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020  未熟

ミコトの視力に頼り、部屋を割り出し、ミナに案内させ、アヤセを救えたところまではいい。当初の目的は達成した。だが……



「……ったく、アタシは戦闘要員か何かか……?」



 たしかに力比べは得意だし、他の失敗作よりかは我慢強い自信がある。痛みへの耐性だってそれなりについているし。

だが……アヤセとこの研究員が使っていた力はアタシには使えない。この部屋の絶対零度に、アタシは耐えれそうにもない。素の力でコイツに勝てるのか……?


「くそっ!逃した……あいつを野放しにしておくわけには……」


くそったれ研究員は何やらぶつぶつとアヤセを逃してしまったことを後悔している。正直うるさいから、黙るかアタシに集中するかにして欲しいものだ。


「逃げた兎の心配をするたぁ、よっぽどアタシに勝つ自信があるみたいだな」


「お前のような出来損ないに負ける自信を持つ方が大変そうでな。ましてや魔法も使えないただの失敗作ときた。勝てるわけねえだろ、諦めろ」


その言葉を最後に、研究員は呟くのをやめた。

代わりに、言葉なのかすらわからないような、呪文に似たなにかを唱える。


「寒に染めろ」


研究員が冷たい瞳をこちらに向けて放った呪文で、この部屋の温度は更に急降下した。

アタシがもしも失敗作でなくて人間だったなら、既に凍死していただろう。


「……っ」


「もう苦しそうじゃないか。さっきのはブラフだったのかよ?」


「はん!んなわけねえだろこのスカタンが」


片眉を上げて笑ってみせたが、かなり辛い状況だ。体が凍ってそろそろ動けなくなる。


「……ちくしょう」


アタシはまた、研究員に負けるのか?

何も抵抗できないまま……屈服させられて終わりなんだろうか……。

ここでくたばったら、次は絶対にアヤセが狙われる。もしかしたら、魔力を流されたアタシよりも酷い目似合うかもしれない……。


それじゃあせめて……。太刀打ち出来なくとも、ここで突っ立って時間稼ぎくらいなら出来るんじゃないだろうか。


ああ、でも……。

もう……瞼が下がってきた。

また、駄目だ。

強いフリをしても、アタシは結局弱いまま……。

情けねー……。



「……っゔ、ぁ」


下がりそうだった瞼も、下がることすら許されず冬に囚われる。肌にもひびが入っているような感覚が走っている。それはただの感覚ではなく、ぱきぱきと自身の肌が崩れ落ちているのが視界の端にとまる。だが、その落ちた皮膚ですら固まり、滓と顔面がひとつながりになってしまう。

痛い、はずなのに。

その痛さすらも鈍ってきてしまっている。


「くそが……アタシに力があれば…」


「……唇が動いていないぞ、おかげで何を言ってるのかすら聞き取れんな」


表情こそ変わっていないが、男の目は、アタシを嬲るのが楽しみだ、というかのように爛々と輝いている。いや、もしかしたら比喩なんかではなく、本当に輝いているのかもしれない。

彼の瞳は、精巧な氷細工のように美しい。その美しさは、この不思議な力によるものかも知れないと、直感的に思った。


「零に咲け」


男の言霊で、アタシの足元は身動きができなくなった。身体が思ったように動かないので確かめることはできないが、足枷のようにアタシの足首を氷が覆っているようだ。


「これで、逃げられなくなった……って、わけかよ?」


ほとんどが吐息ばかりで、音にならない声を彼に投げかける。当然聞き取れなかったようで、まったく意に介さずアタシの動向を観察している。


さあ、これでアタシは死亡する未来がより色濃くなったらしい。

またアタシは作り直してもらえるだろうか。もしかしたら、直されたアタシはもうアタシではないのかもしれない。

ここで死ぬのが、受け入れられるわけじゃない。死にたくない。

あいつらともう話せずに死ぬなんて……そんなの嫌だ。

最も、失敗作に死という概念があるのかどうかアタシにはわからないが。


「お前が終わったら、No.187だな」


「…………」



抗えない……。

アタシはもう諦めてしまった。


もう……抗えない……だめだ。


…………そんなことないですわ、さあ逃げましょう?


