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体育祭と全力鬼ごっこ


(どうしよう、ヤバい)

 態度が悪い感じで教室を出てきてしまった。

 あと五分で昼休みが終わるのに、俺はまだ教室に戻る決心ができないでいる。

「鳴神くんの大事なお友達やのに……」

 生徒たちはみんな校庭に移動していて、廊下はしんと静まり返っていた。

 知らない学校の廊下をトボトボとさまよい、辿り着いたのは階段の一番上の踊り場だった。外からは体育祭の午後の部の始まりのアナウンスが聞こえてきた。

 屋上に続く扉に背中を預けて下を向いていたら、涙がぼたぼたと落ちてくる。

 慌てて手で拭ったときだった。

「……やっと、見つけた。ハル」

「ぇ」

 階段の下には鳴神くんが立っていた。びっくりしすぎて涙が止まってしまった。

「大丈夫? お腹痛かったとかじゃない?」

「ぁ、うん。全然、大丈夫」

 じゃあなんで居なくなったんだとは訊かれなかった。

 鳴神くんが階段を上がってきたとき、後ろからパタパタと廊下を走る足音がこちらに向かってきた。

「あ、秋彦! 三田くんみつかったか」

「あぁ居た。雄二、麻里、悪かった。探すの手伝ってもらって」

「良かった。ごめんね! 三田くん。さっき、私たちめっちゃ態度悪かった! 空気読んでなくて嫌だったよね」

「え、いやっ、全然違って、えっと二人は全然悪くない」

「でも、居心地悪かったでしょ!」

 鳴神くんもみんなも俺が突然居なくなった理由を分かっていた。でも彼らは絶対悪くない。俺が勝手に寂しくなっていただけだし、同じように盛り上がれなかったのは自分の問題だった。

「三田くんは俺らに怒っていい。普通に嫌やん。二人で楽しく喋ってるところにいきなりドカドカ押しかけてさ、自分の知らない昔話とかされて。秋彦に言われてめっちゃ俺ら反省したし!」

「ちがっ……俺の方が態度悪かったんよ。俺、鳴神くんのお友達に会えて嬉しかったし。俺が……」

 ――俺も、秋彦って呼びたかった。

 自分だけ鳴神くんのことを苗字で呼んでいたことが悔しくなった。

 そこまで考えたとき、俺は恥ずかしさで頭がいっぱいになって、再びその場から逃げ出してしまった。後ろから鳴神くんの声が聞こえたけど振り返らずに廊下を全力疾走した。

 鳴神くんのお友達は、突然居なくなった俺を一生懸命探してくれていた。すごくいい人たちだ。

 俺が寂しくて悔しかったのは、ただの醜い嫉妬だ。

 本当に幼稚で馬鹿馬鹿しい。鳴神くんの顔をもう見られない。

 そう思いながら全力で走った。

 三階から二階に降りて廊下の突き当たりの教室に逃げ込んだときだった、誰かに手を握られた。

「ハルッ!」

 鳴神くんだった。

 俺は肩で息をしているのに、鳴神くんは全然息を乱していなかった。

 鳴神くんは俺のことを真剣な目でまっすぐに見つめている。

「ッ、ぁ、鳴神……くん、足、早過ぎやん。リレー絶対一位やし」

「当然、ハルに嫌われたくないし」

 そのまま乱暴に唇を重ねられた。そのまま二人して床に倒れ込んだせいで、近くにあった椅子が派手な音を立てて倒れた。

「なっ、なな、鳴神くん、ここ学校! 人来るっ」

「じゃあ、もう逃げへん?」

「逃げない、逃げないから!」

「分かった」

 そう言った鳴神くんは俺からそっと離れてくれた。

 二人で床に座り込んで向かい合っている。鳴神くんはずっとばつの悪そうな顔をしていた。

「えっと、鳴神くん。ホントごめん。鳴神くんの友達に変な態度とって」

「もっとハルは怒ればいいよ。あいつらマジで空気読んでなくて、俺もさっき怒っておいた」

 鳴神くんのちょっと乱暴な話し方。怒ってる鳴神くんは怖いけど、ちょっとホッとしていた。本音で話してくれているって分かるから。あと、そういう喋り方も好きだ。なんかいつもと違ってドキドキする。あれ俺ってドMなん? いや、これはそういうんじゃないと思うけど。

