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デブ、狙われる。

午後。

ギルドの喧騒と、理不尽なまでの勢いに押し出されるようにして街の外へ連れ出された俺は、気づけば湿った空気と重たい静けさに包まれた森の中へと足を踏み入れており、その瞬間、肺に入り込んでくる匂いが明らかに“街のものではない”とわかるほど濃密で、土と草と、そして何か得体の知れない生き物の気配が混ざり合っていることに、嫌でも意識が向いてしまった。

「……なあ、これさ、普通に考えて“嫌な予感しかしない場所ランキング”ぶっちぎり一位なんだけど、今からここで戦うってマジで言ってる?」

思わず足を止めてそう言うと、前を歩いていたギルマスは振り返りもせずに「安心しろ」とだけ短く言い放ったが、その言葉のどこに安心要素が含まれているのかまるで理解できないまま、俺は半ば引きずられるようにしてさらに奥へと進まされることになった。

その横で、リンクが楽しそうに周囲を見回しながら、まるで散歩でもしているかのような軽い口調で言う。

「視線、多いですね。少なくとも三方向、いや四方向からこちらを観察している個体がいます。高さも違うので、単純な包囲ではなく役割分担している可能性が高いです」

「ちょっと待て今の情報全部怖いんだけど!?あと“個体”って言い方やめろ、人かどうかすら怪しくなるだろ!!」

俺のツッコミなど気にも留めず、リンクはさらに続ける。

「それと、隊長の歩幅、さっきから微妙に乱れてますよ。緊張による無意識の筋肉硬直ですね。戦闘前としてはあまり良くない状態です」

「分析細かすぎて逆に怖いんだよ!!」

やがて、ギルマスが足を止めると、その先には木々に囲まれたわずかな空間が開けており、戦うにはちょうどいい広さだが逃げるには微妙に不利そうな、いかにも“ここで何かが起こるために用意された場所”としか思えない空間が広がっていた。

「ここだ」

短くそう言って振り返るギルマスの視線は、いつもよりわずかに鋭く、そしてどこか試すような色を帯びているように感じられた。

「地形を覚えろ。木の配置、地面の傾斜、逃げ道になり得る方向、それと敵が使いそうな死角、全部だ」

「いや一気に情報量多すぎるって!?」

「戦闘中に説明してやるほど優しくはない」

「教育方針がスパルタどころじゃねえ!!」

文句を言いながらも、俺は言われた通りに周囲を見回し、木の位置や地面の凹凸を頭の中でなんとか整理しようとするが、正直なところ“覚えた気になる”だけで精一杯であり、これが実戦で役に立つのかと言われれば全く自信がなかった。

「さて」

ギルマスが一歩前に出て、低く言う。

「お前の状況をもう一度確認する」

その声は妙に現実感を伴って耳に入ってくる。

「お前は賞金首で“捕獲対象”だ。つまり敵は殺さない。だが、その代わりに確実に動きを止めにくる」

「それってむしろキツくないですか?」

思わずそう返すと、リンクが横から淡々と補足する。

「ええ、殺害目的よりも厄介ですね。関節の破壊、拘束具の使用、毒や麻痺の併用など、手段の幅が広がりますから」

「なんでそんな冷静に解説できるんだよ!?怖えよ!」

そのときだった。

ザザッ――と、風とは明らかに違う、意図を持った音が森の中に走る。

空気が変わる。

さっきまでの“気配”が、“確信”へと変わる。

「来たな」

ギルマスが一歩下がる。

完全に観戦モードである。

「いや参加する気ゼロかよ!?」

「教育だ」

「雑すぎるだろその一言!!」

木々の間から現れたのは、黒装束の集団で、その動きには一切の無駄がなく、呼吸すら乱れていない様子から、訓練された兵であることは一目でわかったが、それ以上に印象的だったのは、その目に宿る感情のなさであり、そこには恐怖も怒りもなく、ただ“任務”という一点だけが存在しているように見えた。

「対象確認」

中央のリーダーらしき男が前に出て、低い声でそう言う。

「捕獲する。」

それだけだった。

交渉も警告もない。

ただ、目的の宣言だけ。

「よし」

ギルマスが言う。

「やれ」

「説明端折りすぎだろ!!!」

次の瞬間、爆発音が森に響き渡り、地面が揺れ、視界が一瞬で土煙に覆われたことで、何が起きたのかを理解する前に体が勝手に後ろへと下がっていた。

「うおおお!?」

「牽制爆破ですね」リンクが言う。

「視界遮断と隊列崩しを目的とした初動としては非常に合理的です」

「合理的とかいいから生き残る方法教えろ!!」

その直後、風を裂く音が耳元をかすめ、反射的に体を捻った瞬間、金属がぶつかる音が鳴り響いた。

振り返ると、ゴンが無言で敵の攻撃を受け止めている。

「……ゴン」

短くそう言って、相手を押し返すその姿は、あまりにも頼もしく、同時に“説明が少なすぎるのが惜しい”と思わずにはいられなかった。

「頼もしすぎるだろお前!!」

「隊長」

グラが一歩前に出て、拳を鳴らしながらこちらを見る。

「命令は?」

(来た……)

