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追放聖女の帰還  作者: 当麻月菜
聖女と王子の約束

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2

 聞きたいことがあると言ったのに、アズレイトはすぐには口を開かなかった。じっとサーシャを観察するように見つめている。


(もったいぶらないで、さっさと言ってよ!)


 沈黙が辛くて、サーシャはあらぬ方向に視線を向ける。真っ青な空に浮かぶ大きな入道雲は、こちらを見下ろすだけで手助けはしてくれない。


「沈黙がお辛いですか?サーシャ様」


 まさに今考えていることを言葉にされ、サーシャは目を丸くする。


「そ、そんなこと……」

「あなたは嘘が下手ですね」


 アズレイトがクスッと笑ってくれたおかげで、辺りの空気は柔らかくなる。


 しかしそれは一瞬のことで、アズレイトが表情を元に戻すと再びピリピリした空気になった。

 

「これまでわたくしはサーシャさまの約束通り、怖がらせることも嫌がることも一切しておりません。なのに、あなたはどうしてそこまでわたくしを毛嫌いするのですか?教えてください」


 そっか。だからわざと黙ってたんだ。


 アズレイトが沈黙した意味がわかったサーシャは、ジト目で睨む。


「自分とおんなじ気持ちを味合わせてやろうだなんて、アズは意地悪ですね」

「ええ。我慢の限界でしたので」


 悪びれず笑顔を浮かべるアズレイトは、もう一度「理由を教えてください」と訴える。


 謝ってくれないアズレイトに、意固地になって教えないのもアリ寄りのアリだ。でも──


(あー、もういっか)

 

 意地を張るのに疲れ切っていたサーシャは観念した。


 王都を出立して半月過ぎた。本来ならもう故郷の西の森に到着しているはずなのに、まだまだ半分以上距離が残っている。


 このペースで進めば、遅かれ早かれ口に出さずともアズレイトはわかってしまうだろう。だから、もういい。


 心を決めたサーシャは、アズレイトを真っすぐ見つめる。


「教えてっていうけどさ、アズさん……本当にわからないの?」

「は?」


 主語を抜かして尋ねたら、間抜けな声が返ってきた。本気でわかっていないようだ。


 無理もない。アズレイトに気付かれないよう細心の注意を払ってきたのは、他でもないサーシャなのだから。


 よいしょと立ち上がったサーシャは木陰から、陽が当たる場所に移動する。アズレイトも懐いた犬のように後に続く。


 自分の容姿が良く映る場所まで来ると、サーシャはもう一度アズレイトに問いかけた。


「……アズさん、良く私を見て」

「これ以上にない程、見ていますが───な……っ……!」


 訝し気な表情のままサーシャを凝視したアズレイトは、何かに気付いたようだ。


 でも、鳩尾を打たれたかのように短い声を上げた後、言葉を失ってしまった。


 緑を含んだグレーの瞳は限界まで見開かれている。彼はもう真実を知ってしまったが、それを受け入れられないと拒絶の色を湛えている。


 それでもアズレイトは、逃げ出さなかった。ゆっくりと近づき、壊れ物を扱うような手つきでサーシャの手首を掴んだ。


「お詫びします。サーシャ様。嘘が下手だなんて言ってしまって……あなたは完璧な嘘つきです」

「なにそれ。褒めてるの?」

「……褒めてるわけないだろ」

 

 急に口調が変わったアズレイトは、痛みを堪えるように震えていた。 


 長い袖に隠れていたサーシャの手首は、皮と骨だけでほとんど肉が付いていなかった。


「……いつ……いつからこんなふうに……」


 問いかけなのか独り言なのかわからないアズレイトの言葉に、サーシャは困ったように笑う。


 頭の出来が悪くないアズレイトは、サーシャのたったそれだけの仕草で全てを理解した。


「わたくしのせいなんですね。わたくしが、あなたを森から連れ出してしまったから」

「違うよ、アズさん。私が選んだの。自分の意思でやったことなの。だからアズさんのせいじゃないですよ」


 間髪入れずにサーシャは、アズレイトの言葉を否定した。


 けれど、こんなに近くにいるのに、サーシャの言葉はアズレイトの元には届かなかった。


 アズレイトはサーシャの手首を握ったまま、崩れるようにその場に膝を突いた。そしてサーシャの指先を自身の額に押し当てる。


「申し訳ございません、サーシャさま……知らなかったとはいえ、わたくしはとんでもないことを……本当に……申し訳ございません……」


 震える声で謝罪の言葉を紡ぎ続けるアズレイトを見下ろしながら、サーシャは苦笑を浮かべて肩をすくめる。


 聖なる力を持つ姫巫女は、どんな穢れだって浄化できる力を持つ。


 でもその力は、万能ではない。それ相応の対価が必要になる。


 魔王の瘴気を浄化したサーシャに求められた対価は──その命だった。

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