……!?待て、お前は…………


行きますわよ、さん、にい、いち…………




「はっ…!?どこ行ったんだ!?」


素っ頓狂な男の叫び声だけが部屋に残され、アタシと、『アタシの頭の中にある誰か』と、気を失っていた薄汚れた失敗作は、氷の部屋から忽然と消えた。









◆◆◆







「はっ……」


身体の冷たさは変わらないものの、絶対零度の部屋と比べたら幾分も暖かい場所のおかげで感覚が多少戻ってきた。

半開きだったままの目をかっと開く。


「あいつ、は……」


「あいつ……って、わたくしのことですの?」


シルクのようになめらかな声が、今度は頭の中ではなく鼓膜を通して聞こえる。アタシはこの声に聞き覚えがある……はずだ。


「……シルフィー?」


「ええ、正解ですわ」


鈴のような小さい笑い声を彼女はあげる。くすくすという可愛らしい音が背後からしているが、未だにアタシは身体が思うように動かない。振り向くことは不可能だ。


「お前の姿が見えない」


「まあ、それは……身体が凍っているんですから、仕方がありませんわ」


いかにも落ち着いた様子でシルフィーは語りかけてくる。この感じだと、凍ったアタシの身体を溶かしてくれそうにもない。


「なあ、身体をどうにかしてくれ」


「わたくしの管轄外ですわ……ああ、炎を操っていたアヤセさんならどうにかできるのではないでしょうか」


「どうしてお前が、アヤセが炎を操れることを知っているんだ。お前があの棟にいたことは聞いていたが……部屋で起こっていたことに関しては知り得るはずもないだろ」


「……乙女の秘密ですわ。あまり野暮なことは聞かない方が利口じゃなくて?」


「生憎、この性格なもんでね。利口だなんて言葉はどっかに捨てた」


「諦めが悪いこと……」


シルフィーは大袈裟にため息を吐く。そんなに落胆しなくてもよくないか?



「面倒ですわね……さっさとアヤセさんの所に送りますわ」


「は?いや、ちょっと……」


「恨まないでくださいまし?ロミさん。わたくしは貴女の敵ではないのですから」


さん、にい、いち……


シルフィーは消え入りそうな声でそう呟き、アタシの背中に触れた。


「頼みましたわ」



最後にそんな、人任せな言葉を残し、アタシはまたどこか、知らない部屋に飛んだ。









◆◆◆







「うぁ、っ……さむ……い……」


ぱちりと目を覚ます。

さっきまで寒い部屋にいたせいで、身体ががくがくと震えている。

ベッドに寝転がり、掛け布団に包まっているがやはり変わりはない。無意味とすら感じてしまうほどに。


「ア、アヤセ……!!」


途端、視界が黄緑に染まる。若々しいこの色は、生命力を感じさせる。


「ミコト……」


どうやらぼくは、ミコトに抱きつかれているようだ。布団ではない、生物の暖かさで多少震えが収まる。


「ごめんね……ほんとにごめん……」


見るとミコトの肩は上下にゆれている。

泣いている…んだろう。


「泣かないでミコト、謝ることじゃないし」


「で、でも……」


察するに、ミコトの助けに応じた結果、ぼくは負傷しているので、彼女は責任を感じているのだろう。

たしかにミコトが発端とはなったが、入り込んだのはぼくの勝手だ。ミコトが責任を感じる必要はないのだ。


「それに……ミコトのおかげであの棟の現状がわかった。あそこをあのままにしておくわけにはいかない……」


それに、殴られていた失敗作も助け損ねている。ロミが救おうと試みているだろうけど、心配だ。

ロミは意外と打たれ弱い。

我慢強さはあるが、それでも女の子だし、ぼくの偏見かもしれないが、力がない。それに加え、懐柔しやすさすらあるのだから。

なによりも男の研究者に対してはトラウマを植え付けられていてもおかしくない。

ロミにあの部屋は、きっと……



「えっ、うわっ!!?」


ミコトの驚く声が部屋に響く。


「ど、どうしたの?」


「な、なぜかわからないけど……これは……失敗作……?かなり汚れていて、まあ……臭うけど……」


ミコトの視線の先を見ると、先程までいなかった失敗作が床に転がっている。よく見るとそれは、ぼくが助けようとした失敗作だ。


「でもどうして……ワープしてくるなんて……」


もしかして、あの男がここにワープさせたのか……?だとしても、男からしたらあの棟の失敗作が第三棟に送られるのは避けたいはず。失敗作への暴力も禁止されているし、暴露されては彼の不利益になる。