「でも、俺が勝手に一人で拗ねてただけだし」

「何に拗ねてたの?」

「えっと……言わないとダメ?」

「ダメ。言って、全部」

 鳴神くんは有無を言わさない声で先を促してきた。

「その……えっとな」

「うん」

「……俺だけ、鳴神くんって呼んでるのが、嫌だった。です」

「うん」

「あと、もっと俺のことも……叱って欲しい」

 俺の言葉に鳴神くんは考えるような仕草を見せる。確かに叱って欲しいってなんやねん。

「あっ、えっと、怒られたいとかじゃなくて、いや全然怒ってくれていいんやけど、俺もみんなみたいに、なんでも気さくな感じで話して欲しくて」

「ハルのこと怒るのは嫌だけど、分かった、善処する。他には?」

 そう言われて、朝、鳴神くんが言ったことと同じ言葉が頭に浮かんだ。恥ずかしくて、かああと顔が赤くなる。

「言って」

「……その……お願いがあって」

「うん」

「……体育祭、俺だけ……見てて、ください」

 最後の方は消え入りそうな声でお願いしていた。

 鳴神くんは俺の話を真剣に聞いてくれている。しばらくして鳴神くんは両手で顔をおおったあと上を向いた。向いた後、俺に再び向き直る。何か葛藤していたらしい。

「ハル、分かった」

「え、何が」

「今から、俺、めっちゃ喋るけど許してくれる?」

「う……うん。どうぞ」

「ありがとう。俺も朝ハルに言ったよね。俺だけ見ててって」

「うん」

「アレはハルが俺の友達と仲良く話してるところを見たくないって意味だった。俺らずっと教室に二人っきりだったし、お互い他の友達が近くにいなかったから、そういう嫉妬とは無縁だったし……だから俺、戸惑ってて」

「え、鳴神くん、も」

 俺が好き避けしていたときも余裕綽々で受け止めてくれていたし、鳴神くんがそんな嫉妬をするなんて俺は想像もしていなかった。

「馬鹿みたいに嫉妬して態度悪いところをハルに見られたくなかった。情けないし、カッコ悪いから。だから今日、本当はアイツらに会わせたくなかった。アイツらは俺の情けないところ全部知ってるし。子供の頃からつるんでたから……。俺の初恋相手が転校してくるって知って浮ついて、バカみたいに変な喋り方してカッコつけてたこともアイツらは全部知ってるし。――だから、俺がハルのこと大好きなのもみんな知ってる」

「……え、全部知ってるの」

「あぁ全部知っている。恥ずかしいだろ」

「それは恥ずかしい、かも」

 子供の頃からつるんでいて、自分の恋心も情けないところもバレている相手に、恋人と楽しく話している姿を見られるのは、誰だって恥ずかしい。もし俺も同じ状況なら頭抱えちゃうと思う。

「俺、結構恥ずかしい男だよ? ハルにかっこいいって思われたいだけの恥ずかしくて情けない男です」

 鳴神くんは白状するように言ったあと、はにかむように笑った。情けない、恥ずかしい男だと言うけれど、俺は鳴神くんのそういうところが大好きだし、努力の方向性が斜め上なところも可愛いと思っている。

「てかハルは不安に思ってたみたいだけど、ハルとアイツらで一緒に過ごした年数は違うけど、あいつらにはなくて、ハルにだけある特別があるよ」

「え」

「編み物が好き」

 俺と鳴神くんを結びつけてくれた家庭科部。あの日、お互いの趣味を教え合えたことで二人の仲が深まった。

「俺が編み物が好きなこと、アイツらは知らない。だからハルと家庭科部作ったこと驚いてたし。アイツらは大切な友達だけど趣味まで理解して欲しいって思ってなかったから。でもハルには知ってもらいたいって思った」

