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011 少年は少女を救いたかった

 ぼくらは談笑しながら歩き、食堂前の廊下までやって来た。


「……で、扉とかないけどどうするの?」


 食堂の向かいの壁をまじまじと眺めるが、どこにも入口らしき穴や扉はない。体当たりで突き破れ、だとか、壁を破け、などと言われても実行できそうにない。監視棟に入ったことがあるらしい、ロミに頼るしかなさそうだ。


「……」


 ロミは、ぼくたちのそんな雰囲気を肌で感じ取ったのか、すたすたと入口があるらしい壁の前まで歩いた。そして、すっと静かに手を翳す。

 その様子はやけに慣れていて、何度も出入りしたことがあるのが分かった。背格好しか見えないので、彼女がどんな顔をしているかは分からないが、その背中は悲しそうに見えた。


「……ほらよ」


 ロミが壁に手を翳してから数秒、カチっという、鍵が開いたような音があったものの、壁に変化はない。


「……?」

「見てろ」


 不思議そうな顔をしていたのか、ヤイチとヒトハが噴き出す声が聞こえた。そんなに変な顔をしていただろうか……。眉を下げて落ち込むぼくを見かねて、ロミは壁を見ることを促した。


 ぐっと目を凝らすと、壁が僅かに振動しているように見えた。言葉の通り、それは本当に僅かで、虫の羽のように微弱なものだった。


 しかし、塵も積もれば山となる、とは言ったものだ。微弱な振動は次第に大きなものに変わり、地響きみたいな轟音を鳴らしながら壁が割れたように開く。それは魔法のようでもあり、破滅に近付くカウントダウンのようでもあった。


「ロミ、これどうやって……」

「原理は知らねぇ……ただ」


 ロミはちらりと自分の手を見やり、そして伏せた。私は何もやっていません、と自供する殺人犯のように。そして、またふと目を開いて、空洞が出来た壁に見せつけるように、顔を上げる。


「……そう、教えられただけだ」

「そっか……?」


 ここから先は、どうにも踏み込んではいけないような気がして、そんな気持ちを誤魔化すように空洞へ歩を進めた。






 空洞はひんやりとしていて、人の気配を感じさせない妙なものが漂っている。肌に刺さるピリピリとした焦燥や緊張がぼくの心を落ち着かせてくれない。もう少しで目的が果たせそうなのに、全く嬉しさが湧きあがってこないのだ。


「……気持ち悪い」


 ヒトハの声が空洞に反響する。裸足で床を鳴らす音が歓声のようだ。


「どこまで行っても暗いけど……。本当にここに監視棟があるの?」

「地図で書いてある通りなら、絶対にここなんだけど……」


 良く判らない仕掛けもあったし、ここで間違いないと思う。だけど、見渡す限りの黒がぼくたちを覆っているだけで、何かがあるとは感じられない。


 いくら目に神経を集中させても、何もかもが見えない__そう思った時、ぱっと局所的にライトが点いた。そのライトはコバルトブルーの瞳を光らせるロミに向いていた。


「ようこそ! 麗しき緑の失敗作、No.63よ!」


 レディースアンドジェントルメン! と言いだしそうなほどに陽気な声が、暗闇の中に響き渡った。うざったいまでの甲高い男の声は、キーンと鼓膜に大ダメージを与える。


「ここに来たということは、そういうことなのだろう!? ああ、嬉しいなぁ嬉しいなぁ」


 革靴の音が空洞の奥から響き、スピーカーでもついているのか、耳元で鳴っているような感覚がする。大きすぎる音圧が、ぼくらの肌に鳥肌を立たせる。


「またテメェかよ。仲間になる気はねェって何回言ったら分かるんだよ。頭悪いんか」


 ロミが嫌悪感たっぷりに、陽気な男へ啖呵を切った。初めて聞いた冷たい声は、ぼくらを凍らせはしたのだが、太陽をそのまま表現したような男には全く通じなかったらしい。いつの間にか目の前へやって来ていた男はニタニタと気色の悪い笑みを浮かべている。


