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019 燃え上がれ

 怒りが体中を駆け巡るのが、その血液の熱さでわかった。次第に熱すぎる血脈が眼球に集まり、今にも焔が出てしまいそうだ。目が焼ける、そうは思うのだが、ぼくは今の自分の感情を抑える術を知らない。


「おいお前!やめるんだ、これ以上続けたら……」


 研究員は、慌てた様子でぼくの怒りを鎮めようとする。が、こんなこと、ぼくに効くと思うのか?


「お前のようなゲスに止められるほど、ぼくの怒りは安くないぞ」


 自分でも驚くほどに低い声が喉から飛び出た。そりゃあ、綾世だったころは声変わりをしていたからこれよりも低かったけど……女になってからは初めてだった。


 今なら、いつもよりも大きな力が出せる。

 根拠も何もない自信だったが、疑う欠点もないほどにぼくは力に漲っていた。


「後悔しろ、ぼくを怒らせたことを」


 思いのままに腕を振るう。特に意識をしていた訳ではなかったが、指先から何かが飛び出たような気がする。

 杞憂ではないことを確かめるため、放ったであろう方向に視線をやると、そこにはぼくの腰まであろうかという大きさの焔が立ち上っていた。それも、一本や二本ではなかった。


「お前、魔法が使えるのか!!何なんだ、この失敗作は!!第三棟にこんなのがいるなんて聞いてないぞ!!」


 研究員は喚きと唾を散らして怒号をあげている。いい気味だ。もっと絶望して、焦って、狂ってしまえばいい!


「くそ、ご法度だが……ここでは法なんか関係ない……!」


 研究員は、なにやらぼくには聞き取れない呪文のような祝詞を呟く。あちらも、ぼくと同じように魔法を使う気だ。

 しまったな、ぼくは今初めて魔法が使えるようになったばかりなのだ。なんなら、どうやって使えたのかすら不明のまま。大きな感情の揺らぎによって起こる、ということしか考えられない。


 ここで、負けてしまったら……今ぼくの隣で横たわっている失敗作の女の子はこれからもこいつに嬲られ続ける。それだけは駄目だ。それがこの世界の基本だったとしても、ぼくには受け入れられない。

 エゴイストだ、ぼくは。

 ぼくが許せないことを、今から相手に押し付ける。

 でもそれが、間違ったことだとは思わない。


「綺羅びやかに輝け、血を求め貫け」


 男が最後に呟いたその言葉を皮切りに、室内の温度が急激に下がる。ぼくが焔を先に出していなければ、体を震わすことすらかなわなかっだろう。

 なんだ、温度を下げるだけか。

 そう侮ったのが間違いだった。


「なんだ……これ……!?」


 凍ってきた壁の端から、氷柱が生えてくる。温度が低下したのだから普通なのだが、ぼくが驚いたのは氷柱が出来たことに対してではない。


「この大きさは……!?しかも、宙に浮くだなんて……」


 ぼくの身長まであるかという程の巨大な氷柱が、先端をこちらに向けて浮いている。また、新たに生えてきた氷柱も、ある程度成長して男の周囲を漂う。


 まさか、これを飛ばしてくるんじゃあ……!?


「絶望しろ!!No.187!!」


 鋭く男が腕を振り下ろす。その指示に従うようにして、数々の氷柱はぼく目掛けて飛んだ。


「うぐっ!?」


 なんとかして急所を避けようとし、体をねじる。だがそんな努力も虚しく、心臓などの急所ではないものの、腕や脚を氷柱が切り裂いてゆく。かすり傷で済んでいるところもあれば、完全に貫かれた部位もあるようだ。

