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首の誉  作者: しめさば
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9

「すみませんが、お先に失礼します」

 幹島は軽く頷くだけだった。

 桜井は頭を下げて会社を後にした。


 自動運転の車の中で、桜井はまだ明るい街を眺めた。


 人が車を運転することは、禁止されてから久しい。

 人間の注意欠陥によって悲しい事故が起こり続けた歴史は、AI技術の進歩によってあっさり塗り替えられた。

 絶えずドライバーの(ネック)が情報交換し合い、事故はおろか渋滞や信号待ちさえ制御できるようになったのだ。


 万が一のときは、(ネック)のメーカーが責任を負うことになっている。

 そうでもしないと技術は普及しなかっただろうし、そうしても売上でペイできるという計算結果を、メーカーは出したのだろう。


顔二つ(トゥ・フェイス)を使用した痕跡があるって言われても、釈然としないね。こっちは、フェイス・トゥですら身に覚えがないってのに」

(ネック)が主人の身体を一時的にでも操作するなどあり得ません』

「どうして言い切れるのさ?」

『我々はあくまで補助(・・)頭脳です。運動神経へ作用できないよう設計されています』

「赤根だって、人を操ったじゃないか」

『赤根ウイルスは希死念慮を増幅させたに過ぎません。肉体を直接操ったのではなく、死にたいと思わせたうえで、自尽組合へ移動し、据え膳を食わせたまでです』

 そうだったのか。

 確かに意識は生きていて、赤い女性に導かれるままに、自分の意思でついていった気がする。

 車は人が運転しないから、移動だけなら可能である。

「それじゃあ銀さんのは、演技だったとでも言うの?」

『さあ』

「さあ、って」


 ***


 車が停止した。

 降りると、車は白線の間に、綺麗にまっすぐ停まっている。

 もはや、白線もいらないかもしれない。


 赤ちょうちんがわざとらしく灯る、古民家風の居酒屋だった。

 重たい木製の引戸を開けると、出汁の香りが鼻をついた。

 店の中央で、店主が三方向のカウンターを捌いている。

 一番奥の席で手を挙げる、野暮ったい男の姿が目に入った。

 宍戸である。


「婚活、進展ありました!」

 白いとっくりをカウンターに上げながら、宍戸は叫んだ。

 先に始まっていたようで、もう少なくとも一合空けたということだ。

「大将、適当に。あと、同じの二本」

「早いな」

「祝わずにいられるかよ」

「ぬか喜びじゃなければいいけど」

「ネガティブマンだな相変わらず」

「どんな相手?」

「まだ会ったことはない」

「はあ?」

「大丈夫!先に確かめた」

「何を?」

「身体の相性」

 カラシを甲斐甲斐しく桜井の皿に絞り出しながら、宍戸は小声で言った。

「……会ったこともないのに、意味わからん」

「知らねえのか?」


 そう言って宍戸は、煙草を吸うジェスチャーをした。

 ピースサインを顔の前にひらひらと。

 例の仕草であった。


顔二つ(トゥ・フェイス)……」

「微妙に違えよ。フェイス・トゥな?」

 乾杯しようとお猪口を軽く上げたまま宍戸はしばらく待ったが、桜井が無視するので、早めに切り上げてグイっとあおった。

「あれすげえな、遠隔ででき(・・)ちまうんだから」

 できる、という言葉の指す内容は、きっとあれだろう。


「今度、直接会ってくる」

 宍戸はにやけている。

 桜井は冷静に水を差す。

「よくわからないけど、その中のことって、実際のものとは乖離してるんじゃないのか? 姿とか、経験とか」

「まあ、そうだろうな」

 宍戸は箸で玉子をつつきながら言う。

「でもリモートじゃ結婚できねえしな」

 桜井の皿にも、カウンター越しに店主から玉子が盛られた。

「トライアンドエラーだよ。当たって砕けろ」

 箸が玉子を割った。

「ちゃちゃっと結婚して、子供作って。金はあるから。人生安泰よ」

「心配しちゃいないけど」

 割った玉子は、双子だった。

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