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追放聖女の帰還  作者: 当麻月菜
種馬王子、本気を出す

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29/39

1

 肌を焦がすような夏の日差しを浴びながら、サーシャを乗せた馬車は西の森へと向かっている。


 (はや)る気持ちとは裏腹に、街道を進む馬車の速度はとてもゆっくりだ。


 浄化の代償を告白してから、サーシャの体調は一気に悪化した。もう馬車の座席に一人で座っていることすらできない。


 馬車が揺れるたびに苦痛の声を漏らすサーシャを見ていられず、アズレイトは急遽、大型の救護馬車を手配した。


 そしてアズレイトは、馬車の中でずっとサーシャの世話を焼いている。


 時折、眠るサーシャの手を握り、アズレイトは思いつめた表情を浮かべる。その姿は痛々しいが、それでもサーシャが起きている時は気丈に振舞っている。


 そんな主を目にして、騎士たちは少しでもサーシャが未来に期待が持てるよう、明るい話題を振り、思いつく限りの冗談を口にする。


 騎士たちも、強く願っているのだ。サーシャがもう一度、あの森に戻ることを──


「失礼します。サーシャさま、少しよろしいでしょうか?」


 馴染みのある騎士に声を掛けられ、微睡んていたサーシャはパチリと目を開けた。


「ん?もちろん……いいですよー」


 声がする方に返事をしながらサーシャは、肘を付いて身体を起こそうとする。でもすぐに、ぐらりと身体が傾いてしまった。


 サーシャは、もう一人で起き上がることができなくなっていた。


 それを知っているアズレイトは、サーシャが床に倒れこむ前に腕を伸ばして支える。そしてそのままサーシャの背もたれと化す。


 ほんの少し前まで、騎士達が気を揉んでいたのが馬鹿らしくなるほど、二人は常に密着している。


 でも、騎士達はそれを見て微笑ましいとは思えない。


 くしゃりと泣きそうになる顔を必死に押さえ込んで、騎士のランダは手にしていたものをサーシャに差し出した。


「以前、割ってしまったカップの代わりをお持ちしました。どうぞ受け取ってください」


 サーシャはそれに触れて、苦笑する。


「......そんなの良かったのに」

「いいわけありません。ずっと申し訳なく思っていました。でも同じ柄を探したのですが、どうしても見つからず……申し訳ございません。わたくしの趣味で選んでしまいました。気に入っていただけたら幸いです」

「うん、ありがとう。では遠慮無く使わせてもらいますね──うん、スベスベ。いい肌触りです」

「あ、あの……サーシャさま、恐れながら……それは、わたくしの頭部でございます」

「あっ、え?あの、ご、ご、ごめんなさい!」


 取り返しのつかない失態を犯してしまったサーシャは、オロオロしながら謝罪する。


「お気になさらず。陶磁器のように滑らかだとお褒めいただき、恐悦至極にございます」

「いや、あの、ほんとごめんなさいっ」

「大丈夫でございます。本当に……お気になさらず……」

「っ……!」


 ロイドから涙声で遮られ、サーシャはもう謝ることすらできない。


 互いにフォローしようとすればするほどドツボにはまるこの状況だが、サーシャは悪気があってそう言ったわけじゃない。もう目が見えないだけだ。

 

 だからロイドが涙声なのは、ハゲを弄られたからではない。.


「え、ええーと……サーシャさま、こちらでございますよ」


 収拾がつかなくなりそうな状況を察知したアズレイトは、サーシャの手に本物のカップを置いた。


「アズさん、ありがとうございます──うん。取っ手が大きいから、握りやすいです。これならうっかり落とさないで済みますから、長く使えますね。ありがとうございます、大切にします」


 サーシャは手の中にあるカップに触れ、先程の失態を取り消すように丁寧にロイドに礼を言った。


 言ったそばからサーシャはチクリと胸が痛む。これを使う日は、きっと来ないだろう。


 嘘を吐く罪悪感は、未だに慣れることはない。でも、サーシャは優しい嘘を吐き続ける。


「これで帰ったら、ハチミツ入りのお茶が飲めます。ロイドさんも、他の皆さんも飲んでくださいね。今度はゆっくりと」


 サーシャはにこりと笑って、騎士に嘘を吐く。背中を支えるアズレイトが、微かに震えたのが伝わってきた。


 ”そうしてほしい” ”そうなってほしい”と互いに思っているのに、それが嘘だとわかってしまうのは、なんて残酷なことなのだろう。


 それでもサーシャは、叶わぬ未来を口にする。


「アズも、今度こそハチミツ入りのお茶を飲んでくださいね」

「もちろんです」

「お代わりもしてくれる?」

「ええ、もちろん。でも二杯目は、わたくしに淹れさせてくださいませ」

「うん、楽しみにしてる」


 穏やかに微笑むサーシャだが、胸の内は苦しくてしかたがない。


 今ここにあるのは、優しさしかないのに、どうしてこんなに悲しい空気が充満しているのだろう。


 皆の笑顔が曇らないようにと浄化の儀をしたのに、まったく効果がないことにサーシャは、途方に暮れてしまう。 


 そんな中、少しの間を置いて力強い声が車内に響いた。


「なら、ふもとの村で果実を買ってパイも焼きましょう。こう見えて我々騎士は、料理も得意なんですから。お茶のお礼に、最高のパイをご馳走させて……いただきます……」


 最後に声を震わすロイドは、サーシャに悟られぬよう静かに涙を流していた。   

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