20人分の視線が、一斉にこちらへ向く。

期待と、狂気と、興味と、その他よくわからない感情が入り混じった視線。

(無理だろこれ……)

頭の中で必死に状況を整理する。

敵は5人。

こっちは20人。

数では圧倒的有利。

だが――

(統率が取れなきゃ意味がない)

「……よし」

覚悟を決める。

「各自、好きに戦え!」

「「「了解!」」」

(終わったな俺の指揮官人生)

だが、戦いは予想とは違う方向へ進んでいった。

個々の動きはバラバラで、連携と呼べるものはほとんど存在しないにもかかわらず、それぞれの能力があまりにも突出しているため、結果として戦線が維持され、むしろ押している場面すら見え始めていたのだ。

ゴンが正面から敵を吹き飛ばし、グラが力でねじ伏せ、リンクが微妙なタイミングで声をかけて動きを補正し、ミルの毒がじわじわと敵の動きを鈍らせていく。

(……あれ?普通に強くない?)

そのときだった。

空気が、明確に変わった。

肌がピリつく。

本能が警鐘を鳴らす。

「……来ます」

リンクの声が低くなる。

敵の後方から現れた一人の影。

それは、これまでの連中とは“質”が違っていた。

立っているだけで圧がある。

「対象、優先捕獲」

その視線が、まっすぐ俺を捉える。

ゾワッ――

背筋が凍る。

(逃げろ)

そう思った瞬間には、もう遅かった。

消えた。

「え?」

ドゴン!!

衝撃が腹に突き刺さる。

視界が揺れる。

体が吹き飛ぶ。

「ぐあああああ!!!」

地面に叩きつけられ、呼吸が止まり、肺が空気を求めて悲鳴を上げる。

「速すぎるだろ……!」

だが――

「……あれ?」

立てる。

痛みはある。

だが、動ける。

むしろ――

「さっきより動きやすい……?」

“受けるほど強くなる”

その言葉が、頭の中で繋がる。

敵が再び構える。

「確保」

突っ込んでくる。

(逃げるか?)

一瞬、迷う。

だが――

「……来いよ」

踏み込む。

ドンッ!!

直撃。

体が軋む。

だが、止まらない。

「……効いてる?」

相手の動きが一瞬鈍る。

「今だ!!」

拳を振り抜く。

ドン!!

敵が、よろけた。

初めての手応え。

「当たった……!」

その瞬間、背後から迫る別の敵――

だが、次の衝撃は俺には届かなかった。

振り返ると、そこには部下たちが立っている。

「隊長は守る」

「観察対象ですから」

「まだ毒試してませんし」

「理由が全部怖いんだよ!!」

だが、それでも思う。

(ああ……)

(こいつら、仲間なんだな)

そのとき、森の上。

誰かがそれを見ていた。

「……面白い」

低く笑う。

「これは、“価値がある”」

その目は冷たい。

完全に“狩る側”のそれだった。

そして――

新たな気配が、さらに増える。

「……増えたああああああ!!!」

自分でも情けないくらいの悲鳴が喉から飛び出したが、それを気にしている余裕なんて一ミリもなくて、むしろその声が出たことで肺に空気が戻ってきたのがありがたいくらいには、今の状況は完全に“限界ギリギリ”のラインに足を突っ込んでいた。

視線を巡らせると、さっきまで五人だったはずの敵の数が、いつの間にかその倍近くに増えていて、しかも増援として現れた連中は先に出てきた奴らと同じ黒装束ではあるものの、どこか“雰囲気が違う”というか、より静かで、より重たい圧をまとっているように感じられて、単純に人数が増えた以上の厄介さを直感的に理解してしまう。

「隊長、あれは面倒ですね」

リンクが、いつも通りの落ち着いた声でそう言うが、その目はほんのわずかに細められていて、あいつなりに“警戒レベルが上がっている”のがわかる。

「面倒ってレベルじゃねえだろこれ!?明らかに強いやつ増えてるじゃねえか!!」

「ええ、恐らくですが、先ほどの上位個体と同格、もしくはそれに準ずる戦力が含まれていますね」

「サラッと絶望的なこと言うな!!」

そのとき、敵の中から一人が前に出る。

動きに無駄がない。

いや、それどころか、“動いているのに動いている感じがしない”という妙な違和感があって、視界に映っているはずなのに認識が追いつかないような、不気味さを伴っている。

「対象、再確認」

低い声。

「優先度、上昇」

「いやもう上がってるだろうがよ!!」

思わず叫ぶが、当然相手がそんなツッコミに付き合ってくれるはずもなく、次の瞬間には空気が弾けるような圧が前方から押し寄せてきて、反射的に足を踏ん張らなければその場に立っていることすら難しいほどの圧迫感に襲われた。

「……来るぞ」

誰かが低く呟く。恐らくリンクだろう。

次の瞬間――

全員が動いた。

ドンッ!!