「ロミに何かあったんじゃ……」


ぽつりと言葉を零したその時、部屋の扉が轟音を立てて開かれる。



「ちょっと!!アヤセ!!?」


耳が避けるほどの怒号を散らしながら入室してきたのは、表情筋がぶち切れそうなほどニコニコしているヤイチだった。

こ、こわっ!?今度こそ殺されるんじゃ……!?


「落ち着けぇヤイチ!」


あまりのヤイチの殺気に気づかなかったが、車椅子の後ろにはヒトハが立っている。ヒトハの声に、ヤイチに驚いていたぼくとミコトは幾らか安らいだ。


「言ったよね……?無理はするなってさあ……!!?」


額で青筋がびくびくと脈打っている。

これは……たぶん、いや、かなり……やばい?


「ご、ごめんなさい!すみませんでした!!無理しました!はい!」


「そんなことはわかってるんだよ!!」


「はいっ!ですよね!!」


ヒトハに視線で助けを求めるが、だらだらと汗を流しながらそっぽを向いてしまった。ミコトも同様だ。


「アヤセはいつもいつもそうやって……!!」


ヤイチはぐちぐちとお小言を続けている。もはやぼくなんか目に映っていないんじゃないかと思うくらいだ。


「聞いてるの!?」


「聞いてます!!はい!!」


彼女のお小言にがくりと肩を下げる。

そろそろ意識が飛びそうな……そのとき。





「くそが……シルフィーのやつ……」


部屋に、まるで最初からそこにいたみたいに自然と、ロミが現れた。


「えっ、ろ……え?いや……ロミ……!?」


あまりにも現実離れした現れ方に、呂律が上手く回らない。一体、ぼくの頭がおかしくなってしまったのかと思ったが、よく考えれば小夜にもワープさせられたことがあった。

汚れた失敗作も、それと同じ方法でこの部屋まで飛ばされたのだろう。


それに、ロミがここに飛ばされてきたことで、ワープの主は男ではないことが確定した。

狡猾なあの男であれば、わざわざ逃がすことなんてしない。


「えっ、ロミ……!?」


ミコト、ヤイチ、ヒトハも目を剥いて驚いている。


「な、なんでここに……てか、身体、凍って……!?」


ヒトハがロミの身体をじっくりと見回し、そして驚愕する。


ぼくなんかよりも重度な凍傷を負っている。凍っているせいで身動きを取ることすら大仕事のようだ。

そうか、ぼくは何故かわからないけれど、炎を出せたから凍っていないのか。

と、いうことは……



「ロミ、今から温めるけど、もし熱かったら言ってね……」


ぼくも身体に穴を開けられてあるのでそっと手を伸ばし、ロミの身体に触れる。



「……包み込め」


あの男に使ったときとは違う、温かい心を込めて、ゆっくりと。


「とけていく……」


死人のように白かったロミの肌は、やっと色を取り戻してほんのりと桃色に染まっていく。


「あ、肌が……」


凍っていたおかげで繋がっていた皮膚の一部が熱によってほろほろと落ちていく。

色を失ったそれは雪のようで、薄く儚げに思えた。


「……っ、けほっ……」


ロミは凍っていたことによる身体の緊張と、張り詰めていた精神が緩んだことで、小さく咳をしながら眠ってしまった。


「……アヤセ、これは一体……」


事情を知らないヤイチが、訝しげにぼくに尋ねる。


「まだ、わからない……。ぼくには、まだ……」


ぼくには、まだ情報が少なすぎた。

未熟だ、ぼくは。

守りたいものすら、守れなくて。

ロミちゃんは、意外と弱いです。


次回 シルフィーを追え!

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