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銀色の雲の上  作者: 町屋りんご


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第37話-2 ゲオルグの生い立ち

この日、三人の子どもたちは、信じられないほど仲良く過ごした。


ゲオルグとフランツを連れて、ミハエルが屋敷中を案内してくれた。

ミハエルは至極親切で、ゲオルグは彼のことを純粋に良い奴かもしれない、と思い始めていた。

いつの間にかこれからの生活に胸を躍らせていることに気づき、ゲオルグは自分で意外な思いがする。

先ほどまであんなに憎んでいたはずなのに、我ながらこの変わりようはいったいどういうことだろう。

しかし、ミハエルの佇まいは、ゲオルグにそう思わせるのに充分だった。


何か神聖なものに触れるかのような思いにさせられる。


弟のフランツは、もっと無邪気だった。ミハエルのことを相当気に入ったらしい、とっておきのショコラーデ(チョコレート)を分けてやっていた。

ミハエルは顔を明るくさせて受け取った。


子守のエミリアは、始終子どもたちについて周りながら後ろで見守っていた。

鼻の頭にそばかすを浮かべ、きっちりと長く編んだ三つ編みを垂らした、素朴な女性だ。

年の頃は十八、九といったところだろうか。

ミハエルが時折エミリアに抱きつく。

エミリアのことを信頼しきっていることは、傍目にも明らかだった。


その日は順調に過ぎていくはずだった。


空気が一変したのは、その日の夜のことである。


「僕たち、同じ部屋で過ごすの?」


突如、ミハエルが悲鳴にも似た声を上げた。


夕食を皆で済ませた後、いざ子ども部屋に戻る段になって起きたことだ。


どうやらこの日まで、ゲオルグたちの寝台の手配が遅れてしまっていたらしい。

ゲオルグたちが到着するこの日に、なんとか設置して就寝時までに間に合わせることになっていたのだという。

寝台は、子どもたちが屋外に散策に出かけているあいだに大急ぎで設置された。

たしかにゲオルグがミハエルにこの部屋を案内してもらった時には、ミハエルのものらしき寝台が一つしか置かれていなかった。


この部屋で寝起きする当のミハエルとエミリアへの連絡がこの時まですっかり抜け落ちていたとのことだった。

ミハエルとエミリアは二人で抱きすがるようにして、明らかに狼狽していた。


ゲオルグは昼間、屋敷中を案内してもらっている。

部屋の位置や広さ、用途はすでに把握している。

使用人たちの連絡の不備は責められるにしても、他に適当な部屋がないのだから三人が同じ場所で過ごすことになるのは考えなくても分かりそうなものなのに、と冷静にそう思った。


しかし、ミハエルとエミリアにとっては、そうではなかったらしい。


「同じ部屋だなんて、絶対に駄目!」


ミハエルは血相を変え、断固拒否している。


ゲオルグたちは、唐突に突き放された。


子ども部屋に三つ置かれた寝台を前に、ミハエルがさらに声高に叫ぶ。


「同じ部屋になるくらいなら、僕は物置部屋で寝る!」


ゲオルグの心は急速に冷えていった。


(ああ、なんだ)


虚ろな眼でミハエルを見つめる。


(本音では俺たちのことなど受け入れていなかったんだ)


昼間に仲良くしてくれたのは、所詮は取り繕ったものだったのだ。

一時だけ忘れられていた復讐心が、ゲオルグの中で再び烈しく燃え上がる。


焦りを露わにするミハエルを見据え、ゲオルグは口を開いた。


「それなら物置で寝ればいいじゃないか」


大人たちの視線が一斉にゲオルグに集まる。どよめきが起きた。


「そういうわけにはいかないのですよ」


若き家令のフリードリヒが、屋敷に新たに加わったダミッシュ家の息子に敬意を払いつつ、優しく言い聞かせた。

しかしゲオルグは、幼い顔にわざと人のさそうな笑みを浮かべ、あたかもミハエルを労わるように言った。


「きっとミハエルは、新しい環境に戸惑っているんだ。気落ちが落ち着くまで、望みを叶えてあげれば良いじゃないか」


これは、半分は自分に言い聞かせた言葉でもあった。

そう、彼はただ環境の変化に驚いているだけだ―――……。


大人たちはそんなわけにはいかないと、しばらくミハエルを説き伏せようと努力した。

が、ついにミハエルはゲオルグたちと部屋を共にすることに首を縦に振らなかった。

大人たちは、なぜゲオルグらと部屋を共にできないのか理由を問いただしたが、ミハエルは答えなかった。

エミリアはというと、始終悲しそうな顔でミハエルのことを見守っていただけである。

ついに彼を諭すようなことはしなかった。


その日から、地下の空き部屋がミハエルの部屋になった。


ミハエルの荷物が地下の部屋に運び込まれる。

屋敷の中にはいくつか物置部屋があるが、そもそも人の生活する場所ではない。

その点、地下の空き部屋は、暖炉と最低限の家具がそろっている。

元から使用人のために設けられた部屋なのだ。


大人たちは、結局のところミハエルの境遇を不憫に思ったらしい。

実の母親に出て行かれ、本人の意思に関係なく腹違いの兄弟と生活することになった少年が、あのように取り乱すのも仕方のないことだ、と。

彼の身に起きた、この残酷とも言える環境の変化を、きっとどうしても受け入れきれなかったのだろう、と解釈した。

そうして大人たちのせめてもの配慮でミハエルの部屋の移動が許された。


ゲオルグは大人たちのいない隙を見はからって、ミハエルに鋭く言い放つ。


「お前の勝手で部屋を出るのだから、エミリアは子ども部屋へ置いていけ」


ミハエルはうろたえた。ゲオルグは主張する。エミリアはお前の個人付きの使用人ではない、子ども部屋付きの使用人なのだ、と。

ミハエルは蒼ざめてしばらく食い下がった。

しかし、ゲオルグは一切意見を譲るつもりなどなかった。

ミハエルは、仕方なく条件を呑んだ。


ゲオルグは、かえって打ち砕かれた。


(そこまでしても俺たちを受け入れたくないか)


エミリアと離れるくらいならミハエルが子ども部屋で過ごすことを選択するのではないかと、淡い期待を抱いていたのだ。

信頼するエミリアと離れてまでも頑なに俺たちのことを拒絶するのかと、腹の底から怒りが湧いてきた。


一瞬でもミハエルを受け入れた自分が馬鹿だった。


大人たちの計らいで、ミハエルの一時的な見守り役にと、家令のフリードリヒがあてがわれることになった。

フリードリヒの部屋は、ミハエルが移動した部屋の隣に位置している。 


しかしミハエルはこれを断った。これはさすがにゲオルグも訳が分からなかった。

ミハエルは、家の秩序を著しく掻き乱している。あまりにも自分勝手ではないか。


ゲオルグは、一連の出来事を、ミハエルの傲慢さからくるものだと解釈した。

自分の優位性を無自覚に知らしめようとしているのだ。ゲオルグは悔しさでいっぱいになった。


ゲオルグは暗い眼でミハエルを睨み据える。


「ミハエル、お前を徹底的に追い詰めてやるからな」

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