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全身真っ赤なやつが、佐伯正雄に馬乗りになっている状態で両手に包丁のようなものをもって振り上げている。
これはまずい!
走って止めようとしたら、
包丁が僕の目の前を過ぎ去っていった。
後一歩前に出てたら、切られていた…
「オー…神影…危ないよ!危ない」
危ないのは貴方ですが?と問い詰めたくなったが、
僕は静かに語りかけた。
「…何をされているんですか?」
「キシシ…本物なら死なない!」
本物なら死なない?
「キシシシシ…でも、偽物だね!偽物!」
「…偽物…ですか?」
「キシシ…やっぱり神影は本物だ!」
「…僕が…本物?」
「キシ、キシシ…偽物はいらないね」
そう言って、佐伯正雄から離れて立ち上がり、
クネクネと踊りはじめる。
「キシシシシ…神影〜…もう少しで死ぬとこだったよ?」
「…危うく切られるところでしたね」
「キシシ…でも、避けた!避けた!」
避けたというより、たまたま当たらなかっただけだが…
「キシシシシ…神影はカッコいいね!いいね!」
「…前から聞きたかったのですが、それは何ですか?何故僕のことをカッコいいなどと言うのでしょうか?理由は何でしょうか?」
「キシシ…ピエロはピエロだよ!」
キシ!キシ!と笑いながら踊っている。
偽物はいらないね!と言って、
山の中の暗闇へと入っていく。
僕を見て、笑いながら暗闇に溶けて消えて行った。
「…正雄さん、大丈夫ですか」
「あんたは…」
「…神影と申します。それで大丈夫ですか?」
「あ、ああ、すまんな…」
僕は手を貸して、起き上がらせてあげる。
「…こんな夜中に散歩をされるのは危ないと思うのですが」
「…神影さんもそうじゃろ」
そう言われてしまうとそうだなと思ってしまう。
「じゃが、そのおかげで助かったわい…。ありがとうな」
「…いえ。そこの洞穴が気になりまして…少し調べてみようと思ったんですよ」
「そうか…。神影さんは気付いておったのだな…」
「…少しお話しを聞かせていただけますか?」
「ああ、わかった」
僕は佐伯正雄と一緒に洞穴に入った。
「ワシから何が聞きたいんじゃ?」
「…まずはそうですね。あの絵に描かれている方をご存じなのですよね?教えていただけますか?」
「わかった…」
佐伯正雄はそう言って、語り始めた。
あの絵に描かれている女性の名前はスターナ。
佐伯家はスターナに助けられて、
あの洋館を譲り受けて生活していたそうだ。
スターナの教えで、困っている人達を洋館に泊めてあげる内にホテルとして活用するようになったそうだ。
だから、お客様に対しては真摯にそして丁寧に対応するように教えられたらしい。
「ワシはスターナ様と二度だけ会ったことがある。子供の頃と二年前じゃ」
「…そうだったんですね」
「スターナ様は子供の頃に見て、惚れ惚れするほどに美しかった。あの絵のまま…いや、あの絵でさえスターナ様の美しさを表現することなどできないであろうと思えるほどじゃ」
思い出すように佐伯正雄は語っている。
「そのスターナ様が二年前にお訪ねになられたのだ。子供の頃見た…あの時の姿のままで…。ワシも祖父が亡くなる前に聞いていた。スターナ様は人間ではあられないと…。だから、来てくださった時は佐伯家の血を分け与えるのじゃ。感謝の気持ちを込めて…スターナ様に…じゃが、スターナ様はいらないとおっしゃられた。もう長く生きたと…。これ以上、生き続けることが苦しいと…そして、佐伯家の人間に終止符を打ってほしいと頼まれたのじゃよ…」
「…その場所がここですか?」
「そうじゃ。じゃが、ワシは約束の日にお役目を果たすことができなんだった。スターナ様を愛していたのじゃ。ワシはスターナ様に生きていて欲しかった…。約束の日にここにきたが、スターナ様はおられなかった。佐伯家はスターナ様のお言葉を守ることで成り立っていたのじゃ。じゃが、ワシが…ワシがお役目を果たすことができなんだ。じゃから、佐伯家はもうおしまいなんじゃよ…」
「…そうだったんですね」
「信じておらんな?」
「…いえ、ただ考えごとをしているだけです。何故、その方は約束の日に現れなかったのか…」
「きっと、ワシがお役目を果たすことができなんだとわかっておられたのだろう…じゃから、姿を消し去ったのじゃ。全てワシの責任じゃ…」
「…お孫さんはそのことを知っているのですか?」
「話しとらんよ…。スターナ様を見なければ、信じられないだろう?神影さんが信じられないようにの」
「…では、何故ここで血を撒かれていたのですか?」
「気付いておったか…。そうじゃな、ここがわかっておるなら、気付いておるよな…。スターナ様に佐伯家の人間はまだ忠誠を誓っておるとこを証明したくてな…。意味のないことだとはわかっておるんじゃが…やめられないのじゃ」
佐伯正雄は寂しそうにそう話した。
洞穴の中を見ていると、先程来た時には気付かなかったものに気付いた。これはペンダント?
ペンダントを拾い上げた。
チリン
左腕から鈴の音が聞こえた気がした。
僕はこの音が大好きだったが、
二度と聴きたくないと思うこともある。
洞穴の奥で胸に杭が突き刺さった状態の女性が見えた。
彼女は微笑みながら、ありがとうと言っている。
「それはっ!」
佐伯正雄の声でハッと気がついた。
「スターナ様のペンダントじゃ!こ、こんなとこに落ちておったとは…」
「…そうですか」
僕は佐伯正雄にペンダントを渡した。
「…そのお方は見限ってなどいないのではないですか?きっと、今でも佐伯家のことを考えておられていると思いますよ」
「そうじゃろうか…そうじゃと…いいな…」
外は冷える。このままここにいても、
体温が奪われるだけだ。
僕は佐伯正雄に歩けますか?と確認した。
大丈夫じゃと返事を返されたので、
一緒にホテルまで戻った。