 痛さで頭がくらくらする。今にも倒れ込んでしまいそうで、傷つけられた部分がこの絶対零度の部屋で最も熱かった。

 吐き気もする。だけど、どんどん感覚がなくなっていく。これが冷たさのせいなのか、ぼくの体が生きることを諦めたのか、ぼくには到底理解ができなかった。


「どうだ、痛いだろう。ただでさえこの寒さだ、生きていくにはつらすぎるだろう?」


 男は勝ち誇ったように嗤う。


「お前が先程出した炎魔法も、じきに消える……というより、お前自身に炎を維持できる力は残っていないはずだ。さあ、さっさと負けを認めてここから出ていけ」


 こいつの目は、この部屋のように冷淡だ。光の一つも灯らないような、まるで暗闇を閉じ込めたみたいな眼差しだ。


「諦める……ものか……くそったれ……!」


 さっきと同じように、ぼくは、体中の血液を沸騰させようとした。が、寒すぎるせいなのか、簡単に体温が上がってくれない。だけども、それで攻撃をやめていい理由にはならなかった。


「燃え上がれ!!」


 凍ってばかりだった血が、しっかりと流れるようになる。そして、ぽたぽたと滴り落ちる血液が、どんどんと熱を帯びていく。やがて熱を帯びるだけだったものが、めらめらと炎を出し始めた。

 脚に突き刺さった氷柱は、ぼくの血によって溶け、ぬるりと地面に落下した。貫通していただろうから、今のぼくの脚からはあちら側が見えている。

 そのドーナツの穴からは想像を絶する量の血が溢れ出し、それらは体の外に出ていく度に発火する。部屋の温度が上がる代わりに、ぼくは大量出血でまともに思考することも難しくなってきた。


「お前なんか……に、負けてたまるか……」


 やがて視界も暗幕を垂らしはじめる。薄ぼんやりとした氷の部屋を最後に、ぼくの世界は終わった。



 ……はずだった。


「てンめえ、こんなところでくたばってるんじゃねーよ、死ぬぞ!!」

「どっこいしょっと!アヤセ、なんか重いねー??」


 怒号と、なにやら楽しんでいるような声がぼくの耳を貫く。なんだなんだ慌てていると、次第に体が浮くような感覚に襲われた。開くのが億劫だったが、なんとか瞼を動かすと、銀の髪を携えたミナに抱えられているのかがわかった。


「この部屋さんむいねえ、大丈夫?」


 言葉では心配しているのに、声色からは全くそんな気がしなかったが、これがミナなのだと、安心した。必死だったから感じる暇もなかったが、ぼくは孤独で戦っていて不安だったみたいだ。


「大丈夫……じゃ、ない……」

「ひええ、それは大変だね!!」

「ミナ、ふざけてないで早くこの部屋から出るのです。何やらよく分かりませんが、厄介な研究員はロミが対処してくれています。自分もサポートしますので、早く」


 機械的なこの話し方は、きっとムクだ。みんな、ぼくを助けるためにここまで来てくれたのか……。


「はぁ……はぁ……!!やっと……追いつい、た……アヤセ、無事!?」


 遅れて入ってきたらしいミコトは、相当に息を切らしている。この様子だと、ミコトが遅れてしまった訳ではなく、ミナやロミが先走ったのだろう。


「ミコトは僕と一緒に帰るよー!!さあ、バックバック!!」

「え、今来たばっかなんだけど!?」


 ミナの大仰な動きによって、ぼくの身体もぐわんぐわんと揺れる。き、きもちわるい……たしか、ミナと初めて会ったときもこんな感じだったような……。


「ロミ!あとは任せました!第三棟に着き次第、他の研究員を呼びます!」


 ムクの呼びかけに、呼ばなくたってアタシ一人で倒す、と返したロミの声は少しばかり揺れているような気がした。


 ごめん、ロミ、名も知らない失敗作の女の子……。

 ぼくは、誰も救えずに戦闘不能になり、更には仲間も巻き込んでしまった。

 情けなくて、合わせる顔がないよ……。


「お前まさか……ミナっ……」


 どんどん離れていく喧騒の奥で、研究員がそう叫んだような気がした。ぼくはここで意識を飛ばしてしまって、彼の言葉の意味を尋ねることはできなかった。

やーっと出せました……本格的な魔法……。

ロミ救出のときもそうでしたが、戦闘シーンは本当に難しい……。これからの展開のためにも、練習しようかな……。


次回 彼女は

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