キス*
心臓が止まりそうなくらい、とんでもない話だった。
つまり俺は昔から鳴神くんのことが大好きだったのだ。再会してもう一度好きになるのは自然な流れだ。
――でも。
このまま告白とかしていいんだろうか。鳴神くんは、ずっと優しい笑顔のままだ。その表情から俺のしたことを怒ってないのは分かる。
俺の子供の頃のバカみたいな告白とキスを覚えていてくれて、それでも呆れずに俺と友達になりたいと思ってくれた。もっと仲良くなりたいと思ってくれた。それは、どんな意味で? 俺は鳴神くんの返事を期待してもいいんだろうか。
友達以上も望んでいいんだろうか。
一昨日、家庭科室で鳴神くんとキスしたかったって、俺の気持ちを伝えても、この先も一緒にいてくれる? 教室に二人っきりで気まずくない?
いや、仮に告白しなかったとしても、昔のことを全部思い出した時点で、十分気まずい関係なんだけど。
「俺の話は終わったけど。じゃあ、ハルの方の話、訊いていい?」
話をふられて肩がビクッとなった。
「えっと……えっとな、この流れで言うのなんか、本当、ごめんっていうか今更やし、黙っておいた方がお互いのためかもしれんけど」
「いいよ。それでも聞きたい。でもさ……なんとなく、ハルの顔と態度見て、俺分かっちゃったというか……だから、俺の方が言わせてるみたいだよね」
鳴神くんはそう言って気まずそうに頬を指でかいた。
「マジで……やっぱ分かる?」
俺は鳴神くんの顔を気まずい上目遣いで見上げた。
「それはまぁ、ね。ハルは隠し事できないみたいだし」
「うー……はい。そうです」
「家庭科室でハルが顔真っ赤にしたとき、俺、本当にどうしようかと思った。理性を試されてたなぁ。――これで分かる?」
誘うような鳴神くんの色っぽい瞳で、鳴神くんの気持ちは十分俺に伝わった。じゃあ、伝えよう。よし、もう決心した。
「あ、うん、分かった。……本当。俺、全部出るみたいで」
「ハルのそういうふうに直球で気持ちを伝えてくれるところ。俺は好き」
「は、はい」
ちゃんと言おうと決心してたのに、結局、先に鳴神くんに言われてしまった。好き、俺も鳴神くんが大好きだ。
「んー? お返事はいだけ、なんだ?」
俺の口が思う通りに動かない。早く言えばいいのに。
「ちょ、ちょっと待ってな。俺もちゃんと言うから。ずっと混乱してて」
「熱出しちゃうくらいだしね」
「うん、そう、多分これは知恵熱。でも、ちゃんと言うから、鳴神くん聞いてくれる?」
「もちろん、どうぞ」
俺は鳴神くんの顔を真っ直ぐに見つめ返した。そして近くにあった鳴神くんの手に自分の手を重ねる。
「お、俺、鳴神くんのこと、好きになっちゃってん」
「俺のこと好きになってくれて、どうもありがとうございます。嬉しい」
「そ、それで、鳴神くんのこと……一昨日から避けてました。ごめんなさい」
「まぁ、それは俺がいきなり距離縮めたせいだし。それに、ハルが好き避けしてるのは分かってたし。全然いいよ。怒ってないし。むしろアレはアレでご褒美だったかな?」
「え、マジで?」
「うん。なんか、意識してくれたの分かって嬉しかった。……寂しかったけどね」
良かった、許してくれた。自分の気持ちを受け入れてもらえて、ほっとしたせいか俺は墓穴を掘った。
「でな、鳴神くんとくっついているの全然嫌じゃなかったし、ほ、本当は……家庭科室で、俺、鳴神くんとキ、キス……したかったって思ってたし」
「へぇ、シたかった?」
鳴神くんの美しい顔がぐいっと近くにくる。
「ふぇ?」
そんな急に二人の仲を進めるつもりはなかった。でも、好き同士が部屋に二人っきりでいたら仕方ないと思う。だってキスしたかったのは本当だし。
「そう。じゃあ、一昨日の続き、今してもいい?」
「え?」
トン、と鳴神くんに肩を押された。
雨漏りの黒いシミがある低い天井が見える。やっぱりバケモノみたいに見える。でも、今は怖くない。鳴神くんのことで頭がいっぱいだから。
これも熱のせいだろうか。
俺と同じくらい鳴神くんも熱に浮かされたような目をしていた。
「え……えーっと」
「いや? 嫌ならしない」
「い、嫌じゃない」
「まぁ、俺の初キスは、もうハルに奪われてるんだけどね。ハルみたいに情熱的なキスじゃなかったらごめんね」
「その、昔の俺が……マジですみません。無理やりキスなんて蛮行を」
ふふ、と鳴神くんは優しく微笑んだ。
「ハルに負けないように、俺もがんばるよ」
鳴神くんはそう言ったあと、熱のせいで張り付いている俺の前髪をそっと、かき上げてくれた。
「ぁ……」
「デコチュー嫌?」
「え、え? いや、全然! い、いや、じゃないです」
呼吸が触れ合うほど近くで俺は鳴神くんと見つめ合っていた。鳴神くんの長いまつ毛。唇が期待で震えている。
「そ? じゃあ、おでこにするね」
そう言った鳴神くんは、ちゅ、と戯れるようなキスを俺の額に落とした。
キスしたあと、そっと離れていく鳴神くんの唇を俺は目で追っていた。これで終わりだと思っていたら、鳴神くんの手が俺の顎にかかって少しだけ上を向かされた。
「あ、残念そうな顔してる」
「あ、これは……ち、ちが、違って」
「ハルのすけべ。心配しなくても、ちゃんと続き、するよ」
「っ、ぁ……んんっ……」
鳴神くんのキスは、昔、俺が無理やりした幼稚で最低なキスとは全然違った。唇が触れ合った瞬間、身体中に熱を灯される。
そんな優しくて甘い初キスに感動していた。鳴神くんがしてくれる恋人らしいことは、俺にとって全て初めての経験だ。なにせ鳴神くんが俺の初めての恋人だから。
嬉しさと恥ずかしさがせめぎあっていた。その場で鳴神くんにされるがままになっていたら、突然、何か訴えるような苦しげな瞳で見つめられた。
美しく澄んだ黒い瞳が、なんかちょっと怒ってる? あれ、どうして?
