012 小夜との遭遇
本編に戻ることにしました!
いずれナズナのお話は書きます。
けほ、けほ、と軽く擦れた咳をしながら二人が待機していた闇の中へ戻った。ぼくが姫抱きにしているロミはだんだんと意識が戻って来たようで、薄く目を開いた。
「テメっ……」
「はーい落ち着いてーロミ」
アタシを姫抱きにするとはいい度胸だなァ!? とぼくに噛み付きそうになったロミを抑えたのは、何時も通りの声色をしたヒトハだ。
「ふむふむ……君の体は非常に疲れきっているね」
ヒトハは医者のようにロミの体をぺたぺたと触り、胡散臭い診断結果を自慢げに告げた。あんまり信用出来なさそうな、適当な診断結果だったけれど、彼女の部屋には多量の医療道具があるので嘘ではないだろう。
「心臓への負荷、精神疲労……暴れまわったのかな……筋が切れてる」
今までに見た中で一番真面目そうな表情をしているヒトハは、知らない誰かのようで少し怖かった。淡々と述べられていく症状は全て命中していて、暗闇の中なのにすごいな、と感心せざるを得ない。
「うん、まずは治療しようか」
ヒトハ女医の指示の元、一旦彼女の部屋に戻ることになった。
そろそろ限界を迎えそうな腕と足を引き摺りながら歩こうとした。__その時、ぼくの肩に誰かの手が置かれた。
驚いて振り返るが、手の主は見つからない。今はロミを抱えてるから危ないのにっ!!
心の内でそう叫ぶが、誰にも伝わっていない。ぼくの焦りを知ってか知らずか、女性の低い声が耳元で嘲笑うように響いた。
「ははは……そこまで露骨に驚かれると面白いな」
「貴女、誰ですか!? これ以上ロミに危害を与えるようなら__」
許しません。ぼくの口は確かにそう動こうとしていたのだが、ごわごわした手で塞がれてしまった。ごわごわの正体はきっと黒い包帯だ。そうなると、この手は…
「ちょっと待て……コイツが探してたヤツだ」
満身創痍になっていたロミだ。
探してたヤツ、ということはこの女性が小夜なのだろうか。ヤイチが言っていた通り、どこか気だるげでだらしが無さそうな雰囲気がする。
「帰らなくても、ここで治療していけばいい。No.63の体に合う魔力を流せばいいんだ」
小夜はぼくの腕の中のロミに手を翳し、日本語ではない異国語を唱えた。途端、ほわりと優しく淡い光がぼくらの視界を包む。
「ぐっ……」
ロミが微かに苦しそうな声を出したので、何事かと小夜がいるであろう方向を睨む。しかし、ロミがそれ以上苦しみの声を上げることがなかったので、不思議に思いながら矛を収めた。
「……体が軽い」
「そりゃ、お前を形造っている魔力の素を流したからな。魔素ってやつ__いや、ここからは黙秘事項だった、すまんすまん」
小夜の説明を食い入るように聞いていたぼくは、最後の一言で転けてしまいそうになった。漫才の途中で舞台が終わってしまった気分だ。煮え切らない好奇心がくすぶっている。
「さて、君たちがここに来たのは何かしらの理由があるんだろ?」
降ろせと暴れ出したロミをそっと床に立たせ、蹴られた尻を摩りながら小夜がいるべき方角へ目を向けた。
「のりか画鋲…紙を貼れる道具が欲しいんです。あと、靴も」
小夜はふーむ、と少し考える素振りを見せて、コミカルな笑い声を上げた。
「ここから出してくれだとか、処分してくれだとか言うのかと思ったら……。あまりに無欲だね、君たちは。いいだろう、明かりが点いた部屋で渡そう」
出してくれ、という要望は過去にあったものなのだろうか。結構充実した毎日なので、わざわざ出ようとは思わないが…。やはり、外の世界に興味がある失敗作が多いのだろう。
ぼくが第三棟から出たいと願う時は、きっと自分の体の謎についての好奇心が暴走した時だと思う。
「足元ご注意。ここは暗いから」
ぼくら四人は、ロミが繋がれていた機械の奥にある部屋へ案内された。
♦ ♦ ♦
小夜に案内された部屋は、資料室と同じように陰鬱とした闇で包まれていた。ひんやりとした石の床を歩くたび、骨に冷たさが沁みる。
「そういえば、No.187は資料室で倒れていたな」
「あ、はい……」
資料室にあった電気を点けるための凸凹に、小夜は手を翳した。
魂を吸い取られるような不快感を思い出し、ぞわりと鳥肌が立つ。生身の人間がアレに触っても平気なのだろうか…?
