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あおとみずいろと、あかいろと  作者: 蒼真まこ
最終章~あおとみずいろと、あかいろと
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流れゆく時間

 父に激写されそうになるのを華麗にかわしながら、時にポーズをとって良い構図を撮れるようにサービスするのに慣れた頃には、数年が経過していた。

 最初は鬱陶(うっとう)しくてたまらなかったけど、どんどん溜まっていく写真に快感を覚えつつあった。父との会話もスムーズにできるようになっていて、長年共に暮らしていた父と娘みたいだ。


 おじさんも外出することが少しずつ増えるようになった。つまりはデートだ。近所のスーパーで再会した、昔の同級生の女性と親しくなったらしい。何でもちょっとだけ因縁というか、縁がある女性なんだそうだ。大人だからだろうか、穏やかな恋を少しずつ育んでいってるみたいだ。


 おじさんがデートで外出するようになると、私は父とふたりで過ごしたり、父が仕事で不在な時は家でひとりで過ごすのも平気になっていた。昔は寂しくてたまらなかったのに、私も成長したものだ。


「……って思うんだけど、どう思う? 海斗」

「オレたち、そろそろ二十歳だぜ。成長して当然だろ」


 海斗とは高校卒業後も変わらず付き合っている。

 海斗は経済系の大学へ行き、私は保育士になるため短大へ進学した。


「しかし、おまえが保育士を目指すとは思わなかったなぁ」

「元々小さい子は可愛くて好きだったけど、お母さんのこと考えてたら、さらに興味をもつようになったんだ。母親になれることを楽しみにしてたのに、その夢は叶わなかったから。だから大変な仕事だけど頑張ってみたい」

「朱里ならできるよ、大丈夫だ」

「ありがとう」


 父もおじさんも、私の将来の夢を応援してくれた。お父さんなんて、泣きながらお母さんの遺影に報告していた。まったく、親バカなんだから。


「ねぇ、お父さん。お父さんは誰か別の女性と再婚しないの? 私のことなら気にしなくていいよ。もうそういうことを気にする年齢でもないし、お母さんだってきっと反対はしないでしょ?」


 私が作った夕食を一緒に食べながら聞いてみた。お父さんは穏やかに微笑みながら答えてくれた。


「朱里、俺はね、一生分の恋を桃子にしたんだ。そのことに悔いはないし、これからも桃子を愛し続ける。他の女性が入り込む余裕は俺の心にはない」

「一生分の恋……そこまで思いつめなくても」

「俺はこれでいいんだ。朱里の幸せを邪魔するつもりはないから、気にしなくていいぞ」

「そういうつもりじゃないんだけど……」


 お父さんは本当に一途だ。今でも亡くなったお母さんのことを想い続けている。

 

 時間が過ぎていく中で楽しい事ばかりあったわけではない。長年療養していた祖父母が相次いで亡くなった。先におばあちゃんが亡くなり、それを見届けて安心したかのように、おじいちゃんが息をひきとった。

 お父さんが送金してくれていたお金のおかげで、介護施設で穏やかな晩年を過ごせたそうだ。たまに会いに行くと、おじさんによく似た穏やかな微笑みが印象的な二人だった。お父さんが日本に戻ってきて、きっと安心したのだろう。


 楽しいことも、悲しいことも経験しながら、時がゆっくり流れていく。



「朱里、今日はいい天気だし、外で写真を撮ろう。青葉もいるし、海斗のやつも後で来るんだろう? 四人揃っての写真を撮っておこう」


 父の提案で四人並んで写真を撮ることになった。その日はお母さんの命日だ。お父さんは何も言わないけど、天国のお母さんに見せてあげたいのだろう。

 後で来た海斗が「え、オレもいいんスか?」って言ったけど、海斗もいずれ私たちの家族になりそうだから、きっといいよね。


「じゃあ撮るぞ。並んで、並んで」


 一番小柄な私が真ん中に立ち、取り囲むように父とおじさん、そして海斗。

なんでもない写真だけど、とても幸せな構図だ。

 そう思った時、不思議なことが起きた。お父さんの横に、きらきらと太陽の光が差し込み、眩しいと思った瞬間。そこには、はにかむように微笑む女性が立っていた。それが誰なのか、考えるまでもなかった。


「お母さん……」

「桃子……」


 それは本当に一瞬のことだった。ただの幻覚と言われれば、そうかもしれない。けれど確かに、わずかな間、そこに存在していた。


「桃子はきっと、朱里の結婚相手を見に来たんだな……」

「そうだろうな。アイツは朱里の幸せを心から願っていたから」


 私は堪えきれず、泣いてしまった。海斗が私の肩を支えてくれている。


 お母さん、私の夢、ひとつ叶ったよ。お母さんに一目会いたいって夢が。ありがとう、会いに来てくれて。

 そして、もうひとつ夢ができたんだ。保育士になりたいって夢とは別の夢。

きっと叶えれると思うから、もう少しだけ見守っていてくれる?


  私の思いに応えるように、青い空はみずみずしく、どこまでも澄み切っていた。 



                ※※※


 私は無事に保育士資格を取得し、保育園で働いている。大変なことも多いけど、頑張っていくつもりだ。

 海斗は商社に就職し、毎日忙しく働いている。

 最近の悩みの種は、海斗とすれ違いになることが多くて、デートができないってこと。仕方ないことではあるけれど、海斗と会えなくて寂しかった。


「海斗! 久しぶりだね」


 久しぶりに会えたことが嬉しくて、思わず抱きついてしまった。


「おまえはあいかわらず、大胆なのか、鈍感なのか、わからんな」

「何それ。久しぶりに会えた恋人に言う台詞(せりふ)?」

「嬉しいんだよ。オレも朱里に会えて。わかってるだろ?」


 照れくさそうに笑う海斗が愛おしかった。


「なぁ、朱里。オレたち、付き合い長いし、そろそろいいんじゃねぇ?」

「いいって何が?」

「だから、そろそろ決着つけようっていうか」

「長年の宿敵みたいに言わないでよ。ハッキリいってほしいな」

「だから、その~あの~」

「何言ってるか、わかんないよ、海斗」


 海斗は小さなジュエルケースを取り出し、無愛想(ぶあいそう)に差し出した。


「オレと結婚、してくださいっ!」

「うわぁ、どストレート……」

「何だよ、嫌なのかよ」

「嫌なわけないでしょ? ずっと待ってたんだから。もうちょっとロマンチックに演出してほしかったけどね」

「ごめん、オレ、サプライズとか苦手」

「そうだよね、海斗はそういう奴だよね。だから好きなんだけど」


 海斗の顔が一気に赤くなる。大人になってもこういうところ変わらないね。

大好きだよ、海斗。ずっと一緒にいようね。


 私と海斗は結婚する。共に生きて幸せになるために。


「ねぇ、海斗。ひとつだけ叶えたい夢があるんだけど、いいかな?」

「朱里の夢なら、全部叶ったんだろ? あと何が欲しいんだ?」

「たいしたことじゃないよ。でも天国のお母さんに見せたいの。協力してくれる?」

「いいよ。朱里の願いなら何でも協力してやる」


  私のささやかな夢を叶える時が、もうじきやってくる。



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