「その顔、反則。可愛すぎ」
「え?」
「ハルは、もうちょっと、抵抗した方がいい」
「抵抗?」
「俺、今日は、ちょっとだけハルのことからかって終わるつもりだった。俺のこと恋人として意識してほしかっただけだし。こんな騙し討ちみたいなことするつもりじゃ……」
「え、俺のこと遊びだったん」
「そういう意味じゃないよ。今日はって意味。もしかして初めてで余裕ないのって俺だけ? なんか悔しいなぁ」
鳴神くんは俺に覆い被さってハグしたまま微動だにしない。耳元で「あぁ、もう、どうしよ」と言いながら葛藤していた。
「鳴神くん」
「ん?」
「あのさ、俺も鳴神くんが初めての恋人だし余裕とか……ない」
「本当?」
「うん。てか鳴神くんのキス……めっちゃ気持ちよくてさ、抵抗とかしたくなかった……めっちゃキス上手だね。いやまぁ、比べる人はいないんやけど、初めてだし」
俺がそう返したら低いうめき声が返ってくる。鳴神くんは布団に額を擦り付けていた。
「鳴神、くん?」
「あ……あのさ、押し倒したのは俺だけど、ハルはもっと自分を大事にして欲しい」
布団から顔をあげた鳴神くんは体調不良で熱を出している俺よりも熱っぽい涙目になっていた。
「え、でも俺、鳴神くんだからキスしたかったんだし」
「俺が真剣に葛藤しているときに、また、そういうこと言うし」
鳴神くんは恨めしげな顔をして俺を見ている。耐えられないみたいな目で、鳴神くんがその場でみじろぎした。
そこで、あぁ、そういうことか! と理解した。
鳴神くんだから、俺はキスしたいと思った。
鳴神くんも同じ気持ちだったから、今は晴れて恋人同士になって、幸せなキスとハグを繰り返している。
ここは、俺たち以外誰もいない部屋だ。そんな場所で恋人同士が二人っきりでいたらどうなるか、なんて火を見るよりも明らかだ。
小学生なら分からなくても、高校生ならどうなるかくらい分かるだろう。
「ハル、分かってる? 俺は、ハルのお兄ちゃんになりたいわけじゃないからね」
「ぁ……うん。分かった。全部、今」
これはキスの先の話だ。
「分かってくれて嬉しい」
口を開けて舌を絡めて呼吸を交換するような熱いキスをした。その先を知っていたのに、俺はそれを自分と鳴神くんのこととして捉えていなかった。
今、この瞬間まで。
体が密着していたから鳴神くんの変化が分かってしまった。
鳴神くんが、苦しそうな瞳で俺のことを見て葛藤していた理由も。全部、分かった。
(そっか、俺はキスのその先も鳴神くん相手に求めて良かったんだ)
大切な恋人から素敵な選択肢をもらえた気がした。
ただ、この場合、最初に考えてなかった俺が迂闊だったのは間違いない。早々に謝った方がいい。鳴神くんは、俺より真剣に俺の身体のことを考えてくれていたのだから。
「ご、ごめん、俺がめっちゃ考えなしだった! 鳴神くんがキス以上のこと俺と考えてるとか思ってなくて」
「考えるよ。キスもそれ以上も。でも、ごめん。俺の理性が持たなくて驚かせた」
「それは大丈夫。俺も男やし。せ、生理現象やし、てか、そんなん分かったら俺だって……もう、普通に、あかんし」
布団の上でお互いの下腹の熱を知ってしまった。俺は思わず自分の顔を両手で覆う。我慢が効かない男で情けない。
「ハル、今日のところは、もう考えないようにした方がよくない?」
「や、てかちゃんと考えよ、俺たちのことやし。全然、俺、嫌ちゃうよ……むしろ」
「ダメ。少なくとも熱があるときは考えない方がいいよ。薬持ってくるから、大人しく寝てて。あと、ちょっと戻ってくるまで時間かかるけど……気にしないで」
鳴神くんは、そう言って俺から離れていこうとした。
熱で頭が混乱していたからだろうか。でも、それだけが理由じゃない。鳴神くんのことをもっと知りたいと思った。無我夢中で、鳴神くんの手を掴んでいた。
