第22話 お茶の時間
アレクサンダーには遠慮というものがないのであろうか。
その後も、なんだかんだ理由をつけて小屋にやってくる。
否、理由がなくてもやってくる。
しかも、悪びれもせず。
授業が終わるとすかさずミハエルをとらえ、再び毎日のように帰路にくっついてくるようになった。
先日は血の障りに気づかれることなくやり過ごすことができ、安堵としている。
ミハエルはそんなアレクサンダーのことを振り払うことさえ、次第に億劫になってきた。
抵抗するだけ労力の無駄というものである。
横並びで石畳を歩くアレクサンダーの横顔を、ミハエルは制帽のツバの隙間からチラリと見上げる。
アレクサンダーはというと、この日あった出来事を面白そうに喋っている。
アレクサンダーの笑い方は屈託がない。
まるで全ての悪いものを払拭するような笑い方をする。
小屋では、部屋の真ん中にある、テーブルと揃いの椅子が彼の定位置になった。
最近ではほとんどアレクサンダーが暖炉の火を焚く作業を担うようになった。
日に日に手際も良くなり、この日も満足げに暖炉の炎を眺めている。
アレクサンダーはつい先日、缶入り茶葉と精巧な茶器をひと揃い、小屋に持ち込んだ。
その日アレクサンダーは、ティーポットに茶葉を入れ、蒸らして二人分のカップに注ぐまでひと通りやって見せた。
それから優雅に紅茶を飲んだ後、窯から湯冷ましを取り出して丁寧にティーポットとカップ、ソーサーをすすいだかと思うと、自宅からわざわざ持ち込んだ布で茶器を清潔に拭いて、茶葉の入った缶と一緒に整理棚の上に置いて帰った。
「お茶は勝手に飲んで良いからな」
帰り際に気前の良さげなことを言っていたが、そういう問題ではない。
まさかアレクサンダーは通い詰める気ではないかと心配していたが、その通りになりつつある。
アレクサンダーが私物を持ち込み始めるなど、物理的に小屋を侵食するための第一歩を彼に踏み出させてしまったのではないか。
「どういうつもりなんだよ」
ミハエルは、アレクサンダーを睨めつける。
たった今も、アレクサンダーは勉強を少し早く切り上げたかと思うと、目の前で勝手に窯で湯を沸かしてお茶の準備をはじめている。
「君は、ここを自分の家と勘違いしているな?」
ミハエルは、呆れ果てる。
アレクサンダーは、紅茶を持ちこんだその日から、テーブルにお菓子を広げて一緒につまむようになった。
お菓子は二人で食べるだけのわずかな量である。
それでも茶器とともにテーブルの上に並べられると、にわかに部屋の中が華やぐ。
実のところミハエルは甘いものが好きだ。
ただでさえお菓子が好きなのに、アレクサンダーが持ち込む食べ物はどれも上等で美味しい。
たまに、さすがと言うべきか、舶来ものの珍しいお菓子も持ってくる。
カップから温かな湯気が立つのを見て、ミハエルは体の強張りが解けていくのを感じた。
認めたくはないが、心のどこかで香りのよいお茶もお菓子も悪くないと思っている自分がいる。
そんなことアレクサンダーに知られるのは癪なので、一言たりとも教えてやらないのだが。
「ミハエルも一緒にお茶を飲もうぜ」
アレクサンダーは二人分準備したカップのうちの一つを差し出している。
ティーセットは精巧な柄が絵付けされ、金で縁どりされている。
磁器そのものに白い透明感があり、見るだけで高価なものだと分かる。
アレクサンダーは優雅にお茶を飲み始めている。
こちらのことなどお構いなしでズカズカと上がりこんでくるくせに、ガサツかと思いきや、お茶を飲む所作にふとした品がある。
(さすが貴族さま)
すっかりくつろいでいるアレクサンダーに皮肉っぽくそんなことを思いながら、温かな紅茶や甘いお菓子が魅惑的にミハエルを誘い、この状況をどうしたものかと捉えかねている。
この日アレクサンダーが持ち込んだのは切り分けたクグロフだった。
焼き菓子の断面からはたっぷりドライフルーツが練り込まれているのが分かる。
美味しそうではあるが、癪なのでこの日は出されたお菓子に手をつけなかった。
「うちの菓子職人がいじけるぞ?」
むりやりクグロフを口につっこまれてしまった。
ミハエルはむぐむぐと口をうごかす。
ミハエルの口の中いっぱいに、甘みと香ばしい香りが広がって鼻を抜ける。
アレクサンダーはテーブルの上で頬杖をついて、ニコニコとこちらを見つめている。
(いったい、なんなんだ……)
アレクサンダーのペースに呑まれて、こちらの調子が狂ってしまう。
(もしかして、僕を餌付けしようとしているのか?)
もぐもぐと咀嚼しながら、そんな穿ったことを考える。
しかし、お菓子の美味しさに惹かれていることも事実だ。
目の前のお菓子に、密かに心躍らせている自分がいる。
我ながら単純すぎて嫌になってくる。
「そうだ、これからはアレクと呼べ。友だちなんだし」
「断る」
ミハエルは無下に言い放った。




