第3話 出会い
丸窓で例の人影を見つける数分前のこと―――……
(これでもう何年目だ?)
アレクサンダーは空を見上げながら、はあ、と大きくため息をついた。
一、二……と親指から順番に数えてみる。
(あれから、ほぼ十年……か)
長い夏季休暇が終わり、足はこの日から編入するギムナジウムへ向かっている。
「今年も会えなかったか」
夏の暑さがやわらぎ、朝夕は冷え込むようになってきた。
九月の涼しくしんみりとした空気に頬をなでられるままにしながら、家からギムナジウムまでの小路を歩く。
出掛け間際に家付きの運転手が自動車での送迎を申し出たが、そう遠くない距離であるし他の生徒に見られても困るので断った。
靴底にひたひたと石畳の感触が伝わってくる。
歩きながら、あれこれと幼い頃の出来事を思い出す。
あれは、まだギムナジウムにへ上がる前の、予備学校に通う年齢の時のことだった。
夏季休暇には必ず別荘に遊びに行くのがアレクサンダーの実家の恒例である。
別荘先の森の泉の畔で、あの少年に出会った。
夏のあの日、少年とほんのわずかに一緒に過ごした時間があまりにも印象的で、今もあの光景が鮮明に脳裏に焼きついている。
泉の少年との再会を願い、かの地へ赴くたびに毎年、時間が許す限り足を運んでいる。
(今頃どこで何をしているんだろうな)
アレクサンダーは、秋の抜けるような青空を見上げた。
今年もほんの数日前まで別荘先の森の泉の畔で、あの少年のことを待ち続けていた。
柄にもないことだと思いながら、足を運ばずにはいられない。
(もう二度と会えないのか?)
それだけは、絶対に嫌だ。
(俺は、アイツに渡さなければならないものがある)
ギムナジウムの校舎の角を曲がった時、ふとアレクサンダーは校舎を見上げた。
校舎の端には洒落た塔がある。
最上階の丸窓に人影を見つける。
やわらかそうな髪を風になでられるままにして、その生徒はそこに立っていた。
遠目に、目が合う。
「あっ」
アレクサンダーは思わず叫んだ。
―――――アイツだ!
ついに、見つけた!
気がつくと、アレクサンダーは石畳の上を全速力で走り出し、夢中になって丸窓を目がけていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初めて踏み入れた教室で、アレクサンダーは右手に握りしめた布人形をドンッと拳ごと机に叩きつけた。
目の前の人物がビクッと肩を揺らす。
教室中の生徒たちの視線が一気に二人に集まった。
「お前、前にも俺と会ったことがあるよな?」
有無を言わさない語気で、身を乗り出すように言う。
目の前の、まるで精巧な陶磁器人形のような見た目の生徒は、アレクサンダーのあまりの勢いに目を見開いて固まっていたが、「知らない」と、素っ気なく答えた。
「いいや」
アレクサンダーは食い下がる。
「お前は絶対にこの人形を知っているはずだ」
グイッと、布でできた人形をその生徒の前に差し出す。
目の前の生徒は圧されて少しのけぞると、澄ました顔にとりなおす。
「知らない。なぜ君は僕がその人形を知っていると思うの」
生徒は微動だにせず、極めて冷静な声で問うた。
「それは……」
アレクサンダーは一瞬、言葉に詰まる。
「それは、この人形の持ち主とお前の見た目がそっくりだからだ」
「そんな人、山ほどいるよ」
それは、そうだ。
目の前の生徒はなおも続ける。
「僕はそんな人形は知らない。そもそも、君は誰?」
顔に微笑みを浮かべ丁寧な口調でありながら、明らかに関わりたくなさそうだ。
自分との間に断固として線引きをしようとしているのを声の雰囲気で感じ取りながらも、アレクサンダーは次の言葉を探す。
たしかに目の前の彼は、泉の畔で出会った少年と見た目こそ似ているものの、他人の空似と言われてしまえばそれまでだ。
「俺は、」
言いかけたその時、教室の扉が開いて「おやぁ」という声が飛び込んできた。
「君、困るなぁ。先に教室に来ていたのかい?探していたんだよ。君は編入初日なんだから、まずは教務室の僕のところへ挨拶に来てくれなくちゃ」
振り向くと、この教室の担任教師らしい男が扉のノブを掴んで覗き込んでいる。
「さーせん」
悪びれる様子もなくアレクサンダーは答える。
教師はアレクサンダーに促した。
「まぁ、いいや。このまま教室の皆に君の紹介をしよう。さ、教壇の前に立って」
教師に促され、アレクサンダーは言われるがまま教壇の前に立った。
「君たち、今日からこのギムナジウムに編入する、アレクサンダー・フォン・ゲルステンビュッテル君だ」
ギムナジウム第八学年、十六歳から始まる年次、教室はザワザワと喧騒に包まれた。




