろう?


 なんて考えながら、アンナちゃんと一緒に食堂へ向かう。


 食堂は昨日よりも混雑していて、空いている席はほとんどなかった。


 それでも何とか二人で座れそうな場所を探して腰を落ち着かせる。


 今日は昨日食べられなかった魚介系にしよっかなぁ。すぐ傍のスペリアル湖で水揚げされた新鮮な魚介類は、とても美味しそうな見た目をしている。


 とりあえず片っ端からお皿に盛りつけて、これ以上載らないという限界に達してからテーブルに戻る。


 料理に舌鼓を打ちながら、わたしはアンナちゃんとの他愛のない会話に花を咲かせていた。話題に上るのは互いの故郷のことや、好きな料理だったり、いろいろだ。


 そうしていつの間にか、話題はわたしとアリシアの出会いの話になっていた。


「昼間に衝突ですか? 昨日は晴天で視界も良好でしたが」


「う、うん。そうだったんだけどね……」


 わたしはぼーっとしていたし、アリシアは後から聞いたら考え事をしていたらしい。そうしてわたしたちは、あのどこまでも続く広い大空で偶然にもぶつかり合った。


「不思議な縁もあったものですわね」


「本当だよね。それから試験でも色々あったよ」


 思い返せば思い返すほど、今ここに自分が居ることが不思議になってきちゃう。何か一つでも違えば、わたしは今頃元の町に戻ってクレアさんやナルカちゃんと食卓を囲んでいたかもしれない。


 ロザリィの言う通り、不思議な縁もあったものだ。


 ……ところで、


「どうしてロザリィが隣に座ってるの?」


 わたしの隣の席に座って自然な流れで会話に混ざりこんできたロザリィに訊ねる。彼女は「ぅっ……」とうめき声のようなものを口から漏らして、頬を少し赤らめた。


「し、仕方がなかったのですわ。ほかに席が空いていなかったんですもの! 不可抗力というやつですわよ!」


「そっか。まあ、別にいいけど」


「か、勘違いするんじゃありませんわよ、ミナリー・ロードランド! わたくしたちは敵同士ですの! 仲良くする気なんて一切わたくしにはありませんわ!」


「うん。わたしにもロザリィと仲良くする気なんてないから安心していいよ」


「なんでそんな酷いこと言うんですの⁉」


「えぇっ⁉」


 売り言葉に買い言葉のつもりだったのに、ロザリィは急に涙目になった。とっさに「じょ、冗談だよ、冗談」と宥めると、ほっとした様子で胸をなでおろす。


 な、なんだか妙なことになってる気がする。


「冗談でも言っていいことと悪いことがありますわ」


「ロザリィから先に言ってきたのに……」


「そんなことより、アリシアさんは一緒じゃありませんの? 姿が見えませんけれど」


 ロザリィは周囲を見回してアリシアの姿を探す。けれど、アリシアはまだ食堂にも来た様子はない。


「アリシアさんなら、今度のレースに向けて練習中です」


 ロザリィの疑問に答えたのはアンナちゃんだった。


 それを聞いて、ロザリィは納得したように頷く。


「なるほどですわ。今度の新入生歓迎レースですわね。さすが、バルキュリエといったところかしら」


「どういう意味?」


「バルキュリエ家は競技魔術師の家系ですもの」


 競技魔術師。


 聞いたことのない名に首をかしげていると、ロザリィはため息を吐いた。


「そんなことも知りませんの? 競技魔術師とは、ウィザード・レースを生業とする魔術師のことですわ。魔術師の中でもエリート中のエリートですわよ」


 ロザリィによると、ウィザード・レースはわたしが知らなかっただけでアルミラ大陸全土で頻繁に開催されているそうだ。特に、四年に一度行われるアメリア大陸各国の代表によるレースは、開催国では国を挙げた一大イベントとして大いに盛り上がるらしい。


 他にも王立魔術学園のような各国の魔術師育成機関の代表者が競い合うレースもあるそうで、ウィザード・レースは大陸全土で貴族平民問わず娯楽として親しまれているという。


「そうなんだ。まったく知らなかったよ」


「あなた、本当にこの国の国民ですの……?」


「た、たぶん……」


 ここまでウィザード・レースについて知らないと、自分でもちょっと不安になってくる。


 たぶんレインさんとクレアさんがそういったことにあまり興味がなかったから、わたしの耳に入る情報が極端に少なかったのだとは思う。もっと新聞を読んだりしていれば、多少の知識は入っていたかもしれない。


 そういえばわたし、前世から活字をあんまり読まなかったなぁ……。


「とにかく、バルキュリエ家は多くの競技魔術師を輩出してきた家系ですわ。アリシアさんのご両親も競技魔術師で、アリス様も卒業後は競技魔術師になられるとか。アリシアさんの気合の入りようにも頷けますわね」


 ロザリィは「さすがアリシアさんですわ」と何度も納得したかのように頷いている。


 家のことは、アリシアにはあんまり関係はないと思うけど……。バルキュリエ家がどうこう、競技魔術師がどうこう、と言うよりアリス先輩に勝ちたいとしか考えていなさそうだ。


「でも、こんなに遅くまで大丈夫なんですの?」


「え?」


「そろそろ、学食閉まっちゃいますわよ?」

next→第28話 サンドイッチ


2020/11/8:10時過ぎ頃更新予定

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