思いを告げて、心とけて
「桃子、好きだ。俺とつきあってほしい」
何のひねりもない、実にストレートな告白だった。
どう告白するか考えに考えたが、桃子に笑顔を向けられた途端、全て吹き飛んでしまった。我ながらなんとも情けない。結局、ごくありふれた言葉しか出てこなかったというわけだ。それでも逃げることなく告白できたことだけは、自分で自分をほめてあげたい気分だ。
「水樹が私を好き……? それって女の子として、って意味?」
「あ、あたりまえだろ。でなきゃ、『つきあってほしい』なんて言うかよ」
「そ、そっか……」
桃子の顔が、ぱっと赤くなった。自分でもそれがわかるのか、顔を手で覆っている。
ああ、可愛いな、桃子は。
「あ、あのね、水樹。返事は少し待ってくれる? 突然だったから少し考えたいの」
「お、おぅ。待つよ。返事はいつでもいいから」
「いつでもいい」とは言ったものの、本音はすぐにでも返事をもらいたい気分だ。けれど、ここで彼女を急かすわけにはいかない。俺は待つしかないんだ、男らしく。
それから数日間、桃子は俺の顔を見ると、恥ずかしそうに顔を背けるようになってしまった。可愛い仕草だとは思うけど、桃子がどんな答えを出すのか不安でたまらない。思い切って声をかけても、早々に離れていってしまう。
ダメなんだろうか? 俺、桃子にフラれるのかなぁ……。
待つと言った以上、どうなんだと迫るわけにもいかず、じりじり待ち続けるしかない。指折り数えながら、桃子の返事を待ち、ようやく彼女から声をかけてもらえたのは、告白から一週間が経っていた。
一週間ぶりに一緒に帰ることになったが、いつものように会話が弾まず、沈黙だけが流れていく。
うう、やっぱりフラれるんだろうか?
「水樹、遅くなってごめんね。この前の返事なんだけど……」
桃子の足がぴたりと止まり、俺のほうに体を向ける。普段は見られない真剣な眼差しだった。破滅へのカウントダウンのように、心臓が激しく音を立てている。
ああ、これはまちがいなく、ダメだ。きっとそうだ。
「あ、あのね……」
「いいんだ、気にすんな」
できるだけ男らしく、静かに立ち去ろうと思った。
「? 私、まだ何も言ってないけど?」
「俺、フラれるんだろ?」
「誰に?」
「だから、桃子が俺を」
「あのねぇ。私、まだ何も言ってないよ? 本当に水樹は見かけによらず小心者なんだから」
「あっ、いつもの桃子だ」
皮肉っぽいことをさらりと口にする。まちがいなく、普段通りの桃子だった。
「私で良かったらお願いします」
すぐには意味がわからなかった。お願いします? 何を?
「ごめん、桃子。もう一回言って」
「もう! 恥ずかしいんだから、何度も言わせないでよ。私で良かったら、おつきあいしてもいいよ、って言ってるの!」
腰に両手をそえ、ぷんと頬をふくらませる彼女。その仕草が、たまらなく可愛い。
「それって、つまり。お断わりってことじゃなくて、桃子が俺とつきあうってこと……?」
桃子の頬が、赤く染まっていく。さすがに恥ずかしくなったのか、ぷいっと顔を横に向けた。
「だから、そうだって言ってるでしょ!」
「や……」
「や? 水樹、なに?」
「や、やった~~!!! マジ、マジで俺と? うわぁぁぁ、ど、どうしょ! あああ、うれしいぃぃぃ!」
「ちょ、水樹。日本語になってないよ? 何言ってるのか全然わかんない」
「桃子、ありがとう! うわぁぁぁ、おまえが女神に思えるぅぅ! いや、ちがう、天使だ!」
どうしよう? うれしすぎて言葉にならない。決め台詞をいっぱい考えてたのに、全部吹っ飛んでしまった。
「ちょっと落ち着きなさいってば!」
桃子に背中をさすられ、ようやくこれは現実なんだと実感する。そう感じた途端、今度は目に涙がたまってきた。これまでの緊張が一気に溶けていくのを感じる。
「俺、うれしすぎて泣けてくる……」
「今度は泣くの!?」
「だって、だってさ。絶対フラれるって思ってたもん……」
「もぉ! 水樹ってば叫んだり、笑ったり、泣いたりして、まるで子どもみたいね。かわいい」
「かわいいとか言うなよぉ。これでも男なんだってぇ」
「泣くのか、男らしさを主張するのか、どっちかにしてよ」
「そう言われてもぉ……」
一度あふれ出した涙は止まらず、小さな子どものように泣きじゃくる。ああ、情けねぇなぁ。ちっとも男らしくないよ。
「しょうがないなぁ。これなら少しは泣き止める?」
桃子は俺に寄りそうように体を寄せると、さっと俺の手を握った。柔らかくて、少し小さい手。温もりがゆっくりと伝わり、今度は体がかぁっと熱くなる。
「つ、つないでる。俺と桃子の手が! 恋人みたい!」
「だから私と水樹、恋人になるんでしょ? ちがうの?」
「ち、ちがわない! 俺と桃子、こいびと!」
「わかった、わかった。もう話さなくていいよ、水樹。時間はたっぷりあるんだもの。ゆっくりと、おつきあいしていこうよ。ね?」
幼子の手をひく母親のように、桃子は俺を手を握りしめたまま、ゆっくりと歩きだした。
ああ、桃子は俺を選んでくれたんだ。手の温もりが、これは夢じゃない、現実なんだって教えてくれる。
「俺、桃子、大事にする。ぜったい、泣かさない」
「泣いてる水樹に言われてもねぇ。でも嬉しいよ。そこまで喜んでくれると思わなかったから。これからよろしくね、水樹」
「うん、うん、うん」
「もう、いつまで泣いてるのよ? まるで私が、いじめてるみたいじゃない」
桃子は困ったように笑いながら、俺の涙をハンカチで拭いてくれた。
ごめんな、桃子。こんな情けない俺で。でも今だけは泣かせてくれ。嬉しすぎて、涙が止まらないんだよ。
こんなに幸せな涙があったのだと実感しながら、桃子と共に歩いた。この道が永遠に続きますように、と願いながら。