第29話-2 暖炉の傍で
「あげるよ」
「なんだ?」
アレクサンダーはワクワクと手のひらを広げるなり、笑顔になった。
ミハエルが渡したのは、綺麗な包み紙に個包装されたショコラ―デだ。
「言っておくけど、お礼じゃないからな?」
「はは、嬉しいよ。ありがとうな」
アレクサンダーは目尻を下げている。
予想よりも遥かに嬉しそうに受け取ってくれたのを見て、ミハエルはかえっていたたまれない気持ちになった。
「だから礼じゃなくて、これはその、おまけで」
ミハエルは念を押す。半分思い付きでで渡しただけだ。
ショコラーデ一粒で礼をしたなどと思われたくない。
「いいさ、いいさ、おまけも嬉しいさ。ショコラーデ、好きなのか?」
アレクサンダーはニコニコしながら、ショコラーデを大事そうに胸ポケットに仕舞い込んだ。
「たまに食事についてくるんだ」
「俺もここのショコラーデは好きだ。王室御用達の製造業者のものだよな。うちにもたまに注文を取りに来る」
高級菓子店の方からご用伺いに出向いてくるとは、またもやさりげなく家の格の違いを見せつけられた。
アレクサンダーにとっては厭味でなく日常なのだろう。
ささやかなおまけを気に入ってくれたようでミハエルは安堵する。
それからほどなくしてアレクサンダーは帰っていった。
ミハエルは先ほどまでアレクサンダーが座っていた椅子に腰をおろす。
(結局、アレクサンダーの押しの強さには敵わなかったな)
やれやれと思いながら、口の端に小さな笑みを浮かべる。
アレクサンダーが唐突に見舞いに訪れて以降、何度も突き放し、ついにはヒステリックに怒鳴り散らすようなことをしてしまった。
けれども結局はこのような形で落ち着いた。
人に心を開くことに慣れていないが、今回ばかりはアレクサンダーの強引さに救われたのかもしれない。
アレクサンダーに対するこれまでの悪態はすべて自身の警戒心からきていたもので、アレクサンダー本人のことを嫌っていたわけでは無い、と認めた。
放課後になると小屋でギムナジウムの課題をこなし、切り上げる時間になるとアレクサンダーの淹れた紅茶とお菓子を楽しむ。
明日も、明後日も、同じ時間を過ごせればいいと思った。
アレクサンダーは立派な茶器を置いて帰り、頼んでもいないのに食事を作る。
お節介の度を超えるているような気がするが、ミハエルは彼から与えられて初めて、人との関わりや温かい食事に想像以上に飢えていることに気づいた。
アレクサンダーにすべてをさらけ出せるわけではないが、少なからず気を許していることに、信じられない思いがする。
その一方で不安も残っている。自身の秘密が悟られてはならないことに変わりはない。
ミハエルには、それに、と不安を募らせる。
(願わくば、このままゲオルグに気づかれませんように)
この場所にアレクサンダーを招き入れていると知れたら、どのように引っ掻きまわされるか分からない。
普段ミハエルが洗濯部屋に食事を取りに行く時は、なるべくゲオルグが身動きできない時間帯を狙っている。
授業が終わるとさっさと教室を出るミハエルと違って、ゲオルグは放課後も級友と過ごしたり、帰宅しても家庭教師について勉強や習い事をしたり、何かと忙しい。
(……本当に、ゲオルグは何も気づいていないのだろうか?)
庭で出くわす使用人たちには固く口止めしてある。
はたしてどこまでゲオルグに隠し通せているのだろう。
実際、本宅の子ども部屋からは、小屋が丸見えのはずである。
小屋のカーテンは閉め切っていて部屋の中まで覗かれないだろうが、知ろう思えば人の出入りくらいは簡単に把握することができるはずだ。
それだけでない。
アレクサンダーと二人で街路を歩く姿を、これまでも誰かしらに見られてきたはずだ。
ゲオルグと帰宅時間が重ならなかったとて、彼と仲の良い級友たちが耳に入れていることも充分考えられる。
(邪魔しにくるのも時間の問題だ……)
ゲオルグは悪魔そのものだ。常にこちらのこと嗅ぎ付け、ミハエルを鉤爪に引っ掻けて、執拗に離さない。
(僕が誰かと楽しそうに過ごすなんて、ましてやそれがアレクサンダーだなんて、ゲオルグが許すはずがない)
ミハエルは憂いながら、薄い唇をギュッと噛みしめた。
アレクサンダーとの時間をこのまま手放したくない。そう思っている。




