09
「それでお茶会で出たシャルジャンの話ってなに?」
「英雄の最後」
「そりゃ悲しい顔にもなるよ」
この世界での父親の最後……。
そういえばちゃんと聞いたことはなかった。
「ま、聞かないほうがいいわ」
「ううん。聞いておきたい」
私は真剣な声を出した。
フードのせいでしっかりと目を合わせられなかったけど、キュテラは微笑んだ。
少しは伝わったらしい。
「わかった。覚悟して聞いてね」
「うん」
私は姿勢を正して傾聴する。
「今から十五年前、国王派が最後の猛攻に出た。巨人が十体、魔獣が二十頭。女王の治めるダルファディルをめちゃくちゃにした。英雄シャルシャルジャン率いる七人のピンクの近衛兵たちが死力を尽くして戦った。最後に立っていたのは英雄シャルジャンと巨人が一体。他は都のあちこちで屍になっていた」
「権力争いでそこまで」
「まぁね。今では嫌われ者が定着した国王だけど、当時は先王陛下の威光もあったから」
「そっか。私が生まれる前だし、女王と対等の存在だったんだ」
「むしろ、ちょっと上だったかも。婿養子のくせにね」
「それで、シャルジャンはどうなったの?」
「巨人と戦った。毒を仕込んだ大剣を巨人の胸に突き刺したあと、地面に叩きつけられて脚で踏みつけられた。あとでわかったんだけど、体中の骨がほとんど折れていたそうよ」
「う」
「で、英雄を踏みつけた巨人はそのまま王宮へ向かって三歩歩いたところで、毒が回ってそのまま死んだ」
「ほっ」
過去の話なのに、良い結末でひとまず安心した。
「で、王宮の兵士が英雄を弔おうと遺体に近づいたら」
「生きてた?」
「いくら強くてもそこまで頑丈じゃないわよ」
「だよね」
「笑っていたそうよ。あの象のように、自信に満ちあふれた笑みを浮かべて」
「その時、女王は?」
「もちろん涙なんて流さない。むしろ愛しい英雄を殺されたことで国王に対して凄まじい復讐心を持って采配を見せたそう」
「はぁぁ……」
すごいぜママン。強いぜママン。
「でも、お茶会で悲しい顔をしたんだから、悲しくないはずがない」
「そう、だよね」
「そうそう。これも言ってなかった。私の母って女王陛下と友人だったから、英雄との恋愛相談を受けていたの」
「へー」
「二人が出会えるように色々と骨を折ったそうよ」
キュテラの母は、両親の仲人らしい。
「で、母は女王陛下に子供ができたときのために父親との婚姻を無理に早めたんだって」
「それって」
「もし、女王陛下に子供が生まれたら同い年の友人になるようにって」
「……」
「ま、そんな訳だから」
キュテラはあっけらかんと笑い、私の手を握った。
キュテラのベッドは、ただの大きいベッドではなかった。
最初から私という存在を想定して作られたオーダーメイドのベッドだったのだ。
存分に頼って甘えて欲しい。
そんな気遣いがキュテラの手から伝わってきた。
「うん、ありが」
「聞け! 英雄頼みの女神派たちよ!」
やたらと通る声が私のお礼を妨害した。
公園の外から聞こえた。
「もはや猶予はない! 不埒な女王を支持するのはやめろ! もう英雄はいない! 我々には巨人を再び呼び出す用意がある! 無用な破壊をさせないでくれ!」
この声は知っている。
国王派のスレイヤだ。
悲痛な訴えのようにも聞こえた。
「国王派ね。降伏勧告でもしているみたい」
「だね」
「はぁ。英雄シャルジャンとの逢瀬もここまでか。帰りましょう」
「え、いいの?」
「ええ。でないと、あいつに魔法を撃つの、我慢できなくなってしまうから」
「あ、そういうこと」
キュテラの中で、国王派というのはかなり目障りな存在らしい。
問答無用で魔法に吹き飛ばされる彼らを見たくないかと言われたら、私も見てみたいけど。
それをやってしまうと、彼らもまた魔法を撃ってくるだろう。
そうなったら地獄絵図だ。
「ま、そういう貴族のための女神団なのだけど」
「え?」
「国王が国王派を用意したように、女王のための工作部隊が用意されるのも当然。ただ、彼女たちは魔法を使えないという条件で集められた。分が悪いけど、よくやってる」
「知らなかった」
不機嫌な顔でシャルジャン象へ背を向けたキュテラが、不敵な笑みを浮かべた。
キュテラが、魔神の目を飛ばしていたと後になって気付く。
「私は貴族だから表立って彼らを支援できない。でも、あんたは違う」
「私に女神団を支援しろって言うの?」
「国王派と女神団が拮抗するようになれば、表面上は平穏に保てる。次の英雄ができるまでとにかく時間を稼ぐしかない」
大胆な告白は、魔法少女だけに許される。
けど!