「君の才能は、失敗作にしておくには勿体無いのだよ」

「知るかそんなもん、アタシは小賢しいお前らと一緒になる気はねぇって言ってんだよ」


 話の内容が全く理解できない。しかし、それはぼくだけではないようで、ヒトハもヤイチも訳が分からない、といった表情で男とロミの会話を聞いている。


「……ふーん。じゃあしょうがないな。今日もまた…やるしかないようだねぇ?」


 男の言葉にぞわりと悪寒が走る。体を舐めまわすような話し口調は、足先から頭のてっぺんまでをもくすぐる。

 嫌な予感がして、ロミの方へ視線をやる。案の定、彼女も嫌悪をたっぷり含んだゴミを見るような目で男を睨んでいた。


「今更逃げたって遅い。どういう目的か知らないが、仲間を連れてきたのは間違いだったようだね」

「アタシはお前に会いに来たんじゃねェ。小夜とかいう研究者に会いに来ただけだ。変態はお呼びじゃねェんだよ!!」


 ロミの瞳がきらりと小さく光り、それを合図に、男の顔面に回し蹴りを喰らわした__ように見えた。

 残念ながら、彼女の抵抗は男の腕によって制され、あっけなく床へと叩きつけられた。


「ぐぇっ」

「ほぉら、お友達が可哀想な目で君のことを見ているよ? ねぇ、そうでしょ、君たち」


 男はヘビに似た細い瞳でぼくらのことギラリと見た。捕食者の目に変わった彼を見るのは毒だ。早くこの場を立ち去りたかったが、ロミを置いて逃げるなんて出来ない。偽善者のような考えと言われても構わないくらいに、ぼくの心は切羽詰まっていた、


「……ロミを……離して下さい。彼女は抵抗しています。それを無理矢理押さえつけるのはあまりにも酷ではありませんか」


 なんとか振り絞ったその声は、情けないほどに震えていた。…カッコ悪い。

 全身の震えを抑えるように両手で体を抱き、それでも男を睨んだ。


「離せって言われると離したくなくなるよね!」


 ぼくの言葉は逆効果だったようで、男はロミの腕をがしりと掴んで空洞の奥の方へ進んで行った。


 男に連れ去られた時にちらりと見えたロミの顔は、酷く怯えていた。今まで、弱音など一言も吐かず、何に対しても大胆不敵であった彼女の表情が、可哀想なくらいに弱っていたのだ。


 ……許せるはずがない。



「返せ!! ロミをぼくに返せ! お前なんか殺してやる!! 今すぐこっちに戻ってこい!!」


 自分でも驚くほどの大声に暴言。殺す、だなんて口にしたことがなかったけれど、今はこの言葉しか頭に浮かばなかった。


「……返せよ」


 ぼくの必死の叫びは男に届かなかったようで、項垂れたぼくに降りかかったのはからっぽの感情だけだった。ライトだけが虚しくぼくらを照らしている。


「アヤセ……」


 ヤイチの小さな声が、今は非常に腹立たしかった。でも、そんなぼくの心を包んだのは、意外にも彼女だった。肩に置かれた手が小さく震えているのが伝わる。その震えが怯えでないことが、肩を握りしめる強さで分かった。


「こんなところで諦めていいの? 今まで、ロミはどうやって私たちの願いを叶えてきたの?」


 その声は意志や決意を強く込めていた。背中を後押しするような、そんな語感の強さは、ぼくの勇気に変換される。


「……蹴る」

「ははっ、確かにその通り!」


「ヒトハ、茶々を入れないで! ……ロミが何をされているのか、私たちには皆目見当もつかない。でも、アヤセならなんとか出来る。そんな、根拠のない自信があるの」


 私たちは足手まといになる。だから、ロミを助けてあげて。

 ヤイチが小さく呑んだ息は、きっとこんな意味を含んでいたんだと思う。


「行ってくる」


 ぼくは自分自身の勇気を奮い立たせ、床を蹴った。








♦ ♦ ♦








 闇の中を進んでいくにつれて、視界が明るくなり始めた。雀の涙ほどの光源が今は頼りだ。

 そして、ルクスが上がるとともに、話声も鮮明になっていく。暴れまわるような音と、それを宥めるいやらしい声。そして張り上げられた少女の叫び。


「ロミ……だ」


 根拠もない。確証もない。だけど、荒れ狂うぼくの心はその声をロミだと感じ取った。焦りで汗が噴き出し、額や頬を伝う。手汗だって気持ちが悪いほどに滲んでいる。一種の脱水症状にかかったかのように視界が歪む。びっくりして目元を確認すると、ただの涙であった。