爆発。

だが今度は敵側ではない。

「だから爆発禁止って言ったよなあああ!!」

「ごめん隊長、今のは必要だった!」トルが叫ぶ。

「どこがだよ!?」

「敵の視界、一瞬潰せたから!」

確かに、煙と爆風で敵の動きがわずかに鈍っている。

「……くそ、有効なのが余計に腹立つ!!」

「右、来ます!」

リンクの声。

反射的にそちらを見る。

(速っ――)

黒い影が、一直線にこちらへ突っ込んでくる。

さっきの上位個体と同じタイプだ。

(逃げるか――)

一瞬、頭をよぎる。

だが同時に、ギルマスの声が思い出される。

“逃げない判断力”

「……いや、来いよ」

踏み込む。

自分でも驚くくらい自然に、体が前へ出た。

ドゴン!!

衝撃。

腹に、背中に、骨の芯まで響く重い一撃。

だが――

「ぐっ……!」

耐える。

さっきよりも、明らかに。

「……効いてるな」

小さく呟く。

敵の拳が、ほんのわずかに止まっている。

(だったら――)

拳を握る。

体の奥から、何かがせり上がってくる感覚。

痛みと一緒に、“力”が増していくような奇妙な感覚。

「おおおおおお!!」

振り抜く。

ドンッ!!

「っ……!」

敵が一歩、二歩と後退する。

確かな手応え。

「当たった……!」

思わず笑いがこぼれる。

「やればできるじゃねえか俺!!」

だが――

その隙。

別方向から気配。

(やば――)

ドンッ!!

衝撃。

だが、今度も痛みが来ない。

「……え?」

振り返る。

そこには――

グラがいた。

片腕で敵の攻撃を受け止め、もう片方の拳でカウンターを叩き込んでいる。

「隊長、よそ見すんな」

「いや助けてもらって言うのもあれだけど怖えよ!!」

「戦場だぞ」

「正論すぎる!!」

その周囲では、さらにカオスが広がっていた。

「毒、回りますよ〜」

「敵だけにしてくれ頼むから!!」

「ヒヒヒ……増えてきたねえ……」

「楽しむな!!」

「未来見えました!」

「当たるやつ言えって言ってんだろ!!」

だがその混沌の中で、不思議と“崩れてはいない”ことに気づく。

誰かが前に出れば、誰かが後ろをカバーし、

誰かが攻めれば、誰かがその隙を埋める。

明確な連携はない。

だが――

“噛み合っている”。

(なんだこれ……)

思わず息を呑む。

(勝手に動いてるのに、ちゃんと戦えてる……)

そのとき。

ズン――

空気が、さらに重くなる。

森の奥。

ゆっくりと現れる影。

一人。

だが――

それだけで、周囲の敵がわずかに距離を取る。

(……こいつが、本命か)

直感でわかる。

さっきまでの上位個体とは、さらに“格”が違う。

「対象」

低い声。

「確保する」

次の瞬間。

消えた。

「え――」

言葉が終わる前に、目の前に現れる。

速いなんてもんじゃない。

“認識が追いつかない”。

ドゴンッ!!

腹に直撃。

今までで一番重い一撃。

「がはっ……!!」

体が宙を舞う。

地面に叩きつけられる。

呼吸が、完全に止まる。

(……やばい)

意識が、揺れる。

だが――

「……立て」

頭の奥で、声がする。

ギルマスの声。

「立て」

「……っ!」

歯を食いしばる。

腕に力を入れる。

立ち上がる。

(まだ……動ける)

痛い。

でも――

「さっきより……耐えられてる……!」

敵が、わずかに興味を示したようにこちらを見る。

「……変化個体」

「誰が個体だコラァ!!」

叫びながら、踏み込む。

今度は自分から。

ドンッ!!

拳がぶつかる。

衝撃が弾ける。

「ぐっ……!」

押される。

だが――

止まらない。

(こいつ……強え……!)

でも――

(負けてるだけじゃ、終わるだけだ!)

「隊長!」

後ろから声。

次の瞬間――

複数の影が同時に動く。

グラ、ゴン、リンク、その他の部下たち。

「全員で行くぞ!」

誰かが叫ぶ。

その瞬間。

バラバラだった動きが、初めて一つに重なる。

ドンッ!!

爆発、拳、刃、毒、すべてが同時に叩き込まれる。

「っ……!」

本命の敵が、初めて大きくよろけた。

「……効いてる!!」

そのとき。

森の上から、声。

「やっぱり面白いねえ」

軽い口調。

だが、底知れない何かを含んでいる。

見上げる。

そこには――

さっきの“観察者とは別の存在”。

「これは、いい商品だ」

嫌な予感が、確信に変わる。

「……増えすぎだろおおおおお!!!」

戦場は、さらに深い混沌へと沈んでいく――

    (続く)

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