権力争いのバランサーを魔法少女がやってたまるか!
ていうか女児向けじゃない!
私は、友情とか夢や希望を守る戦いがしたいの!
なんかこうキラキラ輝いてほんわかする未来が見たいの!
しまいにゃどっちも潰すぞごらぁ!
「それじゃ先に帰るわね」
「……」
「無理にやれとは言わないから。なんなら一緒に帰る?」
「少しだけ様子を見ていく」
「そう。なら、また後で」
キュテラは日傘を閉じて畳むと、それへ腰掛けた。
魔法使いの箒のように、それへ乗って飛んでいった。
「なんで私がこんなこと……」
私のやりたいことでは決してない。
でも、私の生まれが女王に連なるから、無縁ではいられない。
まかり間違って国王派を支援しようものなら親不孝者で確定する。
それはダメだと思う。
親孝行するのは魔法少女の勤めだ。
避けられない運命だと思うことにした。
「さて、気を取り直して偵察しますか」
私は、フードの目深さを確認してから公園を出た。
正門前広場は、円形の公園を中心にしたドーナツ型の広場だった。
その外周には冒険者を狙った冒険宿、兵士の詰め所、商人相手の運び屋などが軒先を連ねていた。
で、国王派のスレイヤはどこにいるかと思えば、兵士の詰め所の屋根の上だった。
「まーた屋根の上にいるー」
上を見上げるのも下から覗かれるのもフードキャラには辛いところ。
できれば下に降りてきて欲しかった。
詰め所の兵士たちは、貴族の集団である国王派にされるがままだった。
詰め所が機能不全になってもお構いなしみたいだ。
「屋根上に三人。下に五人か」
呟きながら目立たないように隣の冒険者の宿へと近づいた。
女神団が来るなら、様子を見てから帰るつもりだった。
「外のあれ、なんです?」
「この国の権力争いだよ」
「転職しに来ただけなんだけどな」
「巻き込まれないほうがいい」
旅の休息を取る冒険者たちがひそひそと言葉を交わす。
冒険者からの反応は芳しくない。
冒険者が遠ざかるようになったら神殿も寂しくなることだろう。
「ん?」
私より先に冒険者の宿へ入った人影の中に見たことのある姿があった。
娼婦の格好をした女性だ。
冒険者の宿ではそういうサービスはしていない。
派手な格好の冒険者にも見えるため、誰も騒がなかった。
「あの人……」
「女神団だ!」
隣の建物がにわかに騒がしくなった。
広場に目をやると、ならず者の集団にしか見えない一団がゆっくりと詰め所へ近づいてきていた。
数は十人以上。
「女神団の愚か者どもめ! お前たちの相手をしている暇はない!」
スレイヤが吐き捨てた。
やはりどこか必死な印象を受ける。
あられもなく太ももをさらけ出す露出系のお姉さんなのだが。
女神団の男たちが、詰め所の前に陣取る国王派を取り囲む。
一触即発の状況だった。
「おい、やばそうだ! お客さんは店の中へ!」
冒険者の宿の店主が呼び掛け、冒険者たちが宿へ収まっていく。
私は流れに逆らわず、冒険者の宿へと入った。
ただ外の様子を知りたかったので二階へと上がる。
どこか空いている部屋があればいいのだけど。