「俺しか……知らない」

「うん。親だって俺が嫌々家の仕事でお守り袋手伝ってるだけって思ってるし。面と向かって編み物が好きだって言えたのはハルだけ」

「俺、だけ」

「さっき教室で雄二が言った通り、俺はカッコつけで、ハルに対して柄にもないことばっかりしているけど、それはハルが俺にとって誰よりも大切で特別だから」

 どうしよう。すごく嬉しい。鳴神くんと自分の間にしかない特別があったこと。一人で嫉妬して不安になっていたけど、同じくらい鳴神くんも嫉妬していたことが分かって嬉しい。

「鳴神くん、大切なお友達に嫉妬して本当にごめんなさい! あと一人で勝手にぐるぐるしてた」

 鳴神くんは首を横に振った。

「俺はハルが嫉妬してくれて嬉しい」

 鳴神くんはそう言って小さく笑ったあと、企み顔を浮かべて俺の手を両手で握ってきた。

「じゃあ、さっそく俺の名前、呼んでくれる?」

「え」

「いい機会だし」

「え、えーっと」

「ダメなの?」

 鳴神くんに色っぽい瞳で見つめられて心臓が跳ねた。

「えっと、じゃあ」

「うん」

「あ、あ、あき……ひこ」

「はーい」

 鳴神くんの甘い声が耳をくすぐった。俺を見つめる優しい両目が細められ、整ったピンク色の唇が嬉しそうに弧を描く。あぁ、もうダメだ。顔が真っ赤になる。

 これは学校生活に差し支えがありそうだ。頑張れ、慣れろ、慣れろと心が叫んでいる。けれど、すぐには無理そうだった。

「……あの、ふ、二人っきりのときだけにしても……いいでしょうか」

 えー、と不満を訴えるように鳴神くんが手をぎゅうぎゅう握り返してくる。こんなふうに素直に不満を伝えてくれるのが嬉しい。

 鳴神くんの友達と俺の話し方が違うのは、別に俺に対して遠慮しているからとか、彼らより深い仲じゃないからではないと分かった。だから、もう寂しくない。

 思えば最初から鳴神くんは俺に対して特別な方法で、全力で好意を伝えてくれていた。

 ジェントル鳴神くん。

 思い出して笑ってしまう。

 ちゃんと知っていたのに些細なことで不安になっていた。

「ま、慣れるまでその方がいいかな。それに俺、ハルに鳴神くんって呼ばれるの結構好きだよ。それも特別な感じがするから」

「そ、そっか」

「うん。どんな呼び方でも、ハルが呼んでくれるなら嬉しい」

 鳴神くんがそう言ったときだった。校庭からリレーの集合の案内が聞こえてきて、慌てて鳴神くんと校庭まで走った。

 俺たちが観覧席から消えていたことに気づいていた野崎先生は、俺らを見た瞬間こっぴどく叱ってきた。クラスに二人だけだとサボりはすぐにバレる。

 残念ながら体育祭のリレーは分校のチームは二位だった。でも俺の中で鳴神くんは誰よりも輝いていた。

 校舎で逃げ回っていたときにも思っていたけど、鳴神くんは運動神経も良かった。


 体育祭が終わったあと、俺は鳴神くんにお願いしてお友達みんなを呼んでもらった。謝りたかったのもあったけど、自分も鳴神くんの友達と仲良くなりたかったのだ。

 俺のことを「彼氏です」と紹介してくれた鳴神くんは、みんなにお祝いされて「ダルい」ってウザがっていたけど、結構嬉しそうだった。

 そうして俺たちは、彼らと夏休みに村のお祭りで会う約束をして本校をあとにした。

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