恋は切なく、危うく
恋というものは、もっと美しくて、太陽の光の中で咲き誇る花々のように輝いていると思っていた。恋する人の側にいられれば、それだけで十分なのだと。
現実はどうだろう。恋する桃子の側にいたばかりに、彼女の奥底の思いに気付いてしまった。桃子の幸せだけを思えば、俺は黙って彼女を見守り続ければいいのかもしれない。俺さえ、我慢すればいいんだ。
「そんなの、無理だ……。俺、そこまで大人じゃないよ……」
頭の中に桃子と青葉が、幸せそうに寄り添う姿が浮かぶ。それを想像するだけで、体が引き裂かれそうになるほど辛かった。桃子が青葉のものになってしまったら、俺はふたりの幸せをずっと、側で見守り続けなければいけないのだから。桃子への思いを、永遠に封印しておくことなんて、できやしない。それほど桃子のことを好きになりすぎてしまった。
「俺はなんて、小さい人間なんだろう……。なんで、桃子の幸せだけを願えないんだよ?」
自己嫌悪で、頭がおかしくなりそうだった。
知らなかった、恋がこんなにも辛いものだとは。自分の醜い本性というものを、嫌というほど思い知らされる。
悶々と悩み、苦しむ日々が続いた。どれだけ考えても、堂々巡りになるばかりで、答えが出てこない。
苦しくとも、桃子と青葉の前では気付かれないように、お調子者の水樹を装った。それがちっぽけな人間の俺ができる、せめてもの気遣いだった。
「ねぇ、水樹。最近、悩んでることでもあるの?」
勘が鋭い桃子に、少し気付かれてしまったようだ。
「進路のことで、ちょっとね。俺だってお年頃だからさ、先々のことは気になるわけ」
学生らしい悩みを、さりげなく打ち明けた。これなら疑われない。本当のことなんて、言えるわけがない。
「進路ね……。たしかに私たちには避けては通れない悩みよね」
どうやら桃子は信じてくれたようだ。
「だろ? 俺は青葉ほど勉強できないから、もうちょっと気楽な学校に行きたいんだよね。でもどこがいいかっていうと、それがわからなくて……」
嘘ではない。本当のことだ。もう青葉と同じ学校には行きたくなかった。青葉のことは好きだけど、これ以上比べられたり、まちがわれたくない。
「たしかに水樹と青葉は、別々の高校に行ったほうが、のびのびできるかもね」
「桃子はそう思ってるの?」
意外だった。俺と青葉、そして桃子も同じ学校へ行くことを望んでいると思ったから。
「だって水樹も青葉も、双子であることをあまり騒がれたくないんでしょ? だったら、高校は別のところを選んだほうが穏やかに過ごせると思う」
桃子は、俺と青葉のことをよくわかってるんだ。その気遣いが嬉しかった。
「私も高校は少し、自由な校風のところへ行こうと思ってるんだ。アルバイトもしたいし」
「桃子は青葉と同じ高校へ行きたいんじゃないの?」
「だって私、青葉ほど勉強得意じゃないもん」
桃子はいたずらっぽく笑った。その笑顔は少し寂しそうで、ずきりと心が痛んだ。ああ、やっぱり桃子は……。
「じゃ、じゃあさ! 俺と桃子、一緒の高校へ行かない?」
「水樹と?」
心をごまかすように口にした言葉だったが、名案のように思えた。
「俺も桃子と同じで勉強できないバカだしさ、この際だから一緒の高校へ進学しようぜ!」
「バカは余計でしょ。でも、それもいいかもね~」
桃子は楽しそうに笑っている。その笑顔は眩しく、秘かに悩み続ける俺の心に差し込む一筋の光だった。
ああ、俺はやっぱり彼女が好きだ。側にいることをあきらめたくない、自分の気持ちを伝えたい。桃子と一緒の高校へ行けたら、どれだけ嬉しいだろう?
「青葉とも進路のことは話してるんでしょ?」
「え? う、うん。少しは話してるよ」
「同じところを選ぶ必要はないけど、よく相談しておくといいかもよ。せっかく仲良くなったんだから」
「そうだね……」
桃子との会話で、ふと気づいた。まずは青葉に桃子へ告白することを相談してみてはどうか? と思ったのだ。青葉は桃子への気持ちを、おそらく気付いていない。ならば今、俺が桃子への気持ちを青葉に話したら、あいつの性格から考えて、あっさり引き下がるのではないだろうか?
それなら、青葉を傷つけることなく告白することができる。その後、桃子に告白して、それでフラれたら潔くあきらめよう。そうだ、それしかない。
それは青葉の気持ちを欺く行為に繋がるとも気付かず、俺はようやく導きだせた答えにすがってしまった。
どうしても桃子だけは、あきらめたくなかった。希望の光のように輝く彼女の隣に、ただいたかったのだ。