「でも、俺、こんなんで……体、熱いままで、絶対寝られんし、鳴神くんも……」
すっ、と鳴神くんが息を吸う音が聞こえた。
「ハル、自分で言ってる意味分かってる?」
「分かってる」
「……そう」
「俺、鳴神くんのこと全部、知りたいって、ちゃんと思ってるから。そう言う意味で好きやし」
「分かった。最後までしない。シたら大人しく寝るで、いい」
「……うん」
返事すると鳴神くんは俺が座っている布団のところまで戻ってきてくれた。鳴神くんは俺の正面に座って優しく俺の髪をすいて額にキスをくれる。
「おでこ熱い、大丈夫?」
「うん、だいじょぶ」
「体、ガチガチ」
「それは、は、初めて、だから」
「うん、俺も」
頭は熱でぼんやりして身体は鳴神くんを思う熱でぐずぐずだった。額から唇へと移った啄むようなキスは次第に深くなっていく。
「下、さわるよ」
こくりと頷くと、キスされながら興奮した下腹を外気にさらされた。恥ずかしさよりも、興味と興奮が優っていた。鳴神くんに触れられた俺の熱は、優しく解放するように擦られている。
気持ちいい。気持ちいい。
先走りが溢れるたび、どんどん切なさが募っていった。
呼吸が苦しくなってきて、自然と唇が鳴神くんから離れた。自分ではどうにもできない体の興奮と切実さを伝えるように俺は鳴神くんの胸元に額を擦り付けていた。
「んっ、んんっ」
「ハル、声可愛い」
「ぁ、ご、ごめ」
「褒めてるんだけどなぁ」
自分だけ熱を高めるように触られているのが落ち着かなくて、興奮で震える指先で鳴神くんの下腹にも触れたら、ちょっと驚かれた。でも拒絶されなかったので、そのまま鳴神くんのチノパンも俺と同じ状態にしようとした。でもスウェットみたいに上手くいなかくて、モタモタしていたら鳴神くんが自分でくつろげてくれた。
「見たかった?」
「だ、だって。俺だけ見られるの、や、やし。てか普通に、見たい」
鳴神くんにニコニコされてしまったので、俺は言い訳みたいなことを早口で言っていた。
「普通に見たいですか?」
「そりゃ、男の子やもん、好きな人のは見たい」
「そ? じゃあ、見た感想は?」
「え、感想? えーっと、その……お、おっきいね」
「あはは、おっきいってハル、自分も同じものついているやん」
笑いながら目を細めた鳴神くんの瞳が色っぽくて、髪をかきあげる仕草に、ことさら興奮を煽られてしまった。
「ひ、人のってマジマジ見る機会ないやん」
「じゃあ、俺がするとこ見てて」
鳴神くんの大きな手は俺の手ごと二人分の熱を束ねて握っている。敏感な先っぽを手のひらで優しく擦られて思わず息を詰めた。
「ん、ぁ、んんっ」
「ここ、気持ちいい?」
「ぁ、んんっ、気持ちいい、気持ちいから」
「もっとする?」
「ん……」
お互いの熱を擦られながらハグされると、心臓の脈打つ音を二人分感じて心地良かった。鳴神くんの胸元で荒い呼吸を繰り返しているのに、全然身体はつらなくなくて、文字通り鳴神くんに酔っていた。鳴神くんの触れ方がどこまでも優しいから、なんだか看病されているみたいだった。
「ぁ、あぁ、だめ、もう、鳴神くん、気持ちいい、それ気持ちい、から」
「うん、俺も」
胸元から鳴神くんを見上げたら、そのまま舌を絡めながら深くキスされた。絡めた舌から鳴神くんの切実さが伝わってきて、興奮のまま一番上まで上り詰めていた。
「……大好きだよ、ハル」
「うん、俺も、大好き。鳴神くん」
心地よい余韻のなか呼吸を奪うように絡めた鳴神くんの舌が甘くて――俺の身体は、そのまま全て蕩けてしまった。
要するに、熱が上がってしまった。
――どんなに気持ちが盛り上がっても、体調が悪いときには絶対無理をしてはいけない。
というすばらしい教訓を俺たちは得た。
幸い適度に疲れて気絶するように眠ったからか、夕方には全快した。