 そんなこんなで、三分くらい走り続けただろうか。落ちた体力はそう簡単に補充されないようで、肩で息をしながら明るい場所へと踏み入れた。


「ぐぁっ……あぁぁぁぁ!! やめろ! 離せ!! 」

「やだね、やめない。あともう少しなんだ」


 耳を劈く悲鳴が部屋中に響き渡る。聞いているこっちが泣きだしてしまいそうに悲痛な声は、深緑の少女から絶え間なく発せられている。


「……っ!!」


 やがて声も出ない痛みになったのか、少女は黙ってうつむくだけになってしまった。ぐったりとした体が、今までにどれほどの痛みを植えつけられてきたのかを伝える。


「あーらら、限界になっちゃったか」


 少女が繋がれていたカラフルなコードを無造作に切り離すと、後ろに設置された物々しい機械の電源を落とした。


 一方、ぼくはというと、情けないまでに膝を震わせ、その場から一歩も動けないままでいた。

 怒りで涙を垂れ流すものの、それ以上は何も出来ていない。結局、ロミを救うことが叶わなかったのだ。でも、それでも……。と、少女__ロミの元へ駆け寄った。


「お前……ロミに何したんだよ!!」


 ぐったりとしたロミの体を支えながら、男のいやらしい瞳をこれでもかと睨んだ。


「何って……ああ、君は知らないか。当然だけれども」


 何のことやら、とでも言いたげに両手を上げ、ちゃらけた態度で答えてきた。煮えたぎる腹綿は、まだ収まる予兆を見せない。


「この子は優秀だ。お友達の君なら分かるだろ? 彼女はなんだって出来るのさ」


 勉強、運動、感情が昂ぶらない限りの異常なまでの冷静さ、他への気遣い…

 男は指を折って数え始め、8本目の指を折ったところで数えるのをやめた。


「……ま、つまりはね? この子を失敗作に留めておくのは残念なのだよ」


 研究者のエゴで、ロミはここまで苦しまなければならないのか。圧倒的な上下関係、身分差にうんざりしながら男の言葉を待った。


「そこで、僕は考えた訳さ。君達失敗作を作る為に必要な材料……魔力を与えれば欠点を直すことが出来るんじゃないか、とね」

「ぼくたちの元が……魔力?」


 魔力という言葉の響きは、15歳だったぼくの心をくすぐった。いやしかし、そんな場合ではなかった。ぼくらが魔力で作られているとは、どういうことなのだろうか。


「説明をしろと言われても、情報を握っているのは上層部の研究者だけだ。悪いが僕には説明できない」


 拍子抜けと言わんばかりの解答にがっくりと肩を落とした。自分の素性が判明する良い機会だと思ったのだが……。


「それで、材料の魔力をロミに垂れ流していた訳ですね」

「うん、うん。物分かりが良くて助かるねぇ」

「物分かりが良い……? ふざけんな!! お前のエゴでロミは苦しんだんだ!!」


 ぼくの突然の大声に男は驚いたようだ。ヘビ似の瞳を大きく震わせる。


「苦しむ……たしかに、体に合わない魔力を流すと激痛になる。それは承知の上だが……?」

「お前の知る、知らないは関係ない! ロミの嫌がりようを見る限り、無理矢理流されていたじゃないか!」


 ロミは、自分で決めたことは最後までやりきる性格だ。そんな彼女が、自分で決めたことにあれだけ拒否反応を示す訳がないのだ。


「……君は失敗作として目覚めたばかりだろう? しかも、彼女と出会ったのはほんの三日前。情に流されやすすぎるんじゃないか?」

「……知るか。今はそんなこと関係ないだろ」


 考えてみれば、出会って間もない彼女にここまで体を張る必要はないのだ。……と、生前のぼくなら思っていただろう。ここに来てからの三日間、ロミだけではなくぼくの周りの失敗作は、見返りを求めない愛と優しさをくれた。ぼくの好き嫌いに関係なく、だ。


 持ち前の明るさでぼくと一緒に作戦に協力してくれたヒトハ。


 体調を崩して倒れた時は、しっかりと叱ってくれたヤイチ。


 自分の時間を厭わず使い、情報を提供してくれたミコトとシルフィー。


 そして__右も左も分からなかったぼくに、ここでの生き方を教えてくれた、ぼくの信頼をいとも容易く奪い取っていったロミ。


 だから助けたいと思うのだ。根拠なんてない、自信なんて、ない。



「ぼくが助けると決めたから助けるんだ。根拠も自信も確証もいらない!」



 ダン、と踏み込み、軽く体を回転させる。そして、男の首に踵を入れた。肉の生々しい感触が気色悪い。うっと唸り、屈みこんだ男の頭へかかと落としを。さらに、トドメだと言わんばかりに男の側面を勢いよく蹴り、倒れこませることができた。


「……ぼくの勝ちだ。金輪際、ロミと関わらないでくれ」


 台詞を乱暴に吐き捨てて、椅子に凭れかかるロミを抱える。脱力した人間の体というものは、案外重い。一般的な女性の筋力に落とされたぼくは、必死に足を動かしてヒトハとヤイチの元へ戻った。


 きっと、男はこれ以上、ロミと関わろうとはしないだろう。たとえ手を出してきたとしても、ぼくが必ず守ってやるのだから心配はいらない。


…うん、バトルシーンむずかしいね(笑)

アヤセはさすが元男子というか…。怒った時の口調の荒さは通常以上ですね。

ロミは、きっと耐えて耐えて耐えて、それでも監視棟に行くことを決意しました。胸熱展開は作るのが非常に難しいです…というか、まず、作れてたかな?


次回 小夜との対面(仮)

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