「ま、慣れてないと大変だよな」
しかし、ぼくの心配は杞憂に終わったようだ。小夜は何事もなかったような顔をしており、脂汗の一つもかいていない。
しかも、部屋の電気は煌々と光り輝いている。ぼくじゃあ、あんなに光らなかったのに……。
「これって、何を動力源としているんです?」
「魔力だ。電気に限らず、研究所の機械はほとんどが魔力で動かされている。お前たちのような魔力で作られた少女では、自身を吸い取られるようなものだ」
なるほど、ぼくの体が魔力で出来ているならば、魔力を餌にして動く電気に触れて生気を失うのは当たり前だ。
それにしても、ぼくの世界にはなかった魔力という力が、ここまで便利だとは思わなかった。日本で魔力だの魔法だのを口走れば、オタクだ、中二病だ、と罵られたのに、ここでは当たり前のように使われている。未だに違和感が拭えない。
「その点、私ら研究員の生命は、血と肉で出来ている。魔力は副次的なモノだから、お前たちのように体調を崩したりはしない……限度はあるが」
本人の技量にもよる、と一言付け足して、小夜はガラクタの山に手を突っ込み始めた。
この中に靴や画鋲があるのだろうが、オイルまみれの機械に埋もれた靴は、出来るだけ履きたくない。
「……っと、あった」
油でギトギトの靴が出てくるかと思いきや、小夜が手にしていたのはアンティーク調の小さな鍵だった。鍵穴を回す為に必要な棒部分には、八分音符らしき記号が刻まれている。茶色の鍵に金色の音符が、妙に目立っていてミスマッチだ。
「sostenuto」
小夜がそう呟くと、鍵が生き物のようにぐにゃぐにゃと変形し、やがて、人一人が通れそうなほどのサイズの扉になった。
目の前で起こる、怪奇現象に近い事象にぎょっとする。
……もしかして、ここって、意外とファンタジーチックな場所?
「さ、靴やらなんやらはこの中だ。……どうしてそんなに不思議そうな顔をする? まぁ、私たちのように研究員として働かないと慣れないか」
独り言をぼそぼそと呟きながら、長身を不思議の国のアリスさながらに捻じり、小夜は変形した鍵__いや、扉をくぐった。
えーっと、ここはこうで……そうそう、こっちこっち
小夜の独り言はクレシェンドをかけ、ついには最大音量になって扉から出てきた。
「とりあえず、No.187、No.63、No.1108、No.81の分の靴は出した。これ以上は……もう少し時間をかけないと見つからないだろうな。それと……残念ながら画鋲類は見当たらなかった。一体何に使うんだ?」
「部屋の前にルームプレートを取り付けたいんです。間違えて入ってしまうと迷惑とか……まあ、色々あると思うんで」
「はーん、なるほど。それは悪かったな。明日までには部屋の前にナンバーを彫っておこう」
監視棟の長に、研究所を改造するまでの権力があるのだろうか?
そんな疑問を表情から読み取られてしまったようで、小夜は悪人のような笑みを浮かべてこう告げた。
「私はこの第三棟で一番の権力を持っているからな。棟にもよるが、第三棟では監視長が最大の権力者だ。私の思い一つでお前たちを吹き飛ばすことだって出来る……いや、しないから安心してくれ」
ぼくらの誰かが怯えた表情をしていたようで、小夜はあからさまに戸惑いを顔に出した。
吹き飛ばす、という言葉にはさほど恐怖を覚えることはなかったが、どちらかと言われれば【監視長が最大の権力者】という言葉に震えた。
……ぼくらは今、この棟で一番力を持っている人に頼みごとをしているんだ。
その事実がぼくの顔色をさっと変えさせた。
「さて、お前たちの用事は済んだだろう。ここにいつまでも居れば他の研究員に目を付けられるぞ。襲われたくなけりゃ、早く帰るんだ」
「ここから帰るのは随分と時間がかかるのですが……」
ヤイチが申し訳なさそうに眉を下げて、小さく発言した。
たしかにそうだ、と思ったのか、小夜は手をポンと打って先程の扉を元の小さな鍵に戻した。鍵はしばらくの間淡い光を発しながら宙に浮かんでいたが、やがて重力を思い出したかのように小夜の手のひらへ降り立った。
「それはそれは……配慮が足りなくてすまなかったな。ちょっと待ってくれ……legato」
小さな鍵は、小夜の詠唱に合わせてリズミカルに発光する。チカチカと踊るように光る鍵は10回ほど発光した後、ドロドロに溶けて液状になってしまった。
液状化した鍵が触れた床は、電球ほどの明るさを含み始めた。次第にその明るさはぼくらにも付き纏うようになり、終いには脚を掴まれてしまった。光の中に妖怪でも潜んでいるんじゃないか、と疑ってしまうほどにその動作はなめらかだ。
「なんですかコレぇ!!?」
ヒトハが怪奇現象に叫ぶ声が聞こえたが、ぼくもロミもヤイチも、他に気を遣っていられないほどに焦っている。
「落ち着け落ち着け、ただのワープゲートだから。身を任せれば廊下まで運んでくれるから」
「ただのワープゲートっ!? う、うわぁぁぁ!!」
光に飲み込まれ、溺れまいともがいている内に、いつの間にか廊下に出ていた。
……監視棟、こわっ!!
ファンタジー要素は書いてて本当に楽しいです…!!
小夜と監視棟の物置は、言わずもがな【音楽】がテーマでした。理由は特にないですね(笑)…たぶん。
長い間、投稿出来ず、申し訳御座いません。来週末にテストがあるので、しばらくは不定期で遅すぎる投稿になりそうです。
次回 新たな失敗作、現る…??