希望を写していくこと
その日から、お父さんは私を撮ることに熱中した。
仕事もあるので、毎日家にいるわけではないけれど、仕事から戻ってお土産を渡されてはパチリ、食事してるところをパチリ、テレビを見て笑ってるところをパチリ、と隙あらば写真を撮る。
自分から言い出した手前、あからさまに拒否するわけにもいかず、カメラから逃げることしかできないのがなんとも悔しい。そうして、カメラをもった父に家の中を追いかけまわされるという、シュールでスリリングな日々を送ることになった。
正直、超うざい。
けれど、さすがはプロの写真家だからだろうか。現像された写真を見ると、「これが私?」と思うぐらいきれいに撮れていた。普段着の私の何気ない仕草を、古びた家を背景に写真を撮ると、まるで一枚の絵やポストカードのような魅力があるのだから不思議だ。
「良い写真だろう? モデルもいいけどカメラマンも優秀だからな!」
なんて言われると、素直に誉められなくなる。父親なら、いい加減気付いてほしいよ……。
やがて私だけを撮ることに飽きてしまったのか、おじさんの写真も撮るようになった。おじさんと一緒に料理を作るところ、ごはんを食べてるところ、家の中を飛び回るように写真を撮っている。ああ、鬱陶しい。
「おじさんからひとこと言ってやってよ。少し自重してくれって」
おじさんは笑いながら頭を振る。どうやら何も言わないつもりのようだ。
「僕はちょっと楽しいけどね。まるで昔に戻ったみたいだ。僕と水樹と桃子で過ごしていた頃みたいで。朱里、気付いてるか? 写真を撮ってる水樹も、撮られてる朱里も笑顔になってることを。なんだかんだ言いつつも、この状況を楽しんでるだろ?」
「そ、それは写真を撮る以上、ぶすっとした顔だと嫌だから」
「はい、はい。そういうことにしておこう」
この状況が楽しいかどうかはともかく、笑顔が増えたのは事実だと思う。お父さんが撮った写真をお母さんが天国から見ていると思うと、できるだけ笑顔で対応しようと思ってしまうからだ。それを「撮られて楽しい」と思われているのだろうか。うーん、なんだか悔しい……。
家から逃げるように、海斗とのデートにもよく行くようになった。その海斗でさえ、今の状況を何とも楽しそうに笑うのだ。
「海斗、笑い事じゃないよ。父親に写真を撮られまくる日々って大変なんだから!」
「わりぃ。でも面白いなって。写真を撮ることを条件にした娘と、それを真に受けて本気になったプロの写真家。やっぱり面白いわ」
おかしくてたまらないといった様子で、クスクス笑っている。
「笑わないでよ。まさかこんなことなるなんて思わなかったんだから」
「でもさ、やっぱりプロだよな。いい写真撮るよ。いっそ人物の写真も撮るようにすればいいのに」
お父さんが撮った写真を見たいというので、もってきてあげたのだ。
「私もそう言ったことあるよ。そしたら、『人物を撮るのは数人だけと決めている。桃子と青葉、そして朱里。三人だけだ。朱里の彼氏も、気が向いた時だけ撮ってやってもいいけどな。おまけとして』だって」
「オレはおまけかよ。面白いな~朱里の親父さん」
「そうかな。ただの親バカだよ」
「いろいろ問題ありそうだった親父さんを、ただの親バカにしたのは、朱里だよ。おまえだからできたんだよ。そういうことをさらりとできるところ、すごいよ」
「そうかな?」
「そうやってな~んも意識してないところが、また朱里らしくていいけどね」
「なんかバカにされてる気がするんですけど?」
写真って不思議だ。自分を捨てた父親に、あんなに苛ついてたのに、今はもう昔のことって気がするのだから。きれいに撮られては笑い、面白おかしく撮られては笑い。
私とおじさん、お父さん、そして海斗。みんなで笑い合う日